感染症学が専門の白鴎大学教授・岡田晴恵さん。昨年のコロナ禍で、多忙な日々が続いたと振り返ります。そんな岡田さんを支えたのが、「サカナクション」の楽曲だったそうです。岡田さんにインタビューしました。
仕事も、家事も、運動をするときもサカナクション
昨年の新型コロナウイルスの感染拡大以降、メディアで注意喚起を行い、ヨーロッパで医療崩壊が起きて、犠牲者が増えていくなかで、「日本ではなんとしても阻止しなければ」という思いだった。
そんな日々の中で、聴いていた音楽が男女5人のロックバンド、サカナクションの曲だったという。その魅力をこう語る。
「サカナクションさんはボーカル兼ギターの山口一郎さんの歌詞が文学的にも深くて、詩、この言葉にこんな曲をつけるのか、という驚きや意外性もあって、その世界観に引き込まれます。サカナクションは山口さんの声と神経質なくらいに繊細な表情や体感もPVを観ていて魅力的ですね」(岡田さん・以下同)
仕事がはかどり気分転換にも
これまでリリースされた全曲をCDやDVD、ダウンロード版でも持っているという岡田さん。仕事と仕事の区切りの気持ちの切り替えにかけているのも、サカナクションの曲だ。シチュエーションで曲を替えていると明かす。
「仕事は大学や車中、料理をしながらダイニングでもと、いつでもどこでもしている、そんな私です。ああ、疲れたなと、でも、まだ、今夜、一本書かないといけない原稿があるからというときには、サカナクションさんのDVDで気持ちを上げてもっていくこともあります。私は元々ロックが好きで、コロナの前に彼らのライブに行けなかったことが悔いになっています。配信のライブもまた、それは素敵でいいのですが、とっても。
コロナが過ぎたら、一番にサカナクションのライブに行きたいかな。ランニングマシンで時速6kmくらいで早歩きをするときも、マシンの前に大き目のモニターが設置されていて、サカナクションさんのライブ動画を見ながらですね。コロナ禍で、気軽に出歩けないので、運動も室内。腹筋は1日40、50回くらい。背筋は1曲分でしょうか。論文を読んだり、頭はつかいますが、体も適度な疲労感まで追い込みます」
『蓮の花』は私の気持ちにシンクロした
こうして体調管理を行いながら、連日のようにテレビやラジオで新型コロナの最新情報を発信していた岡田さん。
「感染拡大は収まらず、緊急事態宣言が何度も発令されてしまった。こうならないように心血を注いで解説をしてきた。去年は春夏のうちに冬以降の流行に備えよという意図で、先手の対策を打つことを事前に提言してきた。大規模集約野戦型病院や発熱呼吸器外来、PCR検査の拡充など。
でも、それらはなかなか伝わらなかったと思う。今、1年半遅れて、やろうという方向にはなったけれど。間に合ってくれたらと思います」
“自宅療養マニュアル”執筆時にも聞いていた
昨年の秋、このままの対応で冬以降になれば感染が拡大して、医療が逼迫してしまう、すると自宅で療養をしないといけない人が増えると先読みした岡田さんは、昨年11月に『新型コロナ自宅療養完全マニュアル』(実業之日本社)を出版した。それは、今、緊急事態宣言下で全文無償公開されている。スマホでこれを見ながら、療養している人も多いという。https://bit.ly/3rSlmSu
「自宅療養が必要なほど病院の医療が逼迫する前にコロナをどうにかしたかった。この本を執筆していたのは去年の秋、9月頃からだったと思います。世の中はGoToキャンペーンでした。その頃によく聴いていたのが、サカナクションさんの『蓮の花』です。芥川龍之介の『蜘蛛の糸』をモチーフに書かれた詞で、蓮の華が揺れる下まで蜘蛛の糸が垂れ下がって、苦しんでいる自分を引っ張り上げてほしい、という内容の詞に私もコロナの罹った患者さんも救ってほしいほしいと気持ちがシンクロしました。
この本を書きながら“私も救いあげて癒してほしい”と思っていました、そう思いながら自宅療養マニュアルを書いた。サカナクションの曲はつらさの中でも、もがいて生きるそんな気持ちがあるような…彼らの曲に救われたこともあります。今、大流行で自宅療養の人も多く出てしまっています。そんなだから、必要な人がすぐ見れるように無償公開をしています」
『モス』を聴いてマイノリティでいいと思えた
他にも癒されたサカナクションの曲があるという。まだこれほどコロナ禍が世間では長期化すると考えられていなかった初期の段階から、岡田さんは「PCR検査を増やすべき」と訴えていた。しかし、のちに削除されるものの当時は厚生労働省が「37.5度以上の発熱が4日日以上続く」場合などが医療機関受診の目安としていた。
「症状が軽い人や無症状の人が感染を広げてしまう性質のウイルスだとわかっていましたから、発熱の4日間には関係なく、患者さんの周囲の人や疑わしい症状の人たちに積極的に検査をして保護や治療をすることが大事で、そうしないと感染が広がってしまう。つまり検査を拡大する必要がありました。海外では当たり前にたくさんの検査をやっていました。
改善はされましたけれど、日本では今でも検査が足りないと指摘されています。その頃、自分の意見はマイノリティ、少数派だと思ったんです」
生放送前に聴いていた
この時に救われたという曲が『モス』だ。モスは「蛾」の意味。
「負けるのはわかっていたんだ、自分は、マイノリティー、と叫ぶ詞です。私も、それでも曲げないで発言する。叶えられなくても、うずくまっても、つまずいても、誰かに指をさされても、次の場所に行ける。そんな歌詞でした。自分の意見は、少数派でマイノリティだけど、サイエンスを貫け、このままウイルス学、感染症学、ワクチン学の基本に忠実に考えろ、と思わせてくれました。番組に出演するとき生本番前に、『モス』をイヤホンで聞いて局入りしていたときがあります。
感染症の状況も対策も日々が変わっていきます。最新情報を調べて解説しているので、毎朝、時差があるから朝なんですが、ジュネーブなどから来る情報にすべて目を通しています、365日毎日。国内だけでなく、海外の流行状況で、日本がこれからどうなっていくかを思考することも大切です。
先を読んで、対策を先手で打つ、そんな未だ起こっていないことへの対策の提言は厳しいのですが、この曲で勇気をもらった気持ちがします。今も…ね」
岡田さんにとって、サカナクションの曲は生活の一部になっているようだ。目下の目標は、まだ一度も行ったことがないサカナクションのライブに行くことだ。
「コロナが落ち着いたら行きたいですね。1日でも早く実現したらいいなと思います。配信のライブもそれはそれで一郎さん、素敵すぎるんですが。彼がライブで着た服までチェックしたりしています」
◆白鴎大学教育学部教授・岡田晴恵さん
医学博士。専門は、感染免疫学、公衆衛生学。共立薬科大学(現慶應義塾大学薬学部)大学院修士課程修了。順天堂大学大学院医学研究科博士課程中退。アレクサンダー・フォン・フンボルト奨励研究員としてドイツ・マールブルク大学医学部ウイルス学研究所に留学、国立感染症研究所研究員、日本経団連21世紀政策研究所シニア・アソシエイトなどを経て、現職。主な著書に『知っておきたい感染症』(ちくま新書)、『新型コロナ自宅療養 完全マニュアル』(実業之日本社)などがある。https://hakuoh.jp/pedagogy/119
撮影/五十嵐美弥 取材・文/小山内麗香 ヘアメイク/boyTokyo 滑川彩香