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アンミカが引き出すジェーン・スーの金言「いかに自分を楽しませるか、それが人生のテーマ」「昔もいまも夢はありません。夢がなくても動いていれば人生は開ける」

アンミカ&ジェーン・スー
アンミカ&ジェーン・スー(撮影/田中智久)
写真3枚

モデル・俳優のアンミカさんが「ずっと会いたかった人」をゲストに招き、軽やかに奥深く人生を語らう連載「アンミカのカラフル幸福論」(女性セブン掲載)が早くも話題に! 3人目のゲストは、コラムニスト・ラジオパーソナリティのジェーン・スーさん。対談を心待ちにしていた初対面のお二人が繰り広げる、エネルギッシュで金言にあふれるトークには強く、しなやかに生きるヒントが満載です!

学生時代は「一軍のドベ」みたいな感じ

アンミカ:スーさんとは実は生まれ年がほぼ同じで、同世代なんですよね。撮影中も、「このツーショットの撮りかたは『明星』っぽいわ」なんて、会話の感覚がパッと通じてうれしくて。

スー:第2次ベビーブームの絶頂期です。昭和と平成をガツガツと生き抜いてきた私たちですから共通点は多いはずです。

アンミカ:近い年齢のかたに仕事でお目にかかる機会が意外と少ないこともあって、個人的にずっとお会いするのを切望していたので、今日はテンション高めです! いつも以上に!(笑い)

スー:私もアンミカさんにお会いしたくて、実は他誌のインタビュー企画でオファーさせていただいたこともあったんです。そのときはスケジュールが合わず、残念でした。

アンミカ:私も出演するラジオ番組でお声がけさせていただいたけれど、やっぱりタイミングが難しくて悔しい思いをしていました。

スー:念ずれば通ず、お互いの思いがついに今日…! こうやってお話をさせていただく側に座らせてもらって本当に光栄です。

アンミカ:もうスーさんには聞いてみたいことがたくさんあります。早速ですが、スーさんの言葉のチカラの源泉をたどりたいので、昭和に時を戻させてください。スーさんは学校のクラスの中でどんな人でした?

スー:自認をしているのも情けない話ですが、「一軍のドベ」みたいな感じです。おしゃれとか、かわいいとか、モテるとかではなくて、お笑い枠。一軍の中でまぁまぁ面白いことを言ってギリギリみんなの輪に入っている人、みたいな感じです。戦隊モノには入れるけど、桃色ではなくキレンジャー(笑い)。

アンミカ:私もまさにそちら側でした。中学1年生のときは、きらびやかな一軍には入れなかったけれど、2年生になってからモノマネという武器を手に入れて居場所を自ら作っていました。

スー:そんなところまで似ていたとは驚きです。

信頼できる人の依頼は、120%で返す

アンミカ:高校ではどんな生活を送っていましたか?

スー:埼玉県の女子校で軽音楽部に入ってキーボードとボーカルをやっていました。というのも私は面倒くさがりで、バンドはやりたいけど新しい楽器を覚えたくなかったんです。ピアノは昔習っていたし、歌は人間誰もが歌えるということで、この2つに絞りました。ベースとかギターとかドラムは単純にやりたくなくて。

アンミカ:スーさんの源泉を覗いた気がします。ご著書でもよく書かれていますが、やりたくないことがハッキリされている。やりたくないこと、心地悪いことがわかっていると生きるうえで楽だし、助けになりますよね。

スー:あれこれ無理をしていた時期もありましたが、どんどん自分がみじめになっていくんです。克服した達成感や喜びよりも、その前段階で訪れる、できないことへのみじめさが耐えがたくて。だったら私は長所を伸ばす方向で生きていこうと、いろんな無理をやめました。

アンミカ:早くから自己分析して対処できているのがすごいです。

スー:最終的に気づけたのは30代半ばくらいで、それまでは右往左往していましたよ。ダメならすぐ撤退という感じで。

アンミカ:試行錯誤していた時期もあったんですね。

スー:はい。藤原紀香ヘアとか。

アンミカ:紀香ヘア! 懐かしい響きです。

スー:会社のトイレでセットをして、トイレの鏡を見て、頭だけ藤原紀香になっても意味がないという“研究結果”が出て、即撤退です。紀香ヘア研究はトイレの便座用のコンセントを抜いて、ホットカーラーに差し替えてしていましたね。

アンミカ:当時はね、便座用くらいしかひそかに使えるコンセントがなかったから(笑い)。そうやってご自身のものさしで取捨選択される中で、自分からではなく誰かから「やってみたら?」とすすめられたことにはどう対応していましたか?

