笑顔を大切にする
諏訪さんが、人と話すときに心がけていることが1つある。それは「笑顔」だ。
「私自身も笑うことが好きだし、人を笑顔にさせたいという気持ちがすごくあります。経営者として有名になって講演会を始めた当初、参加者が感想を書くアンケートにつまらないとか生意気だと書かれたことがありました。もうショックで、読み返すのも嫌でした。
でも、参加者は何を求めて会場に来ているんだろうと思って、一度はぐしゃぐしゃにしていたアンケートを広げて、すべてに目を通しました。そこで、参加者はある種のエンターテインメントを求めて講演会に来ていると分かりました。真面目に経営手法だけを伝えていたのがいけなかったと気づいたんです。
結婚式の司会では、『誰でもいいので3回泣かせるほど感動させたら成功』だといわれています。講演も同じで、来てくれた人が楽しんで帰ってもらえたら成功。私の講演を聴きに来てくださっている人も1回泣かせて2回笑わせよう、と話す内容を練り直したら、どんどん講演に人が集まるようになっていきました」
夢は全国の町工場の活性化
主婦から町工場の社長となり、業績をV字回復させた諏訪さんの体験は、NHKの『マチ工場のオンナ』でドラマ化もされた。いまや活躍の場は経営者にとどまらず、昨年には政府の「新しい資本主義実現会議」のメンバーにも選ばれるほどだ。そんな諏訪さんの今後の目標は何なのか。
「目標を定めるとそこに縛られてしまうから、目標は持たないようにしています。結婚式の司会者をしていた頃がまさにそうでした。司会のプロになることが目標だったから、達成した途端にモチベーションを維持できなくなって長続きしませんでした。だからどんなことも、具体的な目標を定めないようにしています。
とはいえ、社長としての大義といいますか、叶えたい夢はあります。それは、社員が大田区に一戸建てを建てられるような会社にすること。大田区は地価が高いので、実現することは難しいし、そのためにはもっと会社の利益を上げる必要があります。
さらに、こんな小さな町工場の社長が言うことではないかもしれませんが、全国の町工場の活性化をしたい。かつて昭和の日本にあった輝かしい職人の世界を、私が生きているうちにもう一度実現したいのです」
◆ダイヤ精機代表取締役・諏訪貴子さん
すわ・たかこ。1971年生まれ。ダイヤ精機株式会社代表取締役。1995年に成蹊大学工学部を卒業後、自動車部品メーカーにエンジニアとして入社。ダイヤ精機に2度入社するが、経営方針の違いから父に2度解雇される。2004年、父の逝去をきっかけに社長に就任し、業績を順調に回復させる。日経ウーマンの「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013」 大賞(リーダー部門)を受賞。著書に『町工場の娘』(日経BP)、『ザ・町工場』(日経BP)があり、NHKでテレビドラマ化された。2021年には、岸田内閣「新しい資本主義実現本部」の有識者に選ばれ、日本郵政の社外取締役も務める。http://www.daiyaseiki.co.jp/profile/
撮影/黒石あみ 取材・文/戸田梨恵