
北野武監督の最新作『首』が11月23日より公開中です。北野監督がビートたけし名義で主演を務め、西島秀俊さん(52歳)や加瀬亮さん(49歳)らが共演した本作は、かの有名な「本能寺の変」を題材としたスペクタクル時代劇。豪華俳優人の妙演に彩られた、“北野ワールド”全開の作品に仕上がっています。今回は、本作の見どころや西島さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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全世界待望の北野武監督最新作はスペクタクル時代劇
本作は、お笑い芸人だけでなく、作家、歌手、俳優、映画監督など、マルチな才能を持つビートたけしさんが本名の北野武名義で手がけた映画最新作。

もはや説明は不要かもしれませんが、北野監督といえば、1989年公開の監督デビュー作『その男、凶暴につき』にはじまり、『ソナチネ』(1993年)、『キッズ・リターン』(1996年)、『HANA-BI』(1998年)などさまざまなジャンルの作品を手がけてきました。日本を代表する世界的な監督のひとりです。
前作『アウトレイジ 最終章』(2017年)から6年、全世界が待ち望んだ最新作は、なんとスペクタクル時代劇。しかも、北野監督作品らしい独特なトーンの笑いとともに、あの「本能寺の変」を描いたものです。
西島さんや加瀬さんのほか、北野映画お馴染みの俳優陣が大集結し、これまでにない時代劇を生み出しています。
権力抗争を経て、あの「本能寺の変」へ
「天下統一」を掲げ、毛利軍、武田軍、上杉軍、京都の寺社勢力と壮絶な戦いを繰り広げている織田信長(加瀬)。
そんな最中、家臣のひとりである荒木村重が謀反を起こして姿を消します。これにより羽柴秀吉(ビートたけし)や明智光秀(西島)たちは信長から村重を捜し出すよう命じられることに。

秀吉の弟・秀長や黒田官兵衛の策で捕らえられた村重は光秀に引き渡されるものの、なぜか光秀は村重を殺さずに匿います。村重を捕らえたとあれば、信長の跡目を継ぐことができるかもしれないのにです。
苛立ちを募らせる信長は、やがて思いもよらぬ方向へと疑いの目を向けはじめます。けれどもこれはすべて誰かの仕組んだ罠。

そうしてあの「本能寺の変」に向かって、権力争いが繰り広げられていくのです――。
ファン垂涎……北野映画お馴染みの俳優陣が勢揃い
先述しているように、本作には北野映画お馴染みの俳優陣が大集結しています。
北野映画といえば、そのほとんどで主演を務めているのがビートたけしさん。つまり、監督が主演を兼ねている。彼ほど監督兼主演俳優を務め続けてきた映画人は、世界中を見渡してもそうはいません。監督は映画全体のことを考えなければなりませんから。

けれども北野監督の場合は自身が主演を務めることで、演技のトーンやリズムを先頭に立ってつくり、すべての俳優にシェアしているように思います。本作もそう。北野映画ならではの特異な秀吉像を自身が立ち上げることで、作品の世界観を演出しています。

信長役を演じる加瀬亮んは、「これぞ怪演!」と呼べる演技を本作に刻みつけています。信長といえば多くの者たちに恐れられ、しばしば“鬼”などとも称される人物。加瀬さんの演技は、声の出し方も表情も迫力に満ちていて、これぞホンモノの鬼。観客の中にある信長像を新しくするに違いないでしょう。
そのほか、中村獅童さんや木村祐一さんが北野映画初参戦にして主要人物を演じ、大森南朋さんが秀吉の弟・秀長を、浅野忠信さんが黒田官兵衛役で出演。

さらに、遠藤憲一さん、勝村政信さん、寺島進さん、桐谷健太さん、六平直政さん、大竹まことさん、津田寛治さん、岸部一徳さんといった、これまでの北野映画を支えてきた面々がそれぞれに戦国の世の重要人物に扮し、物語を盛り上げています。

そんな作品の中心に立ち、歴史を大きく動かした人物・明智光秀を演じているのが、西島さんです。
西島秀俊、2度目の北野映画に
西島さんが北野映画に出演するのは、2002年公開の『Dolls』以来で2度目のこと。北野映画の多くにはバイオレンス描写やナンセンスなコメディ要素が見られるものですが、この『Dolls』はラブストーリーです。それも、非常にアート性の強いもの。
打って変わって今回の『首』は、暴力と笑いに満ちたエンターテインメント。西島さんの出演が発表された時点で、果たしてどんな役どころで、どのようなパフォーマンスを展開するのか気になっていました。それは多くの映画ファンが同じなのではないでしょうか。
いまでは地上波のテレビドラマで主演を務めて幅広い世代から支持される西島さんですが、『Dolls』の頃は立て続けに作家性の強い映画作品に出演し、“映画俳優”としての地位を築き上げていました。北野映画での暴れっぷりを楽しみにしていたのは筆者だけではないはずです。

ところがいざフタを開けてみると、本作における明智光秀はなかなかに真っ当な人物。信長に忠義を誓うがゆえに、やがて歴史に残る“裏切り行為”に出ることになるのです。
本作はある種のカルト性を帯びた時代劇のため、相対的に西島さんの演技は正統派時代劇のもののようにも映るのです。
西島秀俊が「一本の軸」に
本作では信長をトップとし、壮大で陰惨な権力争いが繰り広げられます。信長はやることなすことが振り切れていて(イカれていて)、つねに半笑いを浮かべる秀吉なども腹の底が見えない。そんな中で光秀は、武将らしい毅然とした振る舞いで、場を取り仕切っています。
それはつまり、光秀を演じる西島さんがシーンを取り仕切っているとも言い換えられる。西島さんの浮かべる渋面はまさに戦国の世に翻弄される者らしいもので、発する声は重々しく、野太く、的確にほかの武将たちや私たち観客に届きます。

信長役の加瀬さんが常人には考えられない言動を演技で示したとしても、西島さんはそれを正確に受け止め、ときには受け流し、次のシーンにつなげていく。
『アウトレイジ』シリーズは「全員悪人」というキャッチコピーがつけられていたとおり、登場人物の誰もが悪人でした。いっぽうの本作は「狂ってやがる。」と記されているとおり、誰も彼もその行動が常軌を逸しています。そんな作品だからこそ、一本の軸になるような存在がいなければならない。本作における西島さんのポジションはこれです。

西島さんが立ち上げた光秀像も、これまでのイメージを覆すものに違いありません。けれども彼のある種の正統派時代劇的な演技が、作品にまとまりと、強度を与えているように思うのです。
『Dolls』から21年。ここに俳優・西島秀俊の現在地が刻まれているのではないでしょうか。
現代の価値観で過去を再解釈してみる
本作はまったく新しい解釈で、あの「本能寺の変」を描いています。それは私たちが学んできた歴史観とは圧倒的に異なるもののはずです。
けれども実際に、かつて教科書に記載されていた情報が、(いまのところの)真の史実とは遠いものだった……ということは多々あります。そこには新発見があったりもするのですが、単純に、時代が変われば過去の出来事の解釈も変わるものでしょう。

歴史修正ではなく、現代の価値観に合わせて過去を新解釈・再解釈してみるのも面白いのではないでしょうか。いまのこの時代も狂っています。昨日までの常識が通じず、何が起きてもおかしくない。
『首』は異色のエンターテインメント大作ですが、こんな気づきを与えてもくれます。これを入口に、既成の事実にばかり囚われない生き方をしたいものです。
◆文筆家・折田侑駿さん

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun