『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』や『キム秘書は、いったいなぜ?』など、それ自体がユニークなものも多い韓国ドラマのタイトル。ですが、日本で放送される際には、日本向けのタイトル(邦題)に変えられることも少なくありません。内容がイメージしやすくなることもあれば、原題とは異なる邦題が韓ドラファンの失望を買うこともよくあるのです。
そこで、韓国エンタメライター・田名部知子さんが、意外と知られていない、韓国ドラマの日韓の“タイトル温度差”について探ってみることに。すると、日本向けに変更されるタイトルの傾向、そしてさまざまな背景が見えてきました。
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日本市場は純愛からラブコメディへ
かつて『冬のソナタ』(2003年日本初放送)の頃は、韓国ドラマといえば純愛でした。その後、第2次韓流ブームのきっかけを作った『美男<イケメン>ですね』(2010年日本初放送/以下、『美男ですね』)が地上波(フジテレビ系)で放送されると、20~30代の若い世代を中心にラブコメ作品の支持が高まり、以降、日本での韓国ドラマの主流となっていきました。
この頃から韓国ドラマの邦題がなかば強引に「恋愛」、特に「ラブコメ」に寄せられる傾向が出てきたように思います。
“トキメキ“を強調!作品の内容以上に強めることも
(韓国原題)『成均館スキャンダル』→(日本タイトル)『トキメキ☆成均館スキャンダル』
最初にこのタイトルを聞いたときは、「“トキメキ☆”、いらなくね?」と苦笑したものですが、今ではすっかり「トキメキ☆」が定着しています。人気グループJYJの元メンバー・ユチョンと、『キム秘書は、いったいなぜ?』のヒロイン、パク・ミニョン主演で日本でも大ヒットした作品です。
高麗末期の女人禁制の教育機関・成均館(ソンギュンガン)で繰り広げられる恋物語で、キャンパス時代劇という新ジャンルのストーリーに王朝ミステリーまで盛りだくさん。「ヒロインが男装して入学」というありえない設定にもグイグイ引き込まれ、タイトル通り、そこかしこに”トキメキ”が散りばめられているラブコメの王道作です。
そうした“トキメキ”要素を強調するために、日本向けにわかりやすく「トキメキ☆」をプラスしたのでしょう。
他に、邦題でラブコメ感・ラブ感を強めた作品を以下にあげてみます。
(韓)『応答せよ1988』→(日)『恋のスケッチ~応答せよ1988~』
(韓)『ミス・ハンムラビ』→(日)『ハンムラビ法廷~初恋はツンデレ判事!?~』
(韓)『検索ワードを入力してください:WWW』→(日)『恋愛ワードを入力してください~Search WWW~』
これらは実際の作品の内容以上に、タイトルでラブコメ感・ラブ感を強めています。
『応答せよ1988』は、『賢い医師生活』の制作陣が手掛けた応答シリーズの3作目。幼なじみ5人の初恋を丁寧に描いているのですが、それ以外にもソウルオリンピックに沸く1988年代の韓国社会や家族愛などを丁寧に描き社会現象にもなった作品なので、それを「恋のスケッチ」とまとめてしまうのは、実際の内容よりもタイトルが“軽くなった”気がします。
K-POPアイドルグループ・INFINITEのエルと、『ドドソソララソ』のコ・アラ演じる判事2人がタッグを組んで、さまざまな事件に立ち向かう本格的な法廷ヒューマンドラマ『ミスハンムラビ』の邦題が、『ハンムラビ法廷~初恋はツンデレ判事!?~』。ドタバタラブコメディを想像しませんか? 実際はラブの要素は少な目で、社会の不条理に怒り、周囲の人々の温かさに胸が熱くなる素晴らしい作品です。
『恋愛ワード~』は、ヒロイン3人の「恋愛よりも仕事が最優先」というスタイルがとてもかっこいいのですが、「検索ワード」を「恋愛ワード」に置き換えることで、はっきりとラブ感を強めています。
軟派(?)な邦題だけど実は重厚作品
邦題でやや軟派なタイトルに変わってしまったものの、ドラマの内容は社会派要素ありのけっこうな重厚作品、というケースもあります。
『応答せよ1997』のソ・イングクと、少女時代・スヨン主演の『元カレは天才詐欺師(※)~38師機動隊~』〈(※)のところはハートマーク〉の韓国タイトルは、『38師機動隊』だけ。邦題にはハートマークまで入ってしまっています。
内容は『愛の不時着』のSTUDIO DRAGONが制作しているので、文句なしに面白く痛快です。確かに「元カレは天才詐欺師」なのですが、ラブラインよりも、ソ・イングクと名バイプレーヤー、マ・ドンソクが演じる、イケメン詐欺師と中年税金徴収員のデコボココンビのほうが圧倒的な存在感を放っています。