スー:それはいまにも通ずる自分のルールですが、「信頼できる人からの仕事の依頼には120%で返す」「信用できない人からの発注には丁寧にお断りする」と決めています。

アンミカ:徹底してブレない軸があるんですね! 自分自身を大切にしながらも、他者にもきちんと礼節を守る、スーさんの素敵な軸ですね。

アンミカ
アンミカ(撮影/田中智久)
写真3枚

スー:新卒でレコード会社に就職して、紆余曲折を経て35才で父親の事業を継ぐため実家へ戻りました。でも、それだけでは食べていけずに、元同僚が作った音楽制作会社でアイドルグループをプロデュースする手伝いをしていた時期があったんです。そのときに、「作詞をしてくれないか」と頼まれて。やったこともなければやりたいことでもなかったので「それはちょっとジャンルが違うんじゃないか」と言ったら、「きみならできる」と譲らない。その人が、私がいま所属する事務所の社長なんですが、彼が言うならやってみよう、と。

アンミカ:信頼しているかたからの依頼だったんですね。でも作詞の世界って世の中に残ってしまうし、アイドルが売れるかどうかを左右する立場だと思います。プレッシャーはなかったんですか?

スー:努力をしたうえでうまくいかなければ、私を選んだ人のミスだと思っているんです。相手の見立てと審美眼がなかったということ。そう考えることで、挑戦の幅がグッと広がります。

アンミカ:行き詰まったときに、そう考えられる余裕があるといいですね。“引き受けたからにはやりきらないと”と気負って、うまくいかないと自分を追い込んでしまうかたもいますから。

スー:「きみの見当違いだ」って言って終わらせましょう(笑い)。

アンミカ:本当に気持ちが楽になります。オファーをいただくと、能力を見込まれたことがうれしくてとにかく全部の仕事を受けてしまうと、気づいたときには自分が苦しくなっている。

スー:そう! 私も経験があります。自分の価値を自分で測れず、人に決めてもらおうと、あらゆる発注を踏ん張って受けちゃう。でも発注してくれる人の中にはいい加減な人もいて、受けることで自分が消費されてしまうような気持ちになってしまう。自ら線を引かないとダメなんです。

アンミカ:その一本の線がどれほど大切か。私は新しいことが好きだし、人に嫌われたくない、求められた場所に自分の役割があると信じて、いただいたお話をとにかく受けてきた時間が長かった気がします。

スー:いまのアンミカさんを拝見すると、触れた人みんなを幸せにしてくださるお仕事ぶりだと感じるので、ご自身に最適な線を明確に引けるかただと思いますよ。

愛情は人間が渡せる最高のギフトだと思う

アンミカ:講演をする際に、よく「夢がないんです」と悩んでいるかたの相談を受けるんです。スーさんは学生時代、そしていまの夢はなんですか?

スー:夢はありません。昔もいまも一度も“〇〇になりたい”と思ったことがなくて。

アンミカ:夢がないことへの焦りはなかったですか。

スー:「何者でもない私」みたいなことで焦ったことはないですね。何者かになりたいという願望がなかったので。ただ、つまらないことはしたくない、という思いはずっとあります。転職するきっかけも、新しくやりたいことができたからではなく、単につまらなくて続かなかったという(笑い)。いかに自分を楽しませるかが人生のテーマですね。

アンミカ:学生さんに限った話ではなく、現代は「人生に夢を持とう」「明確な目標を持つことが大事」という風潮があるけど、夢がなくても別にいいんじゃないかな。それよりもいまを楽しみ、自分の機嫌をとっていたわることに目を向けてもいいと思うんです。

スー:ただし、間違えちゃいけないのが、動かなくていいというわけではないこと。むしろ逆で、とにかく片っ端からいろいろやってみて、好き嫌いとか自分を幸せにするもの、不幸にするものをじっくり選別することが大事です。夢がなくても動いていれば人生は開けます。焦らなくて大丈夫です。

逆にね、「いま、夢を追いかけています!」と語る人は、「いまは結果が出なくてもいいんです」という逃げ道を作っていることと紙一重で危険だと思っていて。成長と夢と目標を語る人からは逃げろ、ってよく話します(笑い)。

アンミカ:わかります! 人生を振り返ってみると、夢追い人な男性、身近に多くなかったですか?

