愛子さま、青森ご訪問は1泊2日で6市町を巡るハードスケジュール 陛下が26年前に運命的な出会いをした土偶と「初対面」へ 視察地域を両陛下と分担する「献身の姿勢」

いまから26年前、失意の中で青森県を訪問された天皇陛下が出会ったのは、3500年前から祈りを捧げ続ける土偶だった。両陛下の心を支えた“国宝”とこのたび初対面を果たされる愛子さま。ご公務に邁進されるプリンセスの胸中とは。
26年前の運命的な出会い
「被災者たちが早く日常を取り戻せますように」という願いを紡がれたプリンセス。その存在感は増すばかりだ──。天皇家の長女・愛子さまは9月25日、千葉県で開催された「第36回世界医学検査学会」の開会式にご臨席。医学検査に携わる世界中の技師らが新たな検査手法などを発表する国際会議で、スピーチを披露された。
「淡いグリーンのスーツ姿で壇上に姿を見せられた愛子さまは、会場にやわらかな笑みを向けながら堂々と役目を果たされました」(宮内庁関係者)
今夏、8月上旬に伊勢、下旬に大阪・滋賀と、宿泊を伴う公務を重ねられた愛子さまはこの秋、より遠方にお出かけになる。
「10月も2度、泊まりがけで地方公務に臨まれるほか、11月にはシンガポール訪問が控えています。愛子さまは日本赤十字社に勤務するかたわら、シンガポールに関する資料に目を通すなど着々と準備を進められている。両陛下をお支えしたいという思いが愛子さまを突き動かしているのでしょう」(前出・宮内庁関係者)
ますますご公務に邁進される愛子さま。10月12、13日には「国民スポーツ大会(以下、国スポ)」の観戦と県内のご視察のため、10日開催の開会式に出席される両陛下と入れ替わる日程で青森県を初訪問される。
「初日に軟式野球を、2日目にフェンシングをご覧になり、その前後で八戸市やむつ市などの複数の施設を訪問されます。愛子さまにとって国スポは心待ちにされていたご公務のひとつ。というのも昨年は出発の4日前に新型コロナウイルスの感染がわかり、欠席を余儀なくされました。愛子さまはそのことをとても残念に思われていて、今年こそは選手たちへエールを送ることができると意気込まれているといいます」(皇室ジャーナリスト)
青森では、26年前に陛下が運命的な出会いを果たした国宝と愛子さまの「初対面」も予定されている。
2000年1月、同県で開催された国民体育大会(現・国スポ)冬季大会の開会式に出席するため、陛下はおひとりで青森県へ。その際に訪問された八戸市博物館で展示されていたのが、後に国宝に指定される「合掌土偶」だった。高さは約20cm、体育座りのような姿勢で座り、両手を合わせて合掌する姿は、静かに祈りを捧げる人間と瓜二つだ。
「地元で出土したその土偶を前に、陛下は『何を祈っているのですか』と館長にお尋ねになり、『五穀豊穣と安産祈願です』との返答を聞くと腰をぐっとかがめ、ますます真剣な眼差しを土偶へと注がれました。土偶に対し、陛下のなみなみならぬ思い入れを感じとった当時の八戸市長は後日、土偶のレプリカを両陛下に献上しています」(前出・皇室ジャーナリスト)
「陛下はこのとき、同行することが叶わなかった雅子さまに思いをはせられていたのではないか」と語るのは、別の宮内庁関係者だ。
1999年12月、雅子さまにご懐妊の兆候が見られると報道されると、世間がにわかに色めき立った。しかしその20日後、宮内庁は「雅子さまが稽留流産と診断され、流産の手術を受けられた」と公表。一転して日本中が重苦しい雰囲気に包まれた。
「この一件は雅子さまの心身にかなりの痛みを与えました。手術から間もない時期だったため、雅子さまは青森行きを見送られていたのです。おひとりで向かわれた先で、安産を祈る土偶に出会われた陛下は、雅子さまのお体を心配されるとともに、次こそは“わが子に会いたい”という思いを土偶が祈る姿に重ね合わされたのではないでしょうか。
その後、雅子さまのご懐妊が公表されたのは翌年5月。その年の12月に愛子さまが誕生されると合掌土偶は“安産祈願の象徴”として知られるようになった」(前出・別の宮内庁関係者)
2009年に国宝に指定され、現在は八戸市の是川縄文館に収蔵されているこの土偶。実は今回、愛子さまと初対面を果たすという。
「愛子さまの日程の中に、この縄文館の視察も組み込まれています。失意の陛下の心を打った土偶のレプリカをご一家は大切にされてきました。愛子さまは地方へのご訪問の前には必ず、両陛下のご経験を詳しくお聞きになりますから、“実物”を目にすることをきっと心待ちにされているでしょう」(前出・宮内庁関係者)