《山村紅葉がミステリー作家デビュー》きっかけをくれたのは映画『国宝』 編集者から文章の形が母に似ていると言われ「とってもうれしくて。やっぱり『母と似ている』と言われたかったんだなあと気づきました。」

「ミステリーの女王」と呼ばれた山村美紗さん(享年65)の娘である、山村紅葉(65才)が、母が急逝したのと同じ年齢で、初めての小説を完成させた。6月17日に刊行された『祇園の秘密 血のすり替え』(双葉社)は、京都の歌舞伎の名門一家と祇園の老舗置屋の2つの家族の間で、後継者をめぐって運命が交錯する物語だ。
文壇の重鎮である母は娘の文章に対しても“作家基準”を求めた。娘からすれば、母が課すハードルは常に厳しく、いつしか文章を書くことが嫌いになっていたという。そんな山村紅葉は、どうして小説を書く決断に至ったのか。【前後編の後編】
亡くなった母とのつながりを求める思い
書くことへの“怯え”は女優として活躍するようになってからも続いた。
「スポーツ紙で母と1週ごとにエッセイを書いたのですが、いつもギリギリに新聞社に送っていました。母から『書いたら見せて!』と言われていたのですが、絶対にけなされると思ったので、本当は早く書き上がっていても、『まだ書いていない』と誤魔化して、(母に)見せる時間がないギリギリで送っていました」(紅葉・以下同)
そんな母は、旺盛な執筆活動を続けていた1996年、滞在中の東京・帝国ホテルで心不全により急逝した。
美紗さんの編集者から、「紅葉が女優を続けられるように、たくさん原作を書いておかなくては」と語っていたことを知らされ、母の娘を思う気持ちの深さに気づかされたという。

自身が女優をやっていなければ、母は“あんなに頑張って書かなくてもよかったのではないか”と動揺したこともあったが、母の気持ちを汲むように仕事に邁進した。一方で、母とのつながりを求める思いもあり、以前は遠ざけていた“書くこと”へ興味が向き始める。
紅葉が自分の文章をじっくりと書けるようになったのは、母が亡くなってしばらくしてからだった。
「母のことや自分の過去などをエッセイにしました。でも、面白いと思ったエピソードでもいまの倫理観に合わせると書けないこともあったんですね。母は割と奔放に生きていたので(笑い)。じゃあフィクションとして書けばいいかなと思って、『小説・山村美紗』『小説・山村紅葉』として書こうかと3、4年ほどプランを練っていたんです。でもフィクションと断っていても、名前が入っていると事実と思われてしまうし、いろいろと縛りがあるなと思案していました」
そんなときにきっかけをくれたのが、昨年大ヒットした映画『国宝』だ。
「歌舞伎の世界を描いたあの映画を見て感動しました。そして私もいろいろと見聞きしたことがあったなと思い出して、『これは書けるかも』と思ったんです。歌舞伎と置屋の2つの世界にある悩みをサスペンス仕立てにしたら……と思いつくとストーリーが一気に浮かんできて。そんなときに旧知の編集者のかたが『お母さまが亡くなった65才で書きませんか』とおっしゃってくださったから、『いまかもしれない!』と書き始めました」