
ニュースでよく耳にするオレオレ詐欺などの被害は「自分は大丈夫」と思っている人こそだまされやすく、被害者は50代以上の女性が多いといいます。それはなぜなのか、またどうすれば被害を防止できるのか、脳科学者の西剛志さんが自らの著書『80歳でも脳が老化しない人がやっていること』(アスコム)より、脳科学に基づいた加齢に左右されにくい考え方をお話しします。
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加齢により詐欺に引っかかりやすくなるのはなぜ?
オレオレ詐欺、料金請求詐欺、預貯金詐欺、還付金詐欺など、数々の詐欺に引っかかる人が多くいます。ちなみに、オレオレ詐欺にかかってしまう人のほとんどは50代以上で、女性が7割以上と警察庁が公表している資料にあります。西さんいわく、これには脳の働きが関係しているのだそうです。

つながりを感じて起きる脳内ホルモンが信頼感を引き起こす
「人とつながりを感じたときに出る脳内ホルモンのオキシトシンは、高齢になると増える傾向にあります。オキシトシンが増加すると、人を信用しやすくなるのです」(西さん・以下同)
実際にオキシトシンの成分を鼻から吸った実験では、ネガティブな出来事に対して反応する脳の扁桃体の活動が抑えられて、相手に裏切られる可能性が高いときでも、信頼し続けてしまうことが報告されているそうです。
損失回避の意識が薄れる“ポジティブバイアス”も被害の原因
さらにもうひとつの原因は、加齢によって起こるポジティブバイアスが原因なのだとか。これは、ものごとをプラスの側面でとらえてしまうバイアス、つまり偏った考え方のことです。

「20~50代の人は、痛みと快感があると痛みのほうを優先するネガティブバイアスが働く傾向があります。『1万円得する』と『1万円損する』では、損するほうが感情が大きく揺さぶられる、というものです。しかし、それ以上の年齢になると、『1万円得する』ほうが感情が大きく動く、ポジティブバイアスが起こるのです」
年をとると、高齢者は損失を回避する意識が薄れていき、プラスに目が生きやすくなり、結果的に詐欺行為にだまされてしまう人が出てきてしまうのだそうです。
「自分は大丈夫」と思い込む脳の動き
それではなぜ、年齢とともにネガティブな事象に対する反応が薄れてくるのでしょうか?
「理由の1つは、オキシトシンの話にも出てきた脳の扁桃体にあります。ネガティブな出来事は扁桃体で反応が起きますが、その反応は高齢になるにつれて起きにくくなってくるのです。結果、ネガティブな感情が出にくくなります。もうひとつが、高齢になるほど感情的に安定したいという意識が起きるためと言われています」

ポジティブバイアスの働きは、どんなこともポジティブにとらえてだまされやすくなる、というだけではありません。異常事態が起きているような大変な状況でも、「自分は大丈夫」と思い込んでしまう、楽観的なバイアスがかかるのです。
よく言われる“キレる老人”など、すぐにイライラする人はまさにこのタイプ。自分に対してのポジティブバイアスが強いために、他者が自分と違う考えだったり、自分の理解できないことをすると、すぐにイライラしてしまうのです。こういった人は、詐欺の可能性を指摘されても「自分の金をどうしようと関係ない」とつっぱねて、被害を防げないケースもあるのだそうです。
詐欺被害にあわないためのマインドとは?
加齢によりポジティブバイアスがかかりやすくなる脳の構造。それでは、詐欺にあわないためにはどんな対策をするべきなのでしょうか?
西さんがおすすめする詐欺被害を防ぐ方法は、頭の中で一度、具体的に振り込め詐欺にあったときのことをイメージすることです。ポイントは、イメージしたときに、たとえば「振り込もうとしたときに、一度銀行に確認する」ようなことまで想像できると、それだけでオレオレ詐欺にひっかかりにくくなるそうです。

「これを『リハーサル効果』と言っているのですが、一度でもリハーサルをすると、脳はそれを実行しようとする傾向にあるのです。お金もかからずすぐにできることなので、ぜひやっている姿の想像をどんどん活用してください」
脳によい効果が生まれる想像
西さんは「リハーサル効果」以外にも、想像をしているだけで脳にはよい効果を生むことがたくさんあると言います。
自分は若いと本気で思うと、脳も体も若くなる
ハーバード大学の研究で、70代になる8人が22年前の内装に仕上げた建物の中で、5日間共同生活するというものがあります。その建物の中は、テレビもラジオも本棚も22年前のものを置き、自身も22年前の自分になりきり、当時を現在形として話すというルールのもと暮らしたそうです。
すると、たった5日間で驚きの若返り効果があったといいます。実験に参加した8人は、手先の器用さ、姿勢、視力がよくなり、見た目が若々しく、考え方も柔軟になったのだそうです。また、髪を染めて見た目が若く見えるようにしただけで、血圧まで下がったという実験もあります。
「若作りは恥ずかしいというイメージがあるかもしれませんが、体にとっても脳にとっても、若作りはよい方向に作用します。脳内のイメージを変化させ、それによって生理反応にまで影響があり、健康状態がよりよくなるのです」

自分の主観年齢を若くすると、脳の老化を防ぐこともできるのだとか。韓国の研究では、主観年齢を実年齢より若いと答えた被験者は、記憶力がよく、うつ傾向も低いことがわかっているのだそうです。
ネガティブワードは「でも」で打ち消して老化を回避
「疲れた」「嫌になる」「できるわけない」などといった言葉を日ごろ何気なく使っている人は、要注意です。マイナスイメージのある言葉を使うと、その瞬間に脳が悪い影響を受けてしまうからです。
「たとえば、疲れたと言った瞬間に、人間は疲れたイメージが脳に出てきます。その結果、疲れたようなパフォーマンスをしてしまい、本当に疲れた状態になってしまうのです。実際はそこまで疲れていなくても、脳が勝手に疲れた状態を作り出してしまうことになります。思考がフリーズしやすくなる『わからない』『難しい』も、脳にマイナスの影響を与えるので、できるだけ口にしないよう注意しましょう」
ただ、ついつい言ってしまうこともあります。そんなときは、「でも」とプラスの言葉を付け加えるとよいそうです。
「疲れた」の後に、「でも頑張った」「でもその分成果が出た」「でもいい疲れだ」などと言ってみましょう。脳は文章の最後にきた情報を印象に残しやすい性質があるため、こうすればよい影響を及ぼすそうです。
◆教えてくれたのは:脳科学者(工学博士)、分子生物学者・西剛志さん

東京工業大学大学院生命情報専攻卒。博士号を取得後、特許庁を経て、2008年に企業や個人のパフォーマンスをアップさせる会社を設立。世界的に成功している人たちの脳科学的なノウハウや、才能を引き出す方法を提供するサービスを展開し、企業から教育者、高齢者、主婦など含めて1万人以上をサポートしている。テレビやメディアなどにも多数出演。著書シリーズは『80歳でも脳が老化しない人がやっていること』(アスコム)をはじめとして累計17万部を突破。http://www.trdesign.jp/designer.html