『恋するアプリ Love Alarm(以下、恋するアプリ)』も、タイトルだけで判断してはいけない作品の1つです。
立て続けにNetflixオリジナル作品に出演し、“Netflixの息子”というニックネームまでついた俳優ソン・ガンの出世作ですが、韓国タイトルは『好きなら、鳴る』ですから、ずいぶんとライトなタイトルになったものです。
「好きな人が近くにいたらアラームが鳴るアプリ」のある仮想社会のお話ですが、韓国社会の閉塞感や理不尽さ、切なさを高校生の恋愛に乗せて細やかに描いています。邦題を見ると「若い子向け」と即断してしまいそうですが、中身は大人もじっくり楽しめる社会派要素もある作品です。
日本語タイトルのほうがわかりやすいケースも
逆に日本版でタイトルが変わったことでわかりやすくなったケースもあります。
前出の『美男<イケメン>ですね』の原題は『美男ですね』で、それを日本版では「イケメンですね」と読ませています。改めて見てみても変なタイトルですが、一度で覚えられて絶対に忘れないインパクトがあり、韓流に興味のない人でもこの作品は知っているという人は多いですよね。
他にも邦題のほうがわかりやすい作品はこちら。
(韓)『茶母(タモ)』→(日)『チェオクの剣』(※茶母:李氏朝鮮時代の下働きのこと)
(韓)『五本の指』→(日)『蒼のピアニスト』
(韓)『月の恋人-步步驚心:麗』→(日)『麗<レイ>~花萌ゆる8人の皇子たち~』
(韓)『王冠をかぶろうとする者、その重さに耐えろー相続者たち』→(日)『相続者たち』
原題にはない副題を追加するワケ
韓国ドラマの邦題には、「副題(サブタイトル)」をつける“文化”もあります。これには理由が2つあると考えています。1つめは、韓国タイトルだけでは私たち日本人が作品内容をイメージするのが難しい場合です。
(韓)『メロが体質』→(日)『恋愛体質 ~30歳になれば大丈夫』
韓国でいう「メロ」は「恋愛」を指しますが、確かにこのタイトルだと日本人には「なんのこっちゃ?」となるため、「メロ」を「恋愛」に置き換え、さらに副題をつけているというわけです。
もう1つは、韓国ドラマが次々と量産される中で、少しでも印象に残るように、そして作品の魅力までをも伝えたいという配給先の思いが、副題に込められているのが汲み取れます。とはいえ、韓国ドラマがこれほどまでに世界的な評価を受け、ラブストーリー以外の多様なジャンルの作品が認知されている今、もう副題に頼らずに作品の力を信じていいのではないかとも思います。
ラブストーリー以外にも強いメッセージ性があるのに、副題で思い切り恋愛に寄せている作品がこちらです。
(韓)『わびしく燦爛な神-鬼(トッケビ)』→(日)『トッケビ~君がくれた愛しい日々~』
(韓)『まぶしくて』→(日)『まぶしくて―私たちの輝く時間―』
(韓)『気分の良い日』→(日)『気分の良い日~みんなラブラブ愛してる!』
ちなみに、このような日本独自のタイトル変更、副題の追加について、配給先のある大手メーカーに、その狙いや効果のほどを聞こうと取材を申し込んだのですが、「タイトルに関しては各社独自のマーケティングのもとに行っており、コンフィデンシャルな情報です」という理由で、断られてしまいました。“マーケティング”という言葉からは、日本市場で多くの人に見てもらうために配給先が試行錯誤しながらタイトルをつけている姿勢がうかがえます。
韓国ドラマの邦題は、ともすると「え~っ!なんでそうなっちゃうの!?」と感じるほど、作品本来の世界観との違いに違和感が生じたり、逆に邦題のユニークさで、よりインパクトの強い作品として私たちの心に残ることもあります。
かつてのように、DVDを借りて視聴をするスタイルではなくなってきている今、面白くなければ見るのをやめればいいのですから、タイトルの先入観なしで、いろんな作品に触れてみると、意外な面白さ発見することができるかもしれません。
◆教えてくれたのは:韓国エンタメライター・田名部知子さん
『冬のソナタ』の時代から16年、K-POP、韓国ドラマを追いかけるアラフィフ・オタク記者。女性週刊誌やエンタメ誌を中心に執筆し、取材やプライベートで渡韓回数は100回超え。韓国の食や文化についても発信中。2018年に韓国の名門・梨花女子大学に短期語学留学し、人生2度目の女子大生を経験。twitter.com/t7joshi
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