
いつの時代も多くの若者たちが憧れ、真似をしたアイドルの髪型やファッション。「聖子ちゃんカット」をはじめ、一世を風靡したヘアスタイルは数知れず……。1980〜1990年代のエンタメ事情に詳しいライターの田中稲さんが、往年のヒット曲とアイドルの髪型の思い出を語ります。
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今年ももうすぐ梅雨がやってくる──。文字面は「梅の雨」と美しいのに、現実は厄介極まりない。
洗濯物が乾かない! お出かけの足が鈍る! 鬱陶しい気圧で頭痛がする! そしてなにより、髪型がギャグになる!! ツヤコシハリが失われた髪が湿気をズォーッと吸い、前後左右に暴れ放題。「ドリフ大爆笑」の爆発の瞬間みたいなスタイルになること日常茶飯事である。
ストレートアイロンで必死に伸ばしても、梅雨はその努力を一瞬で無にする。外に出て数分でもうクルクル元通り。「諸行無常」とはまさにこのこと。
「ああー……」
ショーウィンドーに映った己の頭を見て、何度膝から崩れ落ちたことだろう。しかし今日も今日とてストレートアイロンと格闘している。諦めないわ!
対策法の一つとして「ストレートパーマ」という手もある。私が「ストレートパーマ」という施術法を初めて知ったのは松田聖子さんがきっかけだった。13thシングル『天国のキッス』(1983年)のときである。

「むっちゃカワイイやん……」
“可憐”という言葉が人間の姿を得たかのような彼女にウットリした。
松田聖子さんの髪型の遍歴は、もはや80年代の女の子の憧れの歴史そのもの。彼女がデビューから2年間通した「聖子ちゃんカット」も一世を風靡したっけ。巷の女の子はもちろん、1982年頃デビューしたアイドルも、「光る原石はもれなく聖子ちゃんカット協定」が結ばれていたのかと思うほど、ほぼほぼあの髪型であった。
しかしこの髪型、今改めて見ると、ブローが難しそうだ。
ウィキペディアによると、「前髪で眉を隠すのが印象的で、肩上5センチから肩下3センチくらいまでの長さのレイヤーカットの毛先を、サイドは外向きにブローし、バックは内側にゆるくカールさせたスタイルである」とある。複雑……! 真似したことがある方、かなり苦労されたのではなかろうか。

私は聖子ちゃんカットをすっ飛ばし、『天国のキッス』のストレートパーマに憧れた。当時中学生。ずっとおかっぱだったが、生まれてはじめて美容院で「天国のキッスの聖子ちゃんみたいなアタマにしてください」と言った! 言ってしまった! ひー思い出すだけで照れ臭い!!
しかし出来上がった髪型は単なる「段カット」。しかも思春期のハートが木っ端みじんに砕けるほど似合っておらず、帰り道で泣いた……。
ほろ苦くも懐かしい青春の一ページである。
松田聖子さんは、2021年4月1日配信のセルフカバー『青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜』で、髪型も聖子ちゃんカットにして歌唱していたが、もう全く違和感ゼロ。観ていて私まで一緒に、40年のときをスコーンと超えタイムトラベルができた。素敵だ!

斬新だったキョンキョンのベリーショート
聖子さん以外で憧れたアイドルの髪型は、中森明菜さんの『DESIRE』のパッツンボブ、斉藤由貴さんのポニーテールなどが挙げられるが、小泉今日子さんが『真っ赤な女の子』でバッサリとベリーショートにしたのは衝撃的だった。似合いすぎて!
しかも事務所を通さず、自分の判断でカットしたというではないか。エネルギーいっぱい、アイデアいっぱい、 軽やかに時代を掛けていくイメージのキョンキョンにぴったり。髪と一緒にいろんな古き体制や束縛をパツパツと切っていったようで、本当に眩しかった。

バブル期の象徴!トサカ前髪の達人・工藤静香
1980年代後半から1990年、バブル期に流行ったソバージュヘアと、トサカのような前髪も書かずにはおれない。
特に前髪の一部をクルンと後ろにカールしたまま、スプレーでシャキャーッと固めたトサカ前髪。常に向かい風が吹きっぱなしなイメージのエキサイティングなスタイルだ。
アイドルでいえば、工藤静香さんがこのヘアスタイルの達人だった。『FU-JI-TSU』や『くちびるから媚薬』のCDジャケットはホレボレする。『恋一夜』に至っては、横髪の巻きもパーフェクトである。

私は同時期、なぜか前髪をモサモサに膨らませたアルパカのような髪型をしていた。あれは何を意識していたのだろう。自分の狙いが思い出せない。流行に乗ればよかった……。
カラー上手、前髪上手。オシャレ番長な男性アイドル
もちろん髪型オシャレさんは女性アイドルだけではない。男性アイドルでいえば、やはりチェッカーズの藤井フミヤさんを一番に思い出す。真ん中の一束だけ長く前に垂らすという素晴らしいアイデア! ハンチング帽とセットで真似をした方もいらっしゃるのではなかろうか。

C-C-B のドラム、笠浩二さんのピンク色の髪も好きだった。デザイン性の高いデカメガネ、ポップな声、そしてリズム弾ける楽曲がピタリと合い、存在が丸ごとカラフル&キャッチーだった。
ああ、懐かしい。アイドルの髪型を思い出しているだけで、歌が一緒に口に出てくる。梅雨の湿気にため息をついていたが、思わずヘアアイロンをマイクに歌ってしまったではないか。
このクルクルなくせ毛も、見ようによってはアーティストチック。どうせ避けられないのなら、ネタにしようと心は決まった。「今日はクルクル具合が激しいので大雨が降りそう」とアマタツさんばりに天気予報を極めるのもいい。帽子を選んだりウィッグで変化を楽しむのもいい!
日本気象協会が発表した最新の梅雨入り予想によると、今年の九州〜東北では、平年より早く梅雨入りを迎えるようだ。
湿気は、ポジティブな妄想と憧れと思い出で強引に吹き飛ばす。そのくらいがちょうどいい。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka