
Netflixオリジナルシリーズ『イルタ・スキャンダル ~恋は特訓コースで~』(全16話)の主人公は、有名数学塾講師チェ・チヨル(チョン・ギョンホ)とハンドボール元韓国代表選手で現在は総菜屋を営む女性ナム・ヘンソン(チョン・ドヨン)。韓国の熾烈な受験事情を背景に物語はどんどん進行していくけれど、ふたりの恋はいったいいつ始まるのか、ハラハラ見守ることになりそうです。韓国のドラマや映画などに詳しいライター・むらたえりかさんが紹介します。(レビューはネタバレを含みます)
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総菜店社長と人気塾講師を繋ぐのは?
ドラマの第1話でも説明があるが、タイトルの「イルタ」は韓国語で「ナンバーワンスター」の略だ。この作品の造語ではなく、例えば日本でいえば東進ハイスクール・東進衛星予備校講師の林修氏のような、人気がある有名塾講師を韓国では「イルタ講師」と呼ぶ。
Netflixで配信中のドラマ『イルタ・スキャンダル 〜恋は特訓コースで〜』。「恋は特訓コースで」というサブタイトルなのに、なかなか恋がはじまらない。
第1話でまず映るのは、韓国の高級住宅街・江南(カンナム)の塾街の夜。塾から出てくる学生たちを迎えに来た保護者の車が、長い渋滞を起こしている。渋滞の先には、韓国で一番高い555メートルの超高層ビル・ロッテワールドタワーがそびえたつ。一番を目指して勉強に励む学生たちの象徴のようだ。
朝になると、塾の前には受験生の親や、その親に雇われたアルバイトが列をつくる。「イルタ講師」の授業の席をとるためだ。お目当ては数学講師のチェ・チヨル(チョン・ギョンホ)の授業。チヨルは塾のCMにも出演し、見た目のかっこよさと、わかりやすい熱血授業で学生たちからも親からも人気を集めている。

一方、主人公のナム・ヘンソン(チョン・ドヨン)は、ハンドボールの元韓国代表選手。いまは、高校2年生のヘイ(ノ・ユンソ)を大切に育てながら、弟のジェウ(オ・ウィシク)、親友のキム・ヨンジュ(イ・ボンリョン)とともに総菜店を営んでいる。
ヘンソンは「イルタ講師」という言葉は知っているが、チヨルについては顔も名前もあやふや。成績が伸び悩んでいたヘイに「チェ・チヨルの授業を受けたい」と言われるまでは、ヘイを塾に行かせずに、店の手伝いをさせていた。ヘイの希望を叶えるため、ヘンソンは「教育ママ」に変わる決心をする。
毎月の家賃を心配する町の総菜店社長と、1年に1兆ウォンを生み出す「イルタ講師」。住む世界が違うヘンソンとチヨルが、ヘイを通して出会う。そして、何度も顔を合わせるうちに、彼らをつなぐ「縁」が明らかになっていく。

役にピッタリ、チョン・ドヨンとチョン・ギョンホ
明るく行動力があるヘンソンを演じたのは、俳優のチョン・ドヨン。2007年の映画『シークレット・サンシャイン』でカンヌ国際映画祭 女優賞を受賞している。最近では、Netflixで配信中の映画『キル・ボクスン』(2023年)で主演を務め、「シングルマザーの殺し屋」として激しいアクションも見せた。
チヨル役のチョン・ギョンホは、『刑務所のルールブック』(2017年)や『賢い医師生活』(2020年)で主人公を演じた人気俳優。アイドルグループ「少女時代」のメンバー・スヨンと長年交際していることは有名で、ファッション誌のインタビューで惚気話をするほど。韓国では10年以上交際している「長寿カップル」として公認の仲になっている。
アクション俳優として肉体派のイメージを持つチョン・ドヨンと、公にのろけ話をするチャーミングな一面を持つチョン・ギョンホ。ヘンソンの明るさや行動力と、チヨルの恋愛下手な可愛らしさにピッタリの配役だ。

世間の注目の的であるチヨルは、かつては塾講師ではなく教師を目指していた。チヨルの回想には、チョン・スヒョン(イ・ドへ)という女子学生が繰り返し出てくる。スヒョンにまつわる事件によって、チヨルは他人と深く関わらない生き方を選ぶようになっていた。
チヨルの家は広くて一見きれいだが、冷蔵庫には空のペットボトルや賞味期限切れの牛乳がそのまま入っている。台所では、調理器具よりも家庭用生ごみ処理機の存在感が強い。大きなベッドがあるのにそこでは眠れず、ベッドの横に寝袋を敷いて寝る。そして、食事をしても受け付けず、すぐに吐いてしまう。寝ること、食べることを拒否しているチヨルの身体は、生きることそのものに投げやりになっているようだ。

