
夫婦の間にたちはだかる高くて厚い「壁」――。特にコロナ禍によってさまざまな“夫婦の壁”が浮き彫りになったといいます。そのひとつが「夫婦の会話」をきっかけとしたトラブル。ちょっとした頼みごとを「やってもらうのが当たり前」だと思っている夫に、怒る妻もいるようです。新刊『夫婦の壁』で、「壁」の実態とそれを乗り越える方法について解説している、脳科学コメンテイター・人工知能(AI)研究者の黒川伊保子さんが、夫の心理と解決策を解説。同書の中から一部抜粋して紹介します。
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【相談】なにかとこき使ってくる夫の意識を変えることはできる?
「夫が在宅勤務になってからというもの、『お茶淹れて』『昼飯まだ?』と何かにつけて私をこき使うので腹が立ちます。『私はあなたの家政婦じゃない!』と文句を言うと、『お前は俺の妻なんだからそれくらい当たり前だろ』と言われました。なんでもやってもらうのが当たり前だと思っている夫の意識を変えることはできますか?」(52歳・専業主婦)
【回答】言いなりにならない&「家事の時間割表」を見せるべし
多くの男性たちは、妻が感じるほど、妻を下に見ているわけではありません。ただ、若き日の妻がいそいそとお茶を出してくれたので、それが当たり前だと思っているだけ。でも、だからこそ根が深いのです。この誤解をほどくには、まずは夫の言うことを聞かないことです。
以前、イタリア語の先生(イタリア人男性)に、「日本では夫が妻を『おーい』と呼びつけることがあって、妻にとってそれがストレスになる」と話をしたら、彼は理解不能という感じで、「イタリアではそもそも遠くから人を呼びつけない。たとえ、呼んだとしてもイタリアの女性は絶対に来ない」と首をかしげました。「お茶」と言えば、お茶を出してくれる日本の妻たちにも、彼はおおいに驚いていました。そもそもイタリアの家庭ではカフェを淹れるのは男性の役目。イタリア人女性に「Un caffè(コーヒー)」と声をかけたら、返事は「私も」か「今は要らないわ」のどちらかだとか。
いくら催促されても、家事で忙しくて聞こえなかったふりを
夫に「お茶」って言われたら、「私も~」って無邪気に言ってみるといいかもしれません。あるいは、「はーい。手が空いたらね」とやんわり返事して、自分がお茶を飲むタイミングで一緒に淹れてあげれば? いくら催促されても、家事で忙しくて聞こえなかったふりを無邪気に続ければ、さすがの夫も「自分で淹れたほうが早い」と気づくことでしょう。「お茶」の一言で、お茶が出てくるうちは、心を入れ替えることはありません。「お茶」に反応してしまう妻の側も、この件に加担しているのです。

家事を可視化してみる
夫が妻をこき使うもう1つの理由は、「主婦は暇」だと思っているからです。男性脳がとっさに使う脳神経回路は、目の前のことを綿密に見るようにはできていないのと、家事のようなマルチタスクを認知しにくいのです。このため、女性のやっていることを、たとえ目撃していても、正確に認知していないわけ。というわけで、妻の1日の時間割表を作って、夫に渡しましょう。手渡しだと果たし状みたいで穏便でないなら、冷蔵庫やリビングに貼りだしておくのも手。たとえば、
9時:洗濯機を回しながら掃除、ゴミ出し
10時:洗濯物を干したらPTAのメール返信
11時:食材の買い出し、昼食準備
夫は妻がやっていることを正確に認知していないので、家事の仕事量をなめています。さらに、家事には期限がないから、いつでも手を止められると思っています。とんでもない、家事はジャグリング(3個以上のボトルや球を空中に投げながら、落とさずに回す芸)のようなもの。料理しながら、洗濯もして、ゴミもまとめて……と、いくつものタスクをぐるぐる回しているので、うっかり手を止めてしまうと、すべてのタイミングがくるって破綻してしまう。肉が固くなり、シャツがしわくちゃになり、ゴミは水漏れを起こす……みたいにね。そのことを、夫たちは知らないのです。まずは、知らせることがうんと大事。
「こんなにやることがあるので、9時から12時まではパンパンよ。お茶? 淹れるどころか飲む暇さえないわ。申し訳ないけど」─そんなふうに言われても、確かにな、と思わせる力が、可視化にはあります。めんどくさいとは思うけれど、1週間もすれば、一通りのルーチンが見えてくるはず。そうすれば、ちょっと違ってても、過去のを使いまわせるし。ぜひ、お試しください。
自分が何をしているか、口でも伝える
私は、夫と過ごす日は、朝食のときに「今日、私は洗濯しながら、エッセイを2本書いて、そのあと、ビーフシチューの仕込みをして、新聞紙をまとめて……」と自分がやることを細かく伝えます。さらに、各フェーズの終了時にも「今、洗濯が終わった。これからシチュー作るね」と報告。
会社では「ホウ・レン・ソウ」(報告・連絡・相談)を徹底して仕込まれます。チームワークにおいて、「他人の所作をあまり見ていない男性脳」たちは、ホウレンソウなしには動けないからです。家においても、男性脳相手にホウレンソウは大切です。報告、連絡をしておくと、「妻の大活躍」を把握しているので、ちょっとした頼み事=「新聞紙がうまくまとめられないんだけど、手伝ってくれない?」にも、快く応えてくれます。

ところが、ホウレンソウなしで突然「新聞紙がうまくまとめられないんだけど、手伝ってくれない?」と頼んでも、「俺だって忙しいんだ」と返されてしまう羽目に。夫には妻の仕事を可視化して総量を理解させておき、ホウレンソウすることで理解度を高めておく。気軽に「お茶淹れて」なんて言われないための、そして、あわよくば手伝ってもらうための大事なコツです。
お互いに声をかけない時間を作る
実は、男性の側からも、「家で仕事をしていると、考え事をしている最中に、ちょっとした用事を頼まれる。仕事に集中できなくてつらい」という訴えを聞くようになりました。在宅勤務が増えた今、男女ともに大切なことは、お互いの空間と時間を確保すること。空間をわけることはもちろんですが、何時から何時は話しかけないと決めておきましょう。そうでないと、お互いのタスクに集中できません。
男性脳は考え事をするときに、空間認知の領域を使います。この領域を使うと、視線が遠くなるので、ぼんやりと宙を眺めることになる。女性からすると、ただぼーっとしているように見えるので、「あなた、宅配便、受け取りに出て」などと気軽に声をかけてしまいますが、思考が途切れて戦略がうまく組み立てられなくなってしまい、酷なのです。
互いに声をかけない時間を作ることは、男性にも女性にも大切なこと。「私もあなたの仕事を邪魔しないから、あなたも邪魔しないでね」と。それでも、声をかけてくる夫なら、夫の仕事中にわざとこき使ってみては? 仕事中に声をかけられるのが、どんなにつらいかよくわかるでしょう。それで怒る夫には、足でもくじいて家事ができないフリをしてみるとか。ときにはそんな戦略も必要かもしれませんね。
◆著者:人工知能研究者、脳科学コメンテイター・黒川伊保子

1959年長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピュータメーカーでAI開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、”世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。著書に『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)『思春期のトリセツ』(小学館)『60歳のトリセツ』(扶桑社)など多数。