
上皇ご夫妻が、国民のため、そして将来の皇室のために強いお気持ちを示されていることが明らかになった。
「上皇さまの葬儀に関して、宮内庁は、国が行う“大喪の礼”と皇室の儀式で一般の告別式にあたる“葬場殿の儀”のうち、後者の規模を縮小する方針だと各社が報じたのです。これは上皇ご夫妻のご意向を受けて宮内庁が検討を重ねているもので、陛下も了承しているといいます」(皇室ジャーナリスト)
昭和天皇の崩御の際には新宿御苑を2か月半閉鎖して大喪の礼と葬場殿の儀が行われ、合わせて1万人が参列。しかし、上皇さまの葬儀では葬場殿の儀の会場を皇居・宮殿に変更し、参列者の数は2500人程度へと大幅に削減される見込みだという。そもそも上皇ご夫妻がご自身の弔いについて“薄葬”を希望されていることはすでによく知られている。
「おふたりの葬儀が初めて大きく取り上げられたのは、上皇さまが在位されていた2012年4月。当時の宮内庁長官が、上皇ご夫妻は葬儀の小規模化を望まれているという主旨の発言をしたのです。背景には昭和天皇の葬送において、一連の儀式と陵墓の造営で総額100億円ほどの費用が発生したという事情がありました。これらを踏まえ、儀式を簡略化することで少しでも国民の負担を軽くしたいとお考えになったのです」(宮内庁関係者)
明治維新後、国家の主権者となった天皇の葬儀や陵墓は、その威光を高めるため、これまで以上に壮大なものとなっていた。
「しかし象徴のあり方を模索された上皇ご夫妻は、そうした権威をあえて遠ざけました。そんなおふたりの意向を受けて具体的な埋葬方法が検討され、翌2013年には埋葬を土葬から火葬にすること、お墓にあたる陵について、天皇陵と皇后陵を寄り添う形で造営するといった方針が打ち出されたのです」(別の宮内庁関係者)
決断できるのはおふたりだけ
実際、3年後の2016年に生前退位の意向を表明された際には、次のようにお話しされている。
《天皇の終焉に当たっては、重い殯の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります》

こうしたお気持ちは、上皇となられてからも色あせることはなかったようだ。
「退位の意向と陵・葬儀の簡素化の希望は、国民生活への影響を避けるという意味では通底しています。上皇さまは退位後も、どうすれば国民に負担をかけない形で自身の最期を迎えることができるのかと、検討を重ねていらっしゃったのでしょう」(前出・皇室ジャーナリスト)
さらに、このタイミングで表明された点にも、おふたりの深慮がうかがえるという。
「そもそも上皇ご夫妻には、こうした決断ができるのは当事者だけという思いがお強い。おふたりはご高齢ではありますが、いまだご自身の将来について考え、決断をするための気力や見識は衰えていません。
いま、きちんと道筋をつけることで、いつかくるその日に混乱を来さないようにと思案されてきた。そのうえで、皇室に関連する大きな行事や皇族方の誕生日を避けるように配慮に配慮を重ねて、ご意向が国民に伝わる時機を見計らわれたのでしょう」(前出・皇室ジャーナリスト)
※女性セブン2026年9月24日号