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医師・作家の久坂部羊さんが理想とする“前立腺がんを患って87才で亡くなった父”「がんがわかったとき、父親は長生きしなくてすむと喜んだ」

医師・作家の久坂部羊さん
写真2枚

 がんで死にたい──医師で作家の久坂部羊さんがそう願うのは「消去法」によるものだ。

「ぽっくりと死にたいという人は多いけど、実際に心筋梗塞やくも膜下出血は非常に激烈な痛みを伴ううえ、死後の準備が一切できません。“眠るように死ぬ”イメージの老衰も、そこに至るまで10〜15年ほど寝たきりなどでつらく、楽しみがない時間を経る必要がある。そう考えると診断から死ぬまで一定程度の元気な時間があるがんで亡くなることがいちばんマシかなと思います」(久坂部さん・以下同)

 がん死のなかでも「治療せず在宅」がベストの選択と久坂部さんは主張する。

「進行がんになった段階で治療してもわずかな延命効果しかなく苦痛が多いので、死後の準備を始めた方が上手に最期を迎えられます。なおかつ病院に入ると、面会が制限されてお酒やカラオケを楽しめず、ペットも飼えず好きな服も着られないなど不自由だらけ。最期まで自分らしく生きるためには在宅がいちばんです」

 久坂部さんが理想とするのは前立腺がんを患って87才で亡くなった父だ。死の2年前、がんと診断された父はこう喜んだ。

「しめた、これで長生きしなくてすむ」

 久坂部さんが振り返る。

寝ている女性
理想の最期を迎えるには「受け入れる」ことが大切になる(写真/PIXTA)
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「父も医師だったので、超高齢でがん治療を始めると抗がん剤で吐いたり放射線で肺炎になるなど合併症で苦しむことを知っていた。だから『ちょうどいいときに死ねる』と、何も治療をしませんでした」

 父はがん宣告後の1年を普通に暮らしたが、その後脊椎を圧迫骨折して残り1年は寝たきりだった。

「父は『寝たきりの方が楽や』とリハビリを拒否しました。活動的に元気でいることが自分らしい生活と思う人もいるけど、父にとっては寝たきりが自分らしい生活だった。父はそのまま最期を迎えましたが、本人が納得した理想の最期だったと思います」

 この例からも、理想の最期を迎えるには「受け入れる」ことが大切だと語る。

「人生の終わりに苦しまないためには実現不可能なことを医師が叶えてくれると思わず、あるがままの現状を受け入れ、それが自分らしい寿命だと思うことが大切。そもそもがんは痛い病気ではなく、治療で命を引き延ばすから痛みが強くなる。事実、現代のように治療が発達していなかった江戸や明治時代の人は治療せず、あまり苦しまず自然に寿命を迎えていました」

 とりわけ重要なのは、“いつ死んでもいい”という心構えで生きることだ。

「がんはなかなか死なない病気になったので、診断されて絶望する必要はありません。私の知るがん患者は、充実した人生だったと満足し40代で亡くなった人もいれば、90才で診断され死にたくないと嘆く人もいます。人はいつか必ず死ぬので、いつ死んでも生き切ったといえるような毎日を過ごすことが何より大切です」

【プロフィール】
久坂部羊(くさかべ・よう)/医師・作家。大阪大学医学部を卒業。大阪府立成人病センターにて麻酔科医、神戸掖済会病院で一般外科医を務めた後、外務省に入省。在外公館で医務官として勤務。2003年に『廃用身』で作家デビューし、2014年に『悪医』で日本医療小説大賞を受賞。

女性セブン2025109日号 

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