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《市街地に出没するクマ急増》「世田谷区にも」の予測まで…“人喰いグマ”に撃退アイテムはまったく役に立たない現実、“クマ除けの鈴”は「獲物がここにいる」と知らせるだけ

クマが市街地に出没して人身被害が急増している(写真/PIXTA)
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 冬眠に備えて食欲が増し、餌を求めて活発になったクマが市街地に出没。各地で人身被害が急増し、死者数は過去最多の10人を記録している。クマとの遭遇は、日本のどこで起きてもおかしくない──。

 日本には北海道にのみ生息するヒグマと、千葉県を除く本州と四国に分布するツキノワグマの2種類のクマが存在する。千葉県には高い山がなくクマの生息に適した山間部が少ないことや、県境を流れる江戸川と利根川がクマの往来を妨げたことが「クマなし県」の理由とされている。また極端に目撃情報が少ない四国のツキノワグマは、環境省から「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されており、九州のクマはすでに絶滅したと考えられている。

 だがそうしたエリアは、日本全体から見ればわずかだ。環境省と各自治体が10月27日までに発表したデータをもとに、「出没件数」、「人身被害者数」、「死者数」の推移をグラフ化したが、今年度は約5か月を残し、「出没件数」と「死者数」が過去最多だった2023年度をすでに上回っている異常事態と言えるのだ。

 2023年度はクマの餌となるどんぐりが凶作だった年で、飢えたクマが街に出たとされる。その“経験”が、今年の「出没件数」の急増につながった可能性があるという。岩手大学農学部准教授で、クマの生態に詳しい山内貴義氏が解説する。

全国クマ出没マップ
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「今年は猛暑に加えて雨も少なく、どんぐりなどの餌が一昨年以上に凶作とされています。2023年に餌を求めて山を下り、“街には餌がある”と学習したクマが、再び人前に現れるようになった可能性があります。前回は母グマに連れられて街に出た子グマが、成獣になって餌を取りにきているとも考えられます」

 近年急速に進むメガソーラーの建設が、クマの生息地を奪っていると指摘する声もある。北海道釧路市では、メガソーラー建設のために山村が切り開かれたことですみかを追われた野生動物が人里に出没して被害をもたらす可能性があるとして、今年6月に「ノーモア メガソーラー宣言」を打ち出した。実際、エゾシカやキツネなどのほか、ヒグマも念頭に置いているという。

人間が「敵」から「獲物」へ変化した

 いくらクマの事故が報じられても、都心に住む人にはどこか他人事に感じるかもしれない。だが危険は、すぐそこに迫っている。日本のクマ研究の第一人者で東京農業大学森林総合科学科教授の山崎晃司氏が話す。

「クマは身を隠すことができる場所を好む習性があり、川の両側に茂った木立を利用して移動することがあります。東京の青梅市や八王子市で目撃されたクマが多摩川沿いを移動し、世田谷区などに出没する可能性もゼロではありません」

 山奥から長距離を移動して市街地に出たクマは、人間のすぐ近くで息をひそめている。

「餌を求めて移動を続けるクマが一定の場所にすみつくことはないと思いますが、山から遠い市街地の奥まで入り込んだクマが空き家や緑の多い公園などに、一時的に潜むことはあると思います」(山内氏)

 市街地への出没件数が増えれば、甚大な人身被害をもたらすことになる。

「本来クマは冬眠に備えて大量に餌を食べ、体脂肪を蓄えて餌がなくなる冬場に冬眠に入ります。ですが、市街地に居付けば餌が尽きることがなく、冬場になっても食べ続けることで冬眠の時期が遅れます。市街地に出没する期間が長くなれば、人身被害のリスクも高まります。

 また市街地にまで下りてきたクマは、少なからず緊張状態にあります。予期せぬことでパニックを起こし、目の前の人間を敵だと認識して激しく攻撃する危険性があるのです」(山崎氏)

レフェリー時代の笹崎さん (写真/共同通信社)
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 10月16日には岩手県北上市の温泉旅館『瀬美温泉』の従業員・笹崎勝巳さん(60才)が露天風呂の清掃中にクマに襲われて命を落とした。人間が「敵」から「獲物」へ変化しつつある、と驚きの指摘をするのは山内氏だ。

「瀬美温泉事故の8日前に、約2km離れた場所でクマに食害された遺体が発見されています。このクマは当初、人間を敵として襲った可能性が高く、死んだ動物を食べる習性から遺体を食べたことで、われわれが獲物になると学習した。そしてこのクマが、笹崎さんも襲ったとみられています。つまり、温泉での襲撃は最初から捕食目的だった可能性があるのです」

 植物を主食とするクマが「人喰いグマ」と化して、市街地を歩き回る日が来るかもしれない。そのとき、クマ撃退アイテムはまったく役に立たないという。瀬美温泉の現場に駆けつけた和賀猟友会会長の鶴山博氏は言う。

「“クマ撃退スプレー”が有効だと言いますが、あれは遠くからクマを認識できて初めて役に立つものです。不意に現れたクマに、スプレーを噴射する暇なんてありません。いざというときには無意味です。それとクマ除けの鈴も人間が付けていることを理解しているクマに、“獲物はここにいます”と知らせることになりかねません」(鶴山氏)

 クマの襲撃から逃れるためには、どうすべきなのか。山崎氏はこうアドバイスする。

「自分が暮らす地域にクマが出没したら、外出を控えるしか方法はないでしょう。ジョギング中や犬の散歩中に襲われるケースも多く、クマが活発に活動する朝や夜の外出は特に危険です。不便とは思いますが、外出を控えることをおすすめします」

 人間とクマの関係は、新たな局面を迎えている。

女性セブン2025111320日号

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