
うっかりスマホを落として焦るイ・ナミ(チョン・ウヒ)だが、すぐに拾ったという男が現れ、無事取り戻すことができた。しかし、スマホを拾ったのは、恐ろしい男で、スマホに入ったデータをすべて握られたことから、ナミの身の上にとんでもないアクシデントが次々と起きて……。2018年、大ヒットした日本版を韓国版ではどんなふうに映像化したのだろう。日本版、韓国版を比較しながら、ドラマや映画などに詳しいライター・むらたえりかさんが解説します。(レビューはネタバレを含みます)
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日本映画の韓国リメイク作品
写真、購入品、SNSやメール、支払い方法、好きなものや嫌いなもの。個人情報が詰まったスマートフォンを落としたために、人生を乗っ取られてしまう。その恐怖を描いたのが、2023年2月からNetflixで配信されている映画『スマホを落としただけなのに』だ。

日本の作家・志駕晃氏による同名小説(2017年)を原作に、日本でも、2018年に北川景子主演で映画化されている。
日本版は、公開から3週間で累計動員107万人、興行収入14億7193万を記録したヒット映画だ。韓国版も、Netflixのグローバルトップ10(2023年2月20日~26日)の映画・非英語部門で1位を獲得した。あまりにも身近な「スマホ」からはじまるサスペンスには、「もしかして自分のスマホも……」と思わずにいられない!

日本版映画のリメイク作品と言われているが、「スマホの紛失をきっかけに事件に巻き込まれていく」という軸以外は設定が色々と変わっている。
最大の違いは、韓国版では、スマホを拾って悪事を行う犯人が誰なのかが最初からわかっていることだ。

「誰がスマホを落とすのか」も違っている。日本版では主人公の彼氏(田中圭)が落としたスマホを拾われ、そこから個人情報を抜かれてしまう。韓国版では、食品会社で働く主人公のイ・ナミ(チョン・ウヒ)が自分自身のスマホを落としてしまうことから物語が始まる。スマホを落とした場所が、日本版ではタクシー、韓国版ではバスなど、細かい違いも多いので、見比べてみるのも面白い。
また、日本版では主に「ソーシャルブック」というFacebookに似せたSNSの乗っ取りによって、人間関係にヒビが入っていく。韓国版でもSNSが登場。写真を使うインスタグラムや、LINEやカカオトークのようなメッセージアプリなど、種類を使い分けている。さらにナミのスマホを乗っ取って、直接的に遠隔操作を行う。カメラや音声がハックされて、自分のスマホなのに、それを通して常に監視されている状況にゾッとする。映画を見ながら、思わず自分のスマホのカメラを伏せてしまった。

静かな犯罪者イム・シワンの演技
平凡な会社員のナミは、ある日、飲み会の帰りにバスでスマートフォンを落としてしまう。ナミのスマホを拾ったのは、ウ・ジュニョン(イム・シワン)という青年。ジュニョンはナミのスマホをハッキングし、スマホのカメラやマイクでナミの生活を覗き見たり、SNSを操作してナミの人間関係を壊したりしていく。
一方、刑事のウ・ジマン(キム・ヒウォン)は、山奥で殺人事件の捜査をしていた。山に埋められていた遺体の近くに、ジマンは自分の息子がいた痕跡を見つける。ジマンの息子は7年前に家出し、それ以降連絡がとれていなかった。息子が殺人事件の犯人なのだろうか。真相を確かめるために、ジマンは事件に深く踏み込む。

スマホを拾った犯人の「ジュニョン」の描き方は、日本版の犯人と大きく違っている。
日本版の犯人は、例えばスマホのパスワードを解除できたときや、主人公の秘密にしたいであろう写真を見つけたときなどに、明らかに興奮している。長い髪の毛を指に巻きつけたり、貧乏ゆすりのように足を振るわせたりして、落ち着かなくなるのだ。ときには、気持ちが高揚して、突然大きな声を出すこともある。
ジュニョンはそうした感情を表に出すことがほとんどなく、すべての作業を淡々と行う。ナミの映像を見ているときなどは、リラックスしているようにさえ見える。ナミを目の前にしても話しすぎてしまうことはなく、邪魔が入ればすぐに引き下がる。

急に「アハハハハ!」と笑い出し、目を見開いて早口で話すような殺人鬼も怖いが、表情が変わらず何を考えているのか読めない相手に狙われているというのも、かなり怖い。
ジュニョンを演じたイム・シワンは、日本でも人気のドラマ『ミセン~未生~』(2014年)の主人公チャン・グレ役や、映画『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』(2017年)でソル・ギョングとのW主演を務めていた。ボーイズバンド「ZE:A」のメンバーであることから、「演技のできるアイドル」を略した「演技ドル(ヨンギドル)」として人気のある俳優だ。
2022年に出演した映画『非常宣言』で、イム・シワンはハワイ行きの飛行機の中でテロを起こす犯人を演じていた。そのときも、「ちょっとした眼差しが怖い」「静かで、異様な雰囲気を醸している」と、演技を評価されている。

今回演じたジュニョンも、静かに犯罪や殺人を犯していた。まるでそれらが生活の一部であるかのように、黙々と。「スマホ」という生活に根づいたアイテムと、毎日の暮らしに溶け込むジュニョンの佇まいが、重なり合って恐怖を増幅させる。
2組の父子を描く韓国版

日本版、韓国版、どちらも「家族」がキーワードになっている。日本版では、主人公と家族の関係が良くなく、犯人の動機に「母親」が関係しているなど、家族関係の希薄さや、家族愛を信用できない登場人物たちを描いていた。
韓国版では、ナミの父親、イ・スンウ(パク・ホサン)が登場する。スンウは娘思いで、ナミが怪しい男性についていかないように注意することもある優しい父親だ。そんなスンウも、ナミとともに事件に巻き込まれていく。さらに、事件によってジマンと息子の関係が少しずつ明らかになっていく。それぞれ違う形ではあるが、こどもへの愛情を持っているスンウとジマン。2組の父子関係と、事件がどう結びついていくのか。

韓国版『スマホを落としただけなのに』とともに、日本版とその続編『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』もNetflixで配信されている。休日に一気見するのにもおすすめ。「もしかして私のスマホも……?」と想像し始めると、肌身離さず持っていたスマホとちょっと距離を置きたくなる。

Netflixオリジナルシリーズ『スマホを落としただけなのに』
脚本・監督:キム・テジュン
出演:チョン・ウヒ、イム・シワン、キム・ヒウォン、パク・ホサン、キム・イェウォン、チョン・ジノ
◆ライター・むらたえりか

ライター・編集者。ドラマ・映画レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。宮城県出身、1年間の韓国在住経験あり。https://twitter.com/eripico
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