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“イイ女”感が漂う「マリア」、“不在”の色男「ジョニー」など「歌謡曲に出てくる名前」が生み出す効果

ペドロ&カプリシャス『ジョニィへの伝言』(1973年)にも「ジョニィ」が登場
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春の新生活では、自分の名前を告げ、相手のを聞く「自己紹介」があちこちで交わされています。そのシンプルなやり取りから始まる人間関係というドラマ。1980〜1990年代のエンタメ事情に詳しいライターの田中稲さんが、懐かしソングで歌われた「名前(ニックネーム)」に着目し、楽曲に込められた「物語」を紐解きます。

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新学期が始まる4月は出会いの季節──。ランドセルに背負われているような新1年生、スーツに着られているような新入社員が眩しい。クラス替えにドキドキした学生時代や、転職で新たな環境に緊張した思い出が甦り、背筋が伸びる。

私はいくつか職場を転々としたが、かなり高い確率で同じ名字の人と遭遇する。そのため、名字被り対策として早い段階でニックネームをつけられる。

ある職場では、全員で3人という少人数にもかかわらず、2人が「田中」だった。そのため、私は女のほうの田中ということで「ミス田中」という田中コンテストで優勝した人みたいなニックネームで呼ばれ続けたのであった。

思わず遠き日のサンセットメモリーに思いを馳せてしまった。ということで、今回のテーマは「名前」である。

歌謡曲やポップスの歌詞の中にも、いろんな名前やニックネームが登場する。その短いワードの中に物語の設定がギュッと凝縮されている、まるで魔法の呪文だ!

イイ女の代名詞「マリア」

歌謡曲において、イイ女の代名詞が「マリア(MARIA)」である。特に男性アーティストの曲に出てくるマリアの威力は凄まじい。まさに聖母。この名前が出てきただけで、パーフェクトな女性が脳内にボン! と浮かぶ。

何があっても穏やかな微笑みをたたえ包み込んでくれる……。あまりにもでき過ぎた感があるが、どうやらそれは思い出フィルターがかかっている気配も。矢沢永吉さんの『MARIA』、黒夢の『MARIA』、T-BOLANの『マリア』、など、マリア曲の多くは復縁を願うっぽい香りが漂う。逃がした魚は大きいというか、別れた後「もっと大切にすればよかった」という罪悪感が、脳内の彼女の姿を美しく盛るのかもしれない。

矢沢永吉の『MARIA』は1996年発売(2009年撮影 Ph/SHOGAKUKAN)
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同じくイイ女の代表が「ジェニー」である。ジューシィ・フルーツの『ジェニーはご機嫌ななめ』では完全に主導権を掴み、交際相手も彼女にメロメロであることが窺える。沢田研二の『サムライ』のジェニーは主人公にとって「ワインより酔わせてくれる」ほどの素晴らしい女性。にもかかわらず、主人公は「しあわせに照れる」というボンヤリ過ぎる呟きを残し、ジェニーを置いてどっかにいってしまうのである。ちょっと何どういうこと!?

沢田研二『サムライ』の作詞は阿久悠(写真は1978年、Ph/SHOGAKUKAN)
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ふらりと姿を消しドラマを生む「ジョニー」

いけない、少し気持ちが高ぶってしてしまった。名前の話である。

「ジェニー」と1文字違いの「ジョニー(ジョニィ)」は、色男の名前として活用される。歌の世界において、この名の男はとにかくジッとしていない。アイ・ジョージの『硝子のジョニー』、アリスの『ジョニーの子守歌』、ペドロ&カプリシャス『ジョニィへの伝言』……。どの曲も人のウワサ話には頻繁に上がるが姿はナシ。この3曲に出てくるジョニーは同一人物ではないかと思ってしまうほどである。

『ジョニィへの伝言』など、主人公はジョニィを2時間も待った末、しびれを切らして旅立ってしまっている。2時間! 20分ではなく2時間!! 要はそんなに待てるほど魅力的な人ということなのだろうが、そりゃ「2時間待ってた」と言い残したくもなるだろう。

とはいえ、伝言を頼まれた友人のプレッシャーを考えると胸が痛い。しかもこういうケースに限って、主人公が旅立った10分後ぐらいにジョニィが店に来たりするのである。クーッ! ジョニィ、無意識とはいえ、罪な男だ!

このほかにも、湘南が似合うチャコ、コッソリ惚れられるゆうこ、女神のように憧れられるジュリア、西城秀樹に猛烈に愛されるローラ、騙し上手なヒロシなど、歌の世界ではキャラが濃いボーイズ&ガールズが右往左往してとても愛おしい。

『傷らだけのローラ』は西城秀樹10枚目のシングルだった(写真は1978年、Ph/SHOGAKUKAN)
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個人情報の取り扱いやコンプライアンスなどいろいろと厳しくなってきた昨今、イメージを左右するので、名前を使った歌は作りにくい。架空の人物の名前が出てくる曲は、平成に入ってからグッと減った。モーニング娘。の38枚目のシングル『泣いちゃうかも』(2009年)で「マリコ」が登場したときは、なんだか旧友と再会した気分になった。

世界で一つのビューティフルネーム

名づけの傾向も時代と共に大きく変わっている。私たちの時代は女の子は「子」、男の子は「男」がつく名前が圧倒的に多かったけれど、2021年の名前ランキングを見ると、男の子が1位:蓮、2位:陽翔、3位:蒼。女の子が1位:紬、2位:陽葵、3位:凛!(参考:明治安田生命HPより)。オシャレだ!

名前や呼び名は言わずもがな、短いなかにたくさんの思いが込められている。2020年頃「あだ名禁止」が話題にもなったけれど、ステキなあだ名もたくさんあるはず。

ゴダイゴの『ビューティフルネーム』という曲では、名前を「燃える命」と歌っている。

たくさんの人と出会い、新しい名前を知るこの季節。かわいかったり、カッコよかったり、エレガントだったり、ステキな響きが桜吹雪とともに舞う!

今ではハンドルネームで交流することも多いけれど、それももちろん大切な名前。私は、昨年末の紅白で観た「まふまふ」さんが衝撃だった。そのふわふわな名前と、雪のように儚く白い存在感のミックスが絶妙で、聴きながら脳内でファンタジーの嵐が吹いた。

歌は3分間のドラマというが、名前は3秒間のドラマなのかもしれない。

◆ライター・田中稲

田中稲
ライター・田中稲さん
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1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

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