
横浜流星さん(26歳)が主演を務めた映画『ヴィレッジ』が4月21日より公開中です。『青の帰り道』(2018年)やオムニバス映画『DIVOC-12』内の一編『名もなき一篇・アンナ』(2021年)でもともに仕事をしてきた藤井道人監督による本作は、とある閉鎖的な村を舞台としたヒューマンサスペンス。スリリングな展開で魅せるエンターテインメント作品でありながら、私たちの生きるこの社会に対して問題を提起する映画に仕上がっています。本作の見どころや横浜さんらの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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時代を射抜く骨太なサスペンス
本作は、『新聞記者』(2019年)と『ヤクザと家族 The Family』(2021年)の藤井監督が、同作のプロデューサーである故・河村光庸氏と3度目にして最後のタッグを組んで手がけた作品です。
前2作が大変な話題作であったこともさることながら、藤井監督といえば『余命10年』(2022年)の大ヒットが記憶に新しく、この5月には早くも次作『最後まで行く』が公開される気鋭の映画作家。いま日本国内でもっとも注目されている映画人の1人だといえるでしょう。

プロデューサーの河村氏の遺作のひとつでもある本作は、まさにいまの日本を映画というメディアでえぐるもの。時代を射抜く骨太なサスペンス作品となっています。
閉鎖的な村で急変する青年の人生
物語の舞台は、日本のとある集落・霞門村。薪能の儀式が伝統として続くこの村はどこか幽玄な美しさを感じさせるものですが、この儀式が行われる近くの山には巨大なゴミ処理施設がそびえ立っています。
主人公の片山優(横浜)はこの施設で必死になって働くものの、母親が作る借金の支払いに追われ、暗い日常を過ごしています。
かつて彼の父親は、この村である大きな事件を起こしました。村を去った父の罪を肩代わりするようにして、肩身の狭い思いをして優は生きているのです。閉鎖的な村の生活では、誰かの指示に従うほかありません。彼にはまるで希望なんてないのです。

そんなある日、幼馴染みの美咲(黒木華)が東京から帰ってきます。これをきっかけに、優の人生は大きく変わり始めるのです。
新たな力作の誕生に、日本が誇る演技者たちの存在あり
力作を手がけてきたプロデューサーと監督のタッグ作とあって、やはり出演者には個性豊かな俳優陣が揃っています。
優の幼馴染みであり、本作のヒロインにあたるポジションを担っているのが黒木華さん。主演映画『せかいのおきく』も公開中の彼女が演じているのは、東京から霞門村へと帰ってきている女性です。何かと問題のある霞門村。それでも帰ってきたということは、彼女も何かしらの問題を抱えているということです。キャラクターの表層と深層を同時に垣間見せる黒木さんの演技に誰もが魅せられることでしょう。

脇を固める面々に関しても、誰もが素晴らしい本作。霞門村の村長を古田新太さん、その息子で優が働くゴミ処理場の作業員を一ノ瀬ワタルさん、優の後輩作業員を奥平大兼さんが演じているほか、ギャンブル依存症の優の母を西田尚美さん、ゴミ処理場を利用するヤクザを杉本哲太さん、村とは距離を置いている村長の弟を中村獅童さん、霞門村最大の権力者を木野花さんが演じています。



日本が誇る演技者たちが大集結。その中心に立っているのが、次世代を担う俳優・横浜流星さんというわけです。
豊かなキャリアを築いてきた横浜流星
藤井監督とはこれまでにもたびたび仕事を一緒にしてきた横浜さん。“長編映画”という意味では、この『ヴィレッジ』こそが“本格タッグ”といえるのかもしれません。手がけてきた作品群がバリエーション豊かな藤井監督と同じように、横浜さんもまた豊かなキャリアを築いてきました。特にここ数年はその振れ幅の大きさが顕著でしょう。
昨年はメインキャストの1人として参加した映画が4本も公開。マンガを原作とした『嘘喰い』で非現実的な人物を演じたかと思えば、『流浪の月』ではDV気質の心の弱い男性を。続く『アキラとあきら』では苦悩する大企業の御曹司をクールに演じ、『線は、僕を描く』では水墨画との出会いによって孤独な青年が新しい世界に踏み出していくさまを瑞々しく体現していました。
「とにかく陰鬱」な姿
本作で横浜さんが見せる顔は、これまででもっとも多彩で複雑なものだと思います。
予告やポスタービジュアル、場面写真などから、かなりダークな作品を想像しているかたが多いのではないでしょうか。たしかにその通り。人間の負の側面にフォーカスした本作は、終始まがまがしさに満ちています。横浜さんの演技はこれらすべてを象徴するように、とにかく陰惨です。

しかし、父の罪を背負い、母の借金返済のためだけに生きているような人間の優には、ある転機が訪れます。そしてこれを契機として、横浜さんの演技も真逆のものに変化。虚ろな表情にはハリが出て、気だるい雰囲気はハツラツとしたものへと変わります。

いや、“真逆”というのは適切な表現ではないかもしれません。たしかに彼はまるで違う人間へと変わるのですが、彼の背負う業までが変わるわけではない。ふとした瞬間の横浜さんの声色や語調、表情や瞳に意識を向けていると、かすかにブレているのが分かります。つまり彼は、人間の生まれ変わるさまと同時に、決して消えはしない後ろ暗さまで表現してみせている。「これぞ横浜流星」というものを、この『ヴィレッジ』に刻んでいるのです。
2025年放送の『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(
多くの示唆と批評性に満ちた映画
さて、ここまで物語の核心には触れずにきましたが、未見のかたは本作に対して「ダーク=暗い」という以外にどんな印象を抱いたでしょうか。

サスペンスフルな作品のため、多くの観客が緊張し、恐怖しながらスクリーンと対峙することになるはずです。けれども筆者は劇中で描かれる村に対し、宣伝うたっているような「この村やばすぎでしょ」などとは思いませんでした。なぜなら、私たちの生きている社会とほとんど同じように感じたからです。

“村”という閉鎖的なコミュニティ性をはじめ、『ヴィレッジ』は多くの示唆と批評性に満ちた映画です。まさにいまの日本の社会の縮図。あなたはそこに、何を見るでしょうか。
◆文筆家・折田侑駿

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun