
8月に上梓した新著『夫婦の壁』が話題を集めている、脳科学コメンテイターで人工知能研究者の黒川伊保子さんは、コロナ禍によって新たな夫婦の危機が訪れたと話します。その一つが、リモートワークによる「在宅問題」です。
夫婦は一緒にいる時間が長いほど仲が悪くなる
コロナ禍の3年間、夫婦ともに在宅で過ごす時間が劇的に長くなった――。このことが、なぜ夫婦の危機につながるのでしょうか。黒川さんはその理由を、「夫婦は、脳科学的に四六時中顔を合わせることに向いていない関係だからです」と、話します。
「本来、夫婦というのは会話をすることにも向いてないし、一緒にいることにも向いていない“セット”です。お互い、全く違うものを持ち寄ってお互いの生存可能性を上げるためのセットなので、体の動かし方、ものの見方、感じ方が正反対。そのため、一緒に台所にいるだけでも、イラッとするんです。お互いに相手の動線が読めず、ぶつかることも多々」
つまり、脳科学的には、できるだけ同じ空間に長く一緒にいないことが夫婦円満のカギ。にもかかわらず、一緒に過ごさざるを得ないため、コロナ禍では衝突が増えた夫婦が多かったのです。

「特につらかったのは、部屋数の少ないマンションに身を寄せ合って過ごさざるを得なかった夫婦。本来、夫婦それぞれ個室を持っていること、あるいは、距離を隔てて2つの空間を持つことが理想的なんです。特に子育て中の女性は、男性の足音にだって腹が立ちますから、相手の生活音が聞こえない程度の距離が必要でした」
「一人の空間」と「話しかけられない時間」を確保
コロナが明けても互いに在宅勤務が続いている夫婦もいるでしょう。その場合、お互いに「個の空間」だけでなく、「話しかけられない時間」も確保することが大切だと、黒川さんは強調します。
「私がいつも言っているのは、“時空を開けること”。空間だけは皆さん分けるんですよ。それぞれリモート会議もあるので、リビングは妻で、寝室は夫、など。結構皆さん工夫して、Zoomの背景は変えているけど実は風呂場でリモート会議していた、という話も聞いたことがあります。
加えて、相手に話しかけない配慮も必要です。
例えば夫は妻が視界に入ると、『お茶入れてくれ』『この麦茶飲んでもいいの?』などと絶えず声をかけてしまう。妻は妻で、トイレに行く通りすがりに、夫がリビングでくつろいでいるのを見たら、『ちょっと洗濯物取り込んでくれる?』と用事を頼んでしまう。

でも、妻は妻で、手を動かしながら脳内は家事の段取りのことでいっぱい。夫はぼーっとしているように見えて、仕事の段取りを考えているのかもしれない。そんなとき、唐突に話しかけられて用事を頼まれたら、それまで考えていたこと、やっていたことがすべてオジャンになってしまうわけです。
だからこそ、例えば午前9時にそれぞれが個の空間に入ったら、『12時までの3時間は話しかけない』と決める配慮が必要ですね。用事があればLINEで伝えればOK」
家事は縦割り方式でリーダーを決める
感性の違う夫婦は、家事のやり方まで正反対。衝突しないためには、どんな工夫が必要でしょうか。
「夫婦で家事をするなら、“縦割り方式”をおすすめします。妻はお料理担当、夫は洗濯担当、というように、縦割りでリーダーを決めるんです」
あくまでも、担当ではなくリーダーを決めることがポイント。
「リーダーは担当を振り分けられる権利があるので、リーダーが洗濯をできないときは他の誰かを指名して、洗濯をしてもらうことも可能。そしてリーダー意外の誰かが勝手に洗濯したときは、リーダーに報告をします。ちなみに我が家は夫が洗濯リーダーです」

夫婦は不安を共有することで絆を深めていく
「在宅の壁」がありながらも、コロナ禍で絆を強めた夫婦もいると言います。彼らが共通して抱えていたのは、「不安」。
「特にコロナ初期の頃は、感染や健康に関する不安を抱えた夫婦もいたでしょうし、職業によっては収入が下がり、経済不安も抱えた夫婦もいたでしょう。
人間、不安を抱えていて、その不安も強ければ強いほど連帯意識が生まれて協力し合えるもの。それが夫婦ならなおさらです。夫婦は一緒に過ごすことには向いていなくても、本来生存することには向いてる2人なので、同じ不安を共有していれば、一番支え合えるはず。中には、そういうときでも頼りにならず、『支え合えるはずなのに……』と、期待を裏切られた夫婦もいたかもしれませんが」
夫婦ともに在宅時間が長くなったら、互いに個の空間と時間を確保すること、不安を共有して解決を探ること、この2つで「壁」を乗り越えていきたい。
◆教えてくれたのは:人工知能研究者、脳科学コメンテイター・黒川伊保子さん

1959年長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピュータメーカーでAI開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、”世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。著書に『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)『思春期のトリセツ』(小学館)『60歳のトリセツ』(扶桑社)など多数。
取材・文/桜田容子 撮影/浅野剛