ここ数年で幹細胞の研究と実用化が大きく進み、メディアなどで取り上げられる機会も増えている。この流れは、2006年に京都大学の山中伸弥教授らが世界で初めて無限に増殖し、体の修復や再生をうながす力を持つ幹細胞の種であるiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製に成功したことに端を発する。2012年に山中教授がノーベル生理学・医学賞を受賞すると、幹細胞を利用して体を元の状態に戻す「再生医療」の研究が一気に開花した。そして幹細胞の効果は、美容やアンチエイジングの分野でも期待が高まっている。【前後編の後編。前編を読む】
幹細胞治療を行った患者は「化粧のノリがすごくよくなった」
再生医療と同じか、それ以上に各界が注目するのは美容・アンチエイジング領域における絶大な効果だ。リボーンクリニック本院院長の坂口尚さんはこう語る。
「AGA(男性型脱毛症)の治療の一環として、患者のお腹から採取した間葉系幹細胞を培養して頭皮に注入します。即効性はありませんが、何か月か続けると抜け毛が減って羽毛みたいな毛が生えてきて、それがだんだんと太くなるケースが目立ちます。それだけで頭髪の印象がずいぶん変わります」
医療法人康梓会統括院長で日本再生医療学会認定医の日比野佐和子さんが語る。
「再生医療は機能しなくなった細胞や臓器の再生修復が目的なので、厳密に言えば若返りというよりは機能を戻すことが治療の中心になります。しかし、幹細胞を活性化することで若々しい肌や髪、臓器を維持できます。その結果はしっかり見た目に表れるため、美容目的で幹細胞治療を受ける人が増えています」
幹細胞を用いた再生美容医療には、大きく分けて3つの方法があると日比野さんが続ける。
「患者の脂肪由来の幹細胞を培養して増やして注入する方法と、培養せず濃縮して注入する方法、さらに幹細胞を培養する際に使用した『上清液』を注入するやり方がある。上清液にはサイトカインやエクソソームなど細胞を活性化させる“若返り成分”がたっぷり含まれています。当院では上清液を用いた肌再生、しわ・たるみ・ほうれい線の改善、豊胸手術を行っています。豊胸手術は脂肪と一緒に上清液を投与することで、注入した脂肪がその場に定着しやすくなります」
坂口さんのクリニックでは、患者の脂肪から摂取した幹細胞を培養して肌に直接注入する幹細胞治療も行なっている。
「幹細胞治療を行った患者は“化粧のノリがすごくよくなった”と言います。周囲から“顔色が明るくなった”と言われるかたも多いですね」(坂口さん)
再生医療の技術を応用した「幹細胞コスメ」も人気に
再生医療の技術を化粧品に応用した「幹細胞コスメ」も人気が高い。化粧水やクリーム、フェイスマスクなどがあるが、実際には幹細胞は入っておらず、上清液が使われている。
「上清液に豊富に含まれる幹細胞が分泌する細胞を活性化させるサイトカインや成長因子のグロースファクター、組織の再生を促す小さなカプセル状の粒子であるエクソソームやアミノ酸、ビタミン、ミネラルなどの働きが肌のターンオーバーを促進してハリやツヤが期待できます。
また上清液は『ヒト由来の幹細胞』と『植物由来の幹細胞』の2種類ありますが、植物由来はアレルギーのリスクがあるので、おすすめはヒト由来。できるだけ濃度の濃いものを選べば、さらなる効果が見込めます」(日比野さん・以下同)
注意点もある。東京医科大学のグループが自由診療のクリニックなどで使われているエクソソームの製品12品目を調べたところ、3品目でエクソソームが含まれておらず、残り9品目もエクソソーム含有量のばらつきが大きかったという。
「幹細胞コスメ選びは慎重にしてほしい。迷ったら、『日本再生医療学会』の会員の医師がいる医療機関に相談するのがベターです」
幹細胞の能力は加齢で低下しない
体内で生成される幹細胞は年齢とともに減少する。そのスピードは猛烈に速く、新生児のときと比べて30代はその25分の1、50代は50分の1、80代は200分の1しかないという。『すごい幹細胞 「老けない人」の7つの習慣』の著者で、Gクリニック院長の三島雅辰さんが語る。
「幹細胞が減少すると細胞の修復が充分に行われず、体の機能が低下して老化につながります。ただし幹細胞の持つ能力自体は加齢によっても低下しません。つまり、減少するスピードさえ緩められれば老化の防止につながります。そのためには健康的な体を作り出して維持することが大切です」(三島さん)
治療や美容医療を受けるハードルが高ければ、まずは体内の“自分自身の幹細胞”を維持し、活性化させることから始めてみよう。日比野さんは「カギを握るのは日常生活」と語る。
「激しすぎる運動や筋トレは幹細胞を減らします。少し汗をかくぐらいのウオーキングが幹細胞を最も活性化するので、1日1万歩を目標に歩きましょう。
食品は抗酸化作用の高いビタミンを多く含む野菜や青魚、アーモンドやナッツを多く摂り、オメガ3を多く含むアマニ油、えごま油を選択する。
食事法のおすすめは、前日の夕飯から翌日の1食目まで16時間あけるプチファスティング(断食)です。細胞レベルで老廃物を排出するオートファジー機能を活性化し、成長ホルモンの分泌を促進するため、幹細胞の増殖が見込まれます」
医療経済ジャーナリストの室井一辰さんは、「ビタミンB」に着目する。
「細胞の活動に必要なエネルギーを作るのは、細胞内の小器官であるミトコンドリアです。
豚肉やうなぎ、玄米などに含まれるビタミンBはミトコンドリアの活動に必要な栄養素なので、たくさん食べてほしい」
規則正しい生活を送り、7時間程度の睡眠時間を確保することも求められる。
逆に「やってはいけない」生活習慣もある。
「過剰な飲酒や喫煙、ストレスは幹細胞にダメージを与えます。トランス脂肪酸が使われたスナック菓子や人工甘味料、糖質の摂りすぎにも注意しましょう」(日比野さん)
ほかにも胃の内容物の未消化は睡眠に悪影響を与え、脳や体のメンテナンスが不充分になる。大量の抗生物質の服用によって、幹細胞の数が減ったというデータもあるので気をつけたい。
自分自身がもともと持っている力で、若返りや不老を手に入れられるかもしれない。夢と希望に満ちた幹細胞の世界にようこそ!
(了。前編を読む)
※女性セブン2024年9月19日号