スー:われわれが共通しているところだと思いますが、そういう人は胆力がある女性に寄ってきちゃうんです。こればっかりはしょうがない。私たち、応援して、励まして、経済的にも支えちゃうから。

ジェーン・スー
ジェーン・スー(撮影/田中智久)
写真3枚

アンミカ:高い勉強代でした…。

スー:私もアンミカさんも、生まれつき愛情が大きいタイプだと思うんですよ。だから大丈夫。ジャブジャブ誰かに愛情を注いでも枯れることがない。愛情なんて惜しまずくれてやれ、ですよ。

アンミカ:その通りですね! 尽くすことで体力は消耗しても、愛情そのものはなくならないと思っています。

スー:仮に空になっても2日もすればまた満タンになりますから。男性にしろ、友人にしろ、愛情を注いだ相手に裏切られたことはたくさんありました。でも損をしたことはない。

アンミカ:「あんなに愛情をかけたのに、こんなことされた」と損得勘定で線引きするのは、人生が急にもったいなくなりますよね。

スー:人の愛情を無碍にして運気が下がるのは相手ですから。こちとら、別にかまへん。

アンミカ:かまへんかまへん。愛情は人間が渡せる最高のギフトだと思います。

スー:愛情は臆せずにどんどんくれてやりましょう。

「人は一回しか人生を生きられない」

アンミカ:スーさんと話していると、気持ちが前向きになるだけでなく感情が満ちてくる感じがすごくあります。

スー:アンミカさんこそ、常に周りの人をそうしていると思いますけどね。

アンミカ:お互い人生にめちゃくちゃ真剣ですよね。

スー:私が好きな言葉に「You Only Live Once」(人は一回しか人生を生きられない)の頭文字で“YOLO”というスラングのような言葉があって。

アンミカ:素敵な言葉ですね。

スー:YOLOというネオンサインを家に飾ろうかと思ったくらい気に入っていて。でも、家に帰って「You Only Live Once」ってネオンをわざわざパチってつけるの、やばいなと思ってやめました。

アンミカ:あははは。想像すると確かにちょっとシュールです。

スー:「人生は一度きり」だったら耳が慣れてるんです。でも「人は一回しか人生を生きられない」と言われると、結構ハッとしませんか。

アンミカ:似た意味なのに、心への響き方が全然違いますね。私たち、YOLOが体に染みわたっているから、人生にめちゃくちゃ真剣に向き合っているのかもしれません。

スー:やり直しがきかないんだと思って、なんかせな!って。そうやって、これからも私たち2人は動き続けるのでしょうね。

(次号、後編へ続く)

ジェーン・スーさんのHLLSPD

ジェーン・スーさんに、Happy、Lucky、Love、Smile、Peace、Dreamについて答えてもらいました。今回はHappy、Lucky、Loveについて直撃!

Happy:何をしているときが幸せですか?

プロレス観戦

Lucky:最近小さなことでも「ラッキー!」と思ったことは?

プロレス観戦を繰り返すうちに顔見知りになった女性から、人気興行のチケットを譲ってもらえたこと。お互いに敬意をもっておつきあいできる知り合いが増えてとてもうれしいです。

Love:あなたが好きな言葉は?

YOLO(You Only Live Once)

後編もエネルギー全開! 推しと癒しのマリアージュが人生を晴れやかにします!

◆モデル・俳優・アン ミカ

アンミカ/1972年生まれ。1993年パリコレ初参加。モデル業以外にもテレビ・ラジオMC、俳優、歌手、テレビCM出演と多彩に活躍。「日本化粧品検定1級」など20個以上の資格を生かし、化粧品、洋服、ジュエリーなどをプロデュース。

◆コラムニスト・ラジオパーソナリティ・ジェーン・スー

ジェーン・スー/1973年生まれ。TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』やTBSポッドキャスト『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』などのパーソナリティを務める。『介護未満の父に起きたこと』(新潮社)、『ねえ、ろうそく多すぎて誕生日ケーキ燃えてるんだけど』(光文社)など著書多数。

構成:渡部美也 衣装:ファージレ/ラクア タイ付きブラウス/ヴィゴロ ピアス/グロッセ・ジャパン(アンミカさん)、カーディガン、パンツ/ともにDoCLASSE それ以外はスタイリスト私物(ジェーン・スーさん)

※女性セブン2026年2月19・26日号