しかしある日、いつもチヨルをサポートしている「チェ・チヨル研究所」室長のチ・ドンヒ(シン・ジェハ)が買ってきた弁当を食べて、チヨルの目に涙が浮かぶ。「また吐くかな」と不安に思いながら食べたその弁当の味は、懐かしい記憶を呼び起こすものだった。この弁当は、ヘンソンの総菜屋のものだ。
遠い世界に住んでいるはずのヘンソンとチヨルが、弁当の味をきっかけに惹かれ合っていく。

韓国の熾烈な受験競争
韓国の受験競争は激しい。毎年11~12月頃は韓国の大学入試シーズンだ。日本でも、韓国の受験生の後輩たちが会場前に並んで応援をする姿や、遅刻しそうな受験生がパトカーに乗って会場入りする様子が、ニュースで紹介されることがある。

ヘイのクラスメイトのチョ・スア(カン・ナオン)は、塾に通っていないのに成績が良いヘイが気に入らない。スアの母親・スヒ(キム・ソニョン)は、チヨルが講師を務める塾「ザ・プライド学院」の母親コミュニティ掲示板「SKYママ」のボス的存在。ザ・プライド学院の院長に意見を言って、授業の時期を変えさせることもできる発言力を持った母親だ。
「SKYママ」と聞いて思い出すのは、受験戦争にのめり込む母親たちの姿を描いた大ヒットドラマのタイトル、『SKYキャッスル〜上級者の妻たち〜』(2018年)だ。これまでも、『グリーン・マザーズ・クラブ』や『シュルプ』(ともに2022年)などで、韓国の学歴競争社会が描かれてきた。ときにはこどもを自殺や犯罪に追い込んでしまうこともある競争社会は、韓国にとって社会問題のひとつなのだ。
食事シーンのあたたかさ
「弁当」が重要なアイテムになっているこのドラマでは、弁当の他にも食事シーンが多数登場する。
ヘンソンの家では、猛獣好きのジェウがヘンソンとヘイを巻き込んで夜に映画を見る。映画といっても、猛獣のドキュメンタリー作品で、同じ作品を何度も見ているようだ。そのときにチキンの出前をとる決まりから、その日を「チキンデー」と呼んでいる。また、良いことがあった日には家族でお祝いパーティをする。おいしい豚足やピザの出前を囲み、お酒やジュースで乾杯をする。テーブルいっぱいに広げられた出前料理を見ると、いますぐ韓国に行ってチキンや豚足を食べたい! という衝動に駆られる。
チヨルはヘンソンの店の弁当以外の食べ物が食べられないのだが、チキンデーやパーティに徐々に参加するようになる。食べられなくても、みんなで食卓を囲み、みんなで嬉しいことをお祝いする。心があたたかくなるシーンだ。

主人公はヘンソンとチヨルだが、ヘイと同級生のイ・ソンジェ(イ・チェミン)、チャン・ダンジ(リュ・ダイン)の仲良し三人組の関係も可愛らしい。ソンジェはヘイのことが好きなようだ。
同じく同級生のソ・ゴヌ(イ・ミンジェ)は、アイスホッケーの選手だった。しかし、その道を諦めることになり、ヘイに勉強を教えてくれと頼んでくる。ヘイに近づこうとするゴヌの登場で、ソンジェの嫉妬心が燃えはじめる。ゴヌがヘイを選んだ理由は何なのかも気になるところだ。

第1話の冒頭で起こったある事件と、登場する「黒いフードの男」は誰なのかというスリラー的要素もありながら、大人たち、学生たち、それぞれの恋模様も楽しめる。登場人物全員が、どうにか幸せになりますように、と願いながら見てしまうドラマだ。

Netflixオリジナルシリーズ『イルタ・スキャンダル 〜恋は特訓コースで〜』
監督:ユ・ジェウォン
脚本:ヤン・ヒスン
出演:チョン・ドヨン、チョン・ギョンホ、イ・ボンリョン、オ・ウィシク、シン・ジェハ、ノ・ユンソ、チャン・ヨンナム、キム・ソニョン、ファン・ボラ、ホ・チョント、イ・チェミン
制作:tvN、スタジオドラゴン
◆ライター・むらたえりか

ライター・編集者。ドラマ・映画レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。宮城県出身、1年間の韓国在住経験あり。https://twitter.com/eripico___
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