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バブル期の「タガが外れたエネルギー」を全身で受け止めて…小泉今日子が「唯一無二のアイドル」だった時代、『木枯らしに抱かれて』の衝撃

20枚目のシングル『木枯らしに抱かれて』作詞・作曲はアルフィーの高見沢俊彦(1986年発売)
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デビュー40年の節目を過ぎた「花の82年組」のアイドルたち。堀ちえみ、松本伊代、早見優、石川秀美、中森明菜、シブがき隊ら、現在も第一線で活躍するタレントたちが多いなか、ライターの田中稲さんが注目するのは、女優としても長く活躍を続けるキョンキョンこと小泉今日子です。1980年代にトップアイドルとして君臨し、その後も長く歌手活動や女優業、執筆業などに邁進するキョンキョンならではの魅力を、田中さんが分析します。

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突然ですが、衣替えが間に合わなかった方、手を挙げてください──。

まさに私が今その状況である。今年はいつまで暑いな、とウカウカしていたら、急に秋が「遅くなってごめん!」とダッシュでやって来た感じ。必死でタンスの奥からコートやらセーターを引っ張り出したが、すべて無残な形に歪んでいて、クリーニングに出したり、アイロンをかけたり、もう必死である。

せめて気持ちはすぐにでも、本格的な秋に切り替えたい。ということで、小泉今日子さん、キョンキョンの『木枯らしに抱かれて』を聴いている。

ショートカット姿が話題に(写真は1985年、ph/SHOGAKUKAN)
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イントロから五感を揺さぶられる

20thシングル『木枯らしに抱かれて』の衝撃は本当にすごかった。ダララン、ダラランと切なさが行進してくるようなイントロで始まる。この時点ですでに、枯葉とか、顔にあたる冷たい風とか、ひんやりとした指先とかが五感を通してブワッと襲い来る。そこに、キョンキョンのひたひたと湿気をふくんだソフトな声が「泣かないで恋心よ」と乗るものだから、ものすごく哀しいのにやさしいというアンビバレンツ!

悶えているうちに間奏に入り、バグパイプの音で涙増量タイムに突入。再び彼女が歌い出すと、肌触りしっとりな、高級のウェットティッシュを差し出されたかのように声が心にやさしく触れ、癒される。ああ、ワンモア再生!

ちなみにこの曲は、1986年に公開された彼女の主演映画『ボクの女に手を出すな』のエンディング曲であった。当時はアイドル映画全盛期。私も斉藤由貴さんの『恋する女たち』や南野陽子さんの『はいからさんが通る』など、片っ端からウキウキ観に行った口だ。

『ボクの女に手を出すな』は、タイトル的に数人のイケメンがキョンキョンを取り合う恋愛ストーリーだろうと軽い気持ちで観に行った。ところが本格的なハードボイルドで仰天。相手役の石橋凌さんが狙撃されド派手に血を噴き出し倒れ、キョンキョンが放心状態になるシーンは、顎が外れそうになったのを覚えている。

ビックリはしたけれど、この映画の、ほとんど笑わない彼女はなんともリアルで、激しいシーンでも「ぽつん」としていた。

小泉今日子は、昔も今も、ひとりのたたずまいがとてもいい。

第13回日本歌謡大賞で「花の82年組」が勢揃い。前列左から石川秀美、堀ちえみ、小泉今日子、松本伊代、中森明菜、早見優。後列はシブがき隊の3人と尾形大作(Ph/SHOGAKUKAN)
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両極端な世界観を持つキョンキョンの「不思議な母性」

1980年代のアイドル全盛期、彼女は、バブル期のクリエイターたちの、ちょっとタガの外れたエネルギーやアイデアを小さな体で全部引き受け、最高にポップに昇華し表現していた。初のオリコン週間チャート1位を記録した『渚のはいから人魚』、『ヤマトナデシコ七変化』(いずれも1984年)などはその代表だろう。

デビュー当時(写真は1982年、Ph/SHOGAKUKAN)
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しかし、大ヒットした17thシングル『なんてったってアイドル』(1985年)について、こんなエピソードが、雑誌『MEKURU Vol.07』(2016年)に掲載されていて、読んだ当時は驚いたものだ。

〈「また大人が悪ふざけして。これを背負わされるのかよ」って思いましたけどね(笑)。「ヤだなあ」って。でも面白いし、他に歌う人がいないのもわかるよ、って〉(本人のインタビュー)

好きではなかった曲だけど、「これを歌えるのは自分くらいだろう」と客観視もしていた彼女。そうして衣装を決め、振りを決め、歌い方を決め——。

キョンキョンがじーっと時代と自分を俯瞰で眺め、アイデアを加えることで、浮かれた歌詞も、真似したくなるほどキュートでハッピーな意味を持ったのだ。

デビュー当時は聖子ちゃんカットだった(写真は1982年、Ph/SHOGAKUKAN)
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1989年、フィンガー5の名曲をカバーした『学園天国』も、一度でもカラオケで歌ったことがある人なら、「ヘイ!」の連発がいかに難しいかご存じだろう。そもそも「ヘイ」とか「ワオ!」「イエーイ!」系のシャウトは、日本人は日常的に使う文化があまりなく、ハードルが超高い。下手をすればひとりではしゃいでるみたいになるのだ。あれを明るくヤンチャに叫び、様になる。すごいなキョンキョン!

かと思えば、『夜明けのMEW』『優しい雨』、そして『木枯らしに抱かれて』といったバラードでは、驚くほどやさしくなる。

時には太陽のように眩しく、時には月のように静か。ギラギラのスポットライトを感じたかと思いきや、ふっと冷たい風の中に立つ。

両極端な世界観を持つキョンキョンだけど、どちらを聴いても思い浮かぶのは、ひとり、凛と立つ姿なのだ。

最後に、1994年にリリースされた35thシングル『やつらの足音のバラード』をおすすめしたい。1974年に放送されたアニメ『はじめ人間ギャートルズ』のエンディング曲のカバーだ。歌というより、赤ちゃんに向けて絵本を読むように、なんにもない地球に、一つずつ何かが生まれていく様子を、静かに静かに囁く感じ。とってもやさしく、安眠効果があるのでぜひ。

ひとりがほんの少しだけ寂しく感じる秋は、キョンキョンの甘く切ない声が、ちょうどよく寄り添ってくれる。

それは、「ぼっち」の心を一つずつくるんでいくような、不思議な母性。お気に入りのコートやセーターのかわりに、しばらく彼女の声に包まれよう。

◆ライター・田中稲

田中稲
ライター・田中稲さん
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1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

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