
日本で飼育されている猫の死因は、泌尿器系の疾患、腫瘍、そして循環器系の疾患が上位と言われています 。循環器疾患には心疾患や血管疾患、高血圧などが含まれますが、猫に多いのが心疾患、特に肥大型心筋症です。この病気について、獣医師の山本昌彦さんに聞きました。
心臓の壁が厚くなって血流に異常が生じる病気
猫の肥大型心筋症は、左心室の心筋が内側に向かって分厚くなり、心臓の働きが悪くなることで、血流に異常が生じる病気です。山本さんは、この病気が進行するメカニズムを次のように説明します。
「心筋が肥厚すると、左心室が狭くなって左心房からの血液を十分に受け入れられなくなり、さらに大動脈への血液の流路が狭窄すると逆流を起こします。水風船に水がたまるように心臓の中に血液がたまってうっ血性心不全という状態になり、呼吸困難や咳、胸の痛みなどを引き起こします。
さらに、たまった血液が心臓の容量を超えると、肺や心臓周囲の空間へ血液成分が漏れ出て、肺水腫や胸水貯留という状態になり、著しい呼吸困難を引き起こします。また、血流が停滞すると左心室の中で血栓ができ、それが大動脈を通って全身のどこかの血管につまってしまう可能性もあります」(山本さん・以下同)
初期には見つけにくく、進行すると重篤に
肥大型心筋症は、初期症状がほとんど現れないのが特徴だといいます。
「初期に発見できた例では、定期的な健康診断でたまたま見つかった、または最近どうも元気がないから念のために詳しく検査してみたら見つかった、というのが多いですね。病気が進行すると、呼吸の状態が悪くなったり、食欲が落ちたり、活動量が落ちたり、咳をしたり、具体的な症状が出てきます」

血栓塞栓症という合併症によって、肥大型心筋症が分かるケースも
血栓が血管につまる血栓塞栓症という合併症によって、肥大型心筋症が分かるケースもあるそうです。
「血栓は猫の場合、下半身の血管につまることが多いので、後ろ足がマヒして突然立てなくなったり、痛みのために鳴いたり暴れたりして、飼い主さんが異常に気付くことがありますね。そういうとき、その足を触ってみると冷たかったりして、血流が滞っているのが分かると思います」(同)
さらに病気が進めば、チアノーゼが出たり、失神したり、悪くすれば突然死することもある、怖い病気です。ただし、治療によって病気の進行を抑制できるケースもあり、そうした場合、病気は完治しないまま穏やかに生活して寿命をまっとうすることができます。
発症多い猫種、遺伝子検査でリスク把握を
猫の肥大型心筋症は、特定の種で発症例が多いことから、遺伝的素因が関与しているとされています。メインクーンやラグドール、アメリカンショートヘア、ノルウェージャンフォレストキャット、プリティショートヘア、スコティッシュフォールドなどで、他の猫種より多く見られます。

「これら特定の猫種では、心筋の発達に関わる遺伝子に特定の遺伝子変異があり、それがこの病気の罹患リスクを高めているとされています。発症年齢は4~5歳以上が中心です。ただ、特定の猫種以外でも、甲状腺機能亢進症や高血圧が原因となって発症することがあり、その場合は7歳以上のシニア猫の発症が多いですね」
遺伝的な要因が強いので、予防は難しいですが、早期発見に努めることは可能だそうです。
「遺伝的に高リスクの猫種を飼い始めるときには、遺伝子検査を受けて、肥大型心筋症のリスクを把握しておくといいですね。実際に遺伝的素因があることが分かったら、定期検査を頻度多めに受けつつ、ご家庭でも愛猫の様子をよく見て、何かあればすぐに動物病院を受診してください」
病院では内科治療が中心、家庭では激しい運動厳禁
肥大型心筋症を発症した場合、動物病院では投薬によって心臓の機能を補助して血流を改善したり、症状や進行を緩和したりする内科的治療を行うことになります。

「人間であれば内科治療の他に心臓移植やその他の外科手術を行うことがありますが、猫の肥大型心筋症で外科手術を施す例は少ないです。猫は体が小さく、血管が細く、血液量も少ないので、犬に比べても心臓外科手術ができるケースは非常にまれです。
左心室が拡がりやすくなるような薬を使ったり、うっ血性心不全や肺水腫、血栓、呼吸困難などにアプローチする対症療法的な治療をしたりします。血栓に対しては薬で溶かす方法のほか、外科手術で除去することもありますね。ただ、そのような治療が行える病院は限られているので、肥大型心筋症のリスクが分かった時点で、いざというとき、どの病院で診てもらうのか、決めておくことが大切です」
激しい運動を避けることが重要
愛猫の肥大型心筋症を早期発見したときや、急性期を乗り切ったとき、病院での治療に加えて、家庭での飼い方はどう変えていくべきなのでしょうか。
「やはり、激しい運動を避けることが重要です。猫はもともと犬のように散歩させたりはしないと思いますが、もし同居のペットなどがいる場合は、ケンカしたり遊んだりしてつい激しい運動をしてしまうこともあるので、生活空間を分けるなどの工夫ができるといいですね。食事は獣医師の指示に従って、塩分を制限したり、処方されたフードを与えたりすることになります」
◆教えてくれたのは:獣医師・山本昌彦さん

獣医師。アニコム先進医療研究所(本社・東京都新宿区)病院運営部長。東京農工大学獣医学科卒業(獣医内科学研究室)。動物病院、アクサ損害保険勤務を経て、現職へ従事。https://www.anicom-sompo.co.jp/
取材・文/赤坂麻実
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