
安藤サクラ(37歳)さんが主演を務め、Hey! Say! JUMP・山田涼介さん(30歳)と初共演を果たした映画『BAD LANDS バッド・ランズ』が9月29日より公開中です。『検察側の罪人』(2018年)や『ヘルドッグス』(2022年)などの原田眞人監督が手がけた本作は、裏社会で生きる姉弟の姿を描き出したもの。安藤さんと山田さんのかけ合いがときに楽しく、ときにスリリングな、そんな作品に仕上がっています。本作の見どころや今回は山田さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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安藤サクラと山田涼介によるバディムービー
本作は、『破門』で第151回直木賞を受賞した作家・黒川博行さんによる『勁草』を、原田眞人監督が自らのプロデュースにより映画化したものです。

原田監督といえば『KAMIKAZE TAXI』(1995年)や『クライマーズ・ハイ』(2008年)などの代表作を持ち、『燃えよ剣』(2021年)に『ヘルドッグス』(2022年)にと、近年も精力的に大作映画を手がけ続けています。
そんな原田監督自身がプロデューサーまで務めたこの『BAD LANDS バッド・ランズ』は、原作小説を手にして以来ずっと映画化を望んでいた企画だといいます。
映画化が実現した本作は、主演に安藤さん、共演に山田さんを迎え、2人の演じる姉弟が裏社会で暗躍するバディムービーが展開する作品となっているのです。

特殊詐欺に加担する姉弟が、思いがけず億単位の金を手に……
物語の舞台は、“持たざる者”が“持つ者”から生きる糧を掠め取り、どうにか生き延びている大阪。この土地でネリ(安藤)とその弟のジョー(山田)は、特殊詐欺に加担して生活をしています。
そんなある日、2人は思いがけず大金を手にしてしまう。しかもそれは“億”を超える額です。それまでは組織の一員として金を引き出していただけのはずなのに……。警察だけでなく巨悪までもがこの姉弟に迫り、やがて2人は窮地に追い込まれていくことになるのです。
骨太な物語を支えるキャスティング
骨太な物語を支えるため、主演の安藤さんを中心に多彩なキャスティングで固められている本作。安藤さんといえば映画ファンのみならず、幅広い層のエンターテインメントファンからいまもっとも支持されている存在なのではないでしょうか。

近年の出演映画には、国内外で高い評価を得た『ある男』(2022年)や『怪物』(2023年)があり、この10月には『BAD LANDS バッド・ランズ』だけでなく、大人気ドラマの劇場版である『ゆとりですがなにか インターナショナル』も公開。
ドラマでは朝ドラ『まんぷく』(2018年-2019年/NHK総合)にてお茶の間のファンを獲得し、今年は主演を務めた『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)も大きな話題を集めました。
そんな彼女が今作で演じるネリは、いわゆるアウトローです。生きることが厳しく困難なこの世界を、彼女はどのように生き抜くのか。安藤さんの表現する、気高い1人の女性の姿に注目です。

さらに、生瀬勝久さんがネリたちの親玉を、吉原光夫さんや江口のりこさんらが警察を演じているほか、宇崎竜童さん、サリngROCKさん、天童よしみさん、大場泰正さん、淵上泰史さんらが重要人物の役として出演。骨太な展開を盛り上げます。
このような作品で安藤さんとともに物語を牽引しているのが、山田さんなのです。
『燃えよ剣』に続く原田組
山田さんが原田監督の作品に出演するのは、『燃えよ剣』に続いて二度目のこと。司馬遼太郎さんの名作を映画化したこの作品は、あの新選組の活躍を描いたものでした。
幕末の世にその名を轟かせた伝説的な集団・新選組――。山田さんが演じたのは沖田総司です。
この沖田といえば天才的な剣士として知られ、幕末を舞台とした多くの作品に重要人物として登場します。これまでにも名だたる名優たちが演じてきたキャラクター。新選組を描いた作品とあれば、彼がどのような位置づけで活躍する存在なのか、ご覧になっていないかたでも想像がつくでしょう。
『燃えよ剣』もまた、原田監督の思い入れの非常に強い作品でした。そのような作品で沖田総司役を山田さんに託したことは、彼に対して厚い信頼を寄せている証でしょう。
サイコな演技で新境地へ
そして再タッグとなった本作では、主演の安藤さんとともにその看板を背負っているわけです。演じているのは裏社会で生きるジョー。サイコパスなところのあるキャラクターです。

サイコパスとはいえ、彼は人間的な感情を失っているわけではありません。喜びを感じれば、恐れを感じもする。ただただヤンチャで、ときに取り返しのつかない、行き過ぎた言動をとってしまうだけなのです。
取り返しのつかない、後戻りができない状況に、ジョーはたびたび追い込まれます(というより、ほとんど自らを追い込んでいるというほうが正確かもしれません……)。こういった瞬間に、ジョーの内部で感情が目まぐるしく変化している状態の表現が秀逸です。歪んだ表情が覚悟を決めたように引き締まり、震えていた声もハリのあるものに。
そこでは焦燥感が恐怖感となり、恐怖感が高揚感となり、高揚感がやがて恍惚感にまで達しているように思えます。これがジョーのことを“サイコパスなところのあるキャラクター”だと感じるゆえんでしょう。
『燃えよ剣』では美しき伝説の人斬りを見事に演じきってみせた山田さんですが、今作ではダーティーな役どころでサイコパスな演技を展開。非現実的なキャラクターではありますが、その軽薄で恐ろしい性格や、後戻りできずに振り切れていくさまは非常にリアル。俳優として新境地を切り開いているように思います。
ネリとジョーの姿を見て思うこと
裏社会でもがくアウトローに焦点を当てた本作ですが、彼・彼女らはいわゆる日陰者。この物語の世界の主人公であっても、現実世界で主人公になることは難しいでしょう。いや……果たしてそうでしょうか。

私たちの生きる社会でも“闇バイト”なる存在が世間を騒がせています。そこには当然ながら、弁解の余地のない、救いの手を差し伸べる余地のない絶対悪が存在しているのでしょう。けれども望んでいないにもかかわらず、その世界でしか生きられなくなった人々も多くいると聞きます。
そこには一人ひとりが主人公の物語があるはず。もちろん、一線を超えてしまっては、後戻りをするのは難しいでしょう。ですが、そこに至らざるを得ない特別な事情があるのかもしれません。同じ社会を生きている以上、できればそういった背景にまでも目を向ける努力をしたいと、ネリとジョーの姿を見て思うのです。
◆文筆家・折田侑駿

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun