
綾瀬はるかさん(38歳)が主演を務めた映画『リボルバー・リリー』が8月11日より公開中です。数多くの名作を手がけてきた行定勲監督の最新作である本作は、大正時代を舞台に暗躍する女性主人公の姿を描いたもの。豪華キャスト陣による華麗なアクションだけでなく、激動の時代を背景とした人間ドラマも見ごたえある作品に仕上がっています。本作の見どころや綾瀬さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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綾瀬はるかと行定勲監督が約20年ぶりに再タッグ
本作は、作家・長浦京さんが大藪春彦賞を受賞した同名小説を、『GO』(2001年)や『世界の中心で、愛をさけぶ』(2003年)、『劇場』(2020年)など、数々の名作を手がけてきた行定勲監督が映画化したもの。

行定監督の作品といえば、いずれもがその年を代表し、長く愛される映画たちです。そんな彼の最新作の主演を務めたのが綾瀬はるかさん。2人がタッグを組むのは、2002年に公開されたオムニバス映画『Jam Films』内の一編『JUSTICE』以来のこと。実に約20年ぶりの再タッグです。

2002年頃というと、綾瀬さんが俳優デビューを果たしてからまだ間もない時期であり、行定監督がまだ気鋭監督の1人であった時期。俳優として、監督として、それぞれにキャリアを積み上げてきた2人が、ここでまた手を取り合っているのです。
さまざまな思惑と運命が交錯する、激動の時代の物語
時は大正13年。物語の舞台は関東大震災から1年が経とうとしている東京です。
歓楽街・玉の井にあるカフェ「ランブル」のオーナーである小曾根百合(綾瀬)は、旧知の仲である人物が一家惨殺事件を起こしたという報が気にかかり、たった1人で現場の秩父へ向かいます。

現場の妙な様子に納得がいかない彼女は帰路につくものの、列車の中で軍人に追われている少年と出会い、彼を助けることに。少年は一家惨殺事件から逃れた人物なのでした。

彼は父親から大切なものを預かり、これを誰にも手渡すまいと必死になって逃げています。聞けば父親からは、“玉の井の小曾根百合という人物”のところへ行けと言われたらしい。
「S&W M1917リボルバー」を手にし、次々に軍人たちを叩きのめす彼女こそがその小曾根百合なのだと、やがて少年は知るのです――。
長谷川博己、ジェシー、豊川悦司……力作に集った華々しい面々
綾瀬さんが演じる小曾根百合とは、「幣原機関」というスパイ養成機関で特別な訓練を受け、「幣原機関の最高傑作」とまで言われた存在。彼女を取り囲む役どころには、華々しい面々が揃っています。

実戦において力を発揮する百合の協力者であり、知識の面でサポートする元軍人にして弁護士の岩見という人物を演じているのは長谷川博己さん。銃撃戦や肉弾戦など活劇シーンの多い本作において、彼はクールでシリアスな演技を展開し、作品全体の印象を引き締めるポジションを担っています。

ずっとアクション続きだとついていけない観客だって出てくることでしょう。けれども彼の存在が、観客の注意を引きつけたり、はたまた逸らせたりする。サスペンス映画の側面も持つ本作で、非常に重要な役割をまっとうしているのです。

物語のカギを握る少年・細見慎太を演じているのは、羽村仁成さん(Go!Go!kids/ジャニーズJr.)。まだ10代半ばながら、先輩俳優陣に怯むことなく好演を刻んでいます。このポジションは“大抜擢”だともいえますが、彼は子役出身者ということもあり、すでに多くの出演作を持っている。重要人物の役に選ばれるに相応しい経験を積んできているのです。

そして、百合を囲む女性たちをシシド・カフカさんと古川琴音さん、「幣原機関」の百合の後輩にあたる謎の男を清水尋也さん、少年を執拗に追いかける冷酷な軍人役をジェシーさん(SixTONES)が演じているほか、佐藤二朗さん、吹越満さん、内田朝陽さん、板尾創路さん、橋爪功さん、石橋蓮司さん、阿部サダヲさん、野村萬斎さん、豊川悦司さん、さらには緑魔子さん、鈴木亮平さんらが出番の多寡に関わらず、重要人物を演じています。




男性ばかりのこの面々の中心に立つのが、“ダークヒロイン”ともいえる小曾根百合役の綾瀬はるかさんというわけです。
小曾根百合は綾瀬はるかのキャリアが感じられる役どころ
綾瀬さんといえば、2001年に俳優デビューを果たして早々に頭角を現し、それ以来つねにエンタメ界のトップを走り続けてきた人物でしょう。
2004年にドラマ版『世界の中心で、愛をさけぶ』(TBS系)でその存在を広く知らしめて以降、『あいくるしい』(2005年/TBS系)や『白夜行』(2006年/TBS系)、『たったひとつの恋』(2006年/日本テレビ系)などのドラマ作品でメインキャストに起用されヒットに貢献。いまから10年前の2013年には大河ドラマ『八重の桜』(NHK総合)で主演を務めていました。
映画でもそう。『ギャラクシー街道』(2015年)、『海賊とよばれた男』(2016年)、『今夜、ロマンス劇場で』(2018年)、『レジェンド&バタフライ』(2023年)など、“主役級”の役どころを担い続ける稀有な存在です。

特筆すべき点は、彼女が高い身体能力を持った俳優だということ。それは『僕の彼女はサイボーグ』(2008年)や、劇場版も公開された『奥様は、取り扱い注意』(2017年/日本テレビ系)などに見出だせることでしょう。そういった意味で、アクションに全力を注いでいる『リボルバー・リリー』の小曾根百合役は、これまでのキャリアが活きた集大成的な役どころに思えるのです。
拳銃を構えるに相応しい表情
ヒューマンドラマ、コメディ、サスペンス、アクション、ミステリーなどなど、あらゆるジャンルの作品に適応してみせ、さまざまな役を演じ分けてきた綾瀬さんですが、バラエティ番組などで見せるキャラクターから、天然な性格の持ち主なのだと認識しているかたは少なくないでしょう。そんなこともあってか、役への変身のその深度にいつも驚かされるのです。

今作で特に注目すべきは、綾瀬さん演じる百合が拳銃の使い手だということ。リボルバーを構える彼女の表情が何度も何度もスクリーンに大きく映し出されます。人間ドラマのパートも丁寧に作られていますが、タイトルに冠されていることもあり、やはりもっとも大切にされているのはリボルバーを握りしめる瞬間。手にした凶器を誰かに向けるというのは、そこに強烈な敵意があるから。

拳銃を構えればシーンが成立するわけではありません。拳銃を構えるだけの心の動きというものがなければ、そのシーンは成立しない。ひるがえってこれは、拳銃を構える際の“綾瀬はるか=百合”の中に大きな心の動きがあることを示しています。そしてそれは連動するように、表情に表れる。拳銃を構えるに相応しい表情です。ここにもまた、これまでハードな役どころを演じ続けてきたキャリアが活きているように思うのです。
小曾根百合の時代から約100年
本作が描かれているのは、いまから約100年前の時代。9月1日に起きた関東大震災まで、あともう少しでちょうど100年です。あの当時は流言飛語が飛び交い、本当に多くの困難があったといいます。私たちの生きる現代は、あれからどれくらい成長したのでしょうか。
小曾根百合は“ダークヒロイン”ともいえるカッコイイ存在ですが、時代に翻弄され、悲しみを背負って生きる人物でもあります。彼女の生きる時代と現代とを照らし合わせてみることも、本作の味わい方の1つかもしれません。
◆文筆家・折田侑駿

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun