役はフィクション、役者はリアル──別物にもかかわらず、名演がゆえに役と役者が同一視されることがある。そんな当たり役に恵まれることは役者として幸運なことではあるが、時にそれが足枷になったりすることもある。誰もが知る当たり役を演じた名優が、そんな葛藤を経ていま思うことを明かす──。
大役が巡ってきて、責任を痛感 母とせりふの猛特訓
1983年、NHK連続テレビ小説『おしん』で主人公の幼少期を演じた小林綾子(52才)。山形の貧しい家庭に生まれた少女が、明治から昭和の激動の時代を懸命に生き抜く姿を描いた同作は平均視聴率50%超。テレビドラマ史上1位の最高視聴率記録はいまも破られていない。原作・脚本は故・橋田壽賀子さんだ。
「オーディションに合格して初めて、それが“朝ドラ”の主人公だとわかったんです。小学4年生の秋のことでした」(小林・以下同)
バレエを習いたくて、近所の東映児童演技研修所に入所したのが5才の頃。しばらくすると子役の仕事が入ってくるようになった。
「とはいえ、小さい役ばかりでしたから、いきなり大役が巡ってきて、責任を痛感。でも決まったからには精一杯やろうと、母とせりふの猛特訓をしました」
オーディションの翌年1月、真冬の山形でロケが始まった。
「雪の中、川で洗濯をしたりいかだに乗ったり、とにかく寒かったです(笑い)。でも、メイクさんがドライヤーで手を温めてくれたり、地元のかたが豚汁を作ってくださったりと、温かいサポートのおかげでつらさは感じませんでした」
撮影は1か月。小林の登場シーンは6週間だった。
「それほど長く出演していないので、あれほど話題になるとは思ってもいなくて……」
放送後、サインを求められたり、通学途中に写真を撮られたりするようになり、世界が一変したという。
表現することが好きだと気づき俳優を一生の仕事に
ドラマや映画で当たり役を得て大ブレークした場合、それを足がかりとして露出を増やしがちだが、小林は違った。世間の喧騒に惑わされず、学業を優先し、仕事は夏休みなどの長期休暇に無理なく撮影できるものを選んだという。
中学まで地元の公立校へ通い、都立の進学校に入ると、器械体操部に入部し、大会出場も経験。卒業後は立命館大学に進学した。
「最初は教師を目指していたのですが、普通の学生と同じように進学していく中で、改めて将来のことを考えてみたんです。やはり自分は表現することが好きだと気づき、俳優を一生の仕事に決めました」
人気子役として特別扱いされず、同年代の友人たちと有意義な学生時代を過ごせたことで、『おしん』の役と冷静な距離を置けたのだろう。
「いまでも“おしんちゃん”と声をかけられることがありますが、うれしいですね。子供から大人への成長過程で、そのときの自分に合った役をいただいた。私にとって『おしん』は、人生の土台となった作品であり、宝物。これからもずっと大切にしていきたいです」
【プロフィール】
小林綾子/1972年、東京都生まれ。5才で東映児童演技研修所に入所。1983年、小学4年生のときにNHK連続テレビ小説『おしん』の主人公に。2025年1月7日より『明治座新春純烈公演』に出演予定。
※女性セブン2025年1月1日号