
「初対面の人と打ち解けるのが苦手」「普通にしていても『怒ってるの?』と聞かれる」──コミュニケーションにおけるそんな悩みを持つ人は多いようです。しかし、人間関係を円滑にし、豊かにするのは個人の「話題の豊富さ」や「性格」ばかりではありません。コミュニケーションの質を向上させるための「顔の動かし方」について、表情筋研究家の間々田佳子さんの著書『伝わる顔の動かし方』(光文社)から一部抜粋、再構成して紹介します。
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「感じのいい人」は顔の動かし方が上手
そもそもの話になりますが「コミュニケーションが上手」というと、どんな人をイメージしますか?
「初対面の相手に対しても自然な笑顔で接することができる」「ハキハキと積極的に話しかけられる」「言うべきことをしっかりと言える」「打てば響くような相づちを打てる」「こちらの話を聞いてくれそうな安心感がある」「あとに引きずらない注意の仕方ができる」……といったところでしょうか。
こうした「誰にとってもウケのいい人」「感じのいい人」に共通しているのは、根っからの“陽キャ”な性格でしょうか? そうではありません。実はこれらはすべて「顔の動かし方」に関係しているのです。

しっかりと歯の見えるほがらかな微笑み、意志を感じさせる目、とっさでの的確なリアクション……いずれも、顔のもつ表現力を最大限に引き出していますよね。コミュニケーションをとるのがたくみな人は、顔を上手に使うことが、すでに身についているといえます。
全員がトレーニングで習得したわけではないでしょうから、自然にマスターできる環境で育ったのかもしれません。
両親など、周囲に明るい大人が多かったことなども影響するでしょう。でも、もしあなたがこれまで顔の使い方を知らずにきたとしても、表情筋をトレーニングすることで、そのレベルまで引き上げることが可能です。
さらには、自分の顔の使い方だけでなく、相手の表情にも敏感になる──相手の表情から内面を推し量ることができるようになるのです。表情で発信する力と、相手の気持ちを読む力、両方が養われていきます。

「コミュニケーション=笑顔」という思い込みを捨てる
コミュニケーションの第一歩として、どれだけ表情が重要かをお話ししてきました。同時に強くお伝えしたいのは、コミュニケーション上手=笑顔、ではないということ。
「笑顔は最高のコミュニケーションツール」などといった記事をよく目にしますし、社員教育の現場などでも、まずは笑顔の練習から始める企業は少なくありません。ですから、そう思ってしまうのも無理からぬことです。
私のレッスンに訪れる生徒さんのなかにも「笑顔に自信がなくて……」とおっしゃる方の、なんと多いことか。そういう方々に「無理に笑顔をつくらなくていいんですよ」と話すと、非常に驚かれます。

でも、よくよく考えてみてください。
あなたの知るコミュニケーション上手な人は、いつもニコニコしているばかりですか? 必要なときにはしっかりと自分の意見を言えたり、場をまとめたりする力をもっているのではないでしょうか。
そして、あなた自身が目指したいのも、臨機応変に対応できる人なのではないでしょうか。大切なのは、「いつも笑顔でいる」ことではなく「状況に応じていちばん的確な表情をつくれる」ことなのです。
その場その場を適当にやり過ごすのではなく、誠実に自分の思いを表情にのせること。そのために、その場にいる自分を俯瞰(ふかん)できること。笑顔はあくまで、コミュニケーション手段のひとつです。けっして最終目標ではありません。
真のコミュニケーション上手は「TPO顔」
では、目指すべきは笑顔でなく、どんな顔でしょうか? それは「TPO顔」。具体的に説明すると、時と場所に応じてセレクトされた、もっとも適切な表情のことをいいます。
私から見て、この「TPO顔」が上手だなと感じるのは、いわゆるVIPとされる人たちに多く存在します。社会的立場が高い人たちは、場に応じた的確なコミュニケーションを求められる機会が多いので、必然的に鍛えられているのでしょう。

逆にいえば、TPO顔を使いこなせる人だからこそ、社会的立場が上がっていくのかもしれません。たとえば、ある高名な政治家の演説を見ていると、支持者に無邪気な微笑みを向けたかと思えば、厳しい口調で政策を訴えかけたりと、表情の振り幅がとても大きい。
百戦錬磨の政治家ですから、そのとき、その場でもっとも人の心をつかめる表情、自分の思いを効果的に伝えられる表情を、瞬時に判断してつくっているのだと思います。よほど感情のコントロールに長(た)けているのだろうと、眺めていて感心させられます。
このようにコミュニケーションに優れた人というのは、いろいろな「顔」をもっているもの。表現の引き出しの多い人こそ、魅力的に映るのです。
そして、表情のバリエーションは、トレーニングによって増やすことができます。件(くだん)の政治家の場合、おそらく長い年月をかけてさまざまな経験を重ねた結果、このような表現力が培われたのでしょう。
しかしトレーニングにより、長い年月をかけずとも、同じように顔の表現を多彩に増やすことは可能です。いつもニコニコしている“だけ”で終わらない、さまざまな状況に応じてさまざまな表現ができる「TPO顔」を目指しましょう。
好感度に「もとの顔立ち」は関係なし
その前にはっきりさせておきたいのですが、コミュニケーションにもともとの顔立ちは関係ありません。もし「あの人は美形だから特別なんだ」と思っているのなら、ぜひこう考えてみてください。
美男美女だから感じがいいのではなく、顔の使い方が上手だから魅力的に感じられる。

私は職業柄、モデルや俳優などの芸能人をたくさん目にします。今では押しも押されぬ人気となった某女優を例に挙げれば、デビュー間もないころは表情にあまり覇気がなく、今ほどの魅力は感じられませんでした。
でも、徐々に顔の使い方を意識して身につけたのでしょう、イキイキとした笑顔やキリリとした表情を見せるようになり、その魅力はどんどん増していきました。顔の左右バランスにも多少の偏りがありましたが、それも改善されました。
顔立ちでいえば、もとから整っていて美しい人です。それがTPOに合わせて感情を表現できるようになったことで、デビュー直後とは段違いの魅力を獲得したのです。
そして同時に「親しみやすい」「友達になれそう」といった好感度をも手に入れました。
ここで重要なのは、表情を通して魅力が増したということ。逆にいえば、いくらもとの顔立ちが整っていても、その顔をうまく動かせずにいたら、最大限の魅力を発揮することはできないということです。
顔の造作を気にすることはありません。どんな顔立ちかよりも、どう顔を動かすかのほうがはるかに大事であり、効果があるといえるのですから。
◆教えてくれたのは:表情筋研究家・間々田佳子さん

ままだよしこメソッド代表取締役。顔の学校「MYメソッドアカデミー」主宰。日本に「顔のヨガ」ブームを起こした第一人者。2020年、体全体を整えながら顔を鍛える「コアフェイストレーニング(R)」を考案。顔や表情の悩みを解決に導くメソッドとして、その普及と発展に努めている。各種メディアのほか、企業の研修やイベントなど幅広く活動し、講座受講者はのべ3万人超。著書は15冊・累計55万部を突破。2023年11月、『伝わる顔の動かし方 コミュニケーションは見た目が9割』(光文社)を出版。