
綾野剛さん(41歳)が主演を務めた映画『カラオケ行こ!』が1月12日より公開中です。『オーバー・フェンス』(2016年)などの山下敦弘監督と綾野さんが初タッグを組んだ本作は、“カラオケ”をモチーフにした人情コメディ。新人からベテランまでの妙演が光る、笑って心が温まる作品に仕上がっています。今回は、本作の見どころや綾野さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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手堅い布陣でユニークな物語を描出
本作は、マンガ家・和山やまさんによる『カラオケ行こ!』を、山下敦弘監督が映画化したものです。
山下監督といえば『リンダ リンダ リンダ』(2005年)をはじめとし、数々の名作を手がけてきた監督ですが、本作で主演を務める綾野さんとの映画づくりはこれが初。綾野さんが主演した人気ドラマ『MIU404』(2020年/TBS系)の脚本家・野木亜紀子さんを迎え、手堅い布陣でユニークな物語を描き出しています。

軸となるのは、歌が上手くなりたいヤクザと、中学で合唱部の部長を務める少年の交流。ときにクスリと笑え、またあるときにはポロリと涙が落ちてしまう、そんな作品です。
合唱部の部長がヤクザに歌唱指導!?
ある日、ふと中学生たちの合唱コンクールの会場を訪れたヤクザの成田狂児(綾野)。
彼はそこで美しい歌声を持つ少年を発見します。少年の名前は、岡聡実。合唱部で部長を務める存在です。
そんな聡実に、狂児は歌唱指導を頼みます。彼が所属する組ではカラオケ大会があり、最下位の者には恐ろしい罰ゲームが待っている。だから狂児はどうにかして上達しなければならないのです。そんな彼の勝負曲はX JAPANの『紅』。
狂児の半ば強引な依頼に、聡実は仕方なく応じるかたちに。成長期特有の悩みを持つ聡実と、いつだって穏やかで優しい狂児。やがてふたりの関係は、特別なものへと変化していくのです。
超新星・齋藤潤がすごい
本作は主として、狂児と聡実の関係にフォーカスしています。これまでにも綾野さんは主演俳優として作品の看板を背負える存在だと証明してきましたが、本作の場合は彼ひとりの力でどうにかなるものではありません(もちろん、どんな作品だってそうですが)。狂児の「相方」ともいえる聡実を誰が演じるのかに勝負はかかっています。

そんな聡実という大役を演じているのが、齋藤潤さん。現在16歳の彼は、まだ俳優としての活動をスタートさせたばかりの存在です。
とはいえ、ドラマ『トリリオンゲーム』(2023年/TBS系)では目黒蓮さん(Snow Man)演じる天王寺陽の中学時代の姿を、映画『正欲』(2023年)では磯村勇斗さん演じる佐々木佳道の中学時代の姿を演じています。この事実に、彼の俳優としてのポテンシャルの高さを感じます。
本作の聡実役は、オーディションで掴んだもの。終始ローテンションな性格ながらも狂児の優しさに対して心を開いていく過程を繊細に演じ、齋藤さんからすれば大先輩である綾野さんとともに、これ以上ない狂児&聡実コンビを生み出しているのです。

そして、狂児の所属する組の組長を北村一輝さんが、聡実の所属する合唱部の顧問を芳根京子さんが演じているほか、橋本じゅんさん、やべきょうすけさん、坂井真紀さんらが脇を固め、それぞれの役どころから作品を支えています。
そんな本作の中心に立っているのが、綾野さんというわけです。
さすがは主役の器を持つ綾野剛
どんな作品にも基本的に“主役”が存在するものですが、これは純粋に演技力を称賛される人であれば務まるというものではありません。かといって、ただ知名度があるだけでももちろん務まらない。
真の意味で主役を務められる人というのは、やはりそういった器を持っているのだと思います。ですがこれは、作品を観ただけでは正直なところ分からない。現場の士気を高められるかどうかや、細やかな気配りができるかどうかなども非常に大きいはず。

個人の美学や哲学も大切だと思いますが、やはり映画づくりは集団でのクリエイション。チームにおける振る舞いも重要視されるのでしょう。
綾野さんは作品の看板を背負える存在だと先述しました。2020年以降だけに絞ってみても、ドラマでは『MIU404』や『オールドルーキー』(2022年/TBS系)など、映画では『ヤクザと家族 The Family』(2021年)や『花腐し』(2023年)などで主演を務めてきました。
刑事、セカンドキャリアを邁進する元プロサッカー選手、ヤクザ、ピンク映画の監督――参加する作品ジャンルも演じるキャラクターのタイプも非常に幅広い。さらにここに『カラオケ行こ!』で演じる狂児が加わりました。ジャンルはコメディで、役のタイプは(基本的に)温厚なヤクザ。これらの並びが、綾野さんが“主役の器”を持つ者である証になっているのではないでしょうか。
新人の演技を引き出す、抑制の効いたパフォーマンス
本作で綾野さんがヤクザを演じるというだけで、グッと期待度が上がったものです。ハードでダークな役柄は、彼の得意とするところですから。
けれども『カラオケ行こ!』の狂児はとにかく優しい。聡実に対する行動は強引ではありますが、無理強いはしない(といっても、ごく普通の中学生からすれば断ることなどできないでしょうが……)。聡実と同じ目線に立とうとする狂児を、抑制の効いたパフォーマンスで体現しています。
感情の起伏があるのは聡実のほうで、狂児はいつも微笑を浮かべています。これは撮影現場における齋藤さんと綾野さんの関係にもそのまま重なるのではないかと思います。

本作成功のカギは、狂児&聡実コンビにある。狂児の穏やかな人物像は、原作や脚本の時点で概ね決められているはずですが、綾野さんの演技はかなり意識的に声のトーンや表情を抑えている印象を受ける。それよりも、聡実役の齋藤さんがどのようなアクションを起こすのかを重視しているように感じます。
まだ新人である齋藤さんの感情的な演技は、彼のパフォーマンスを引き出し、そしてきっちりと受け止める、綾野さんの存在があってこそのものだと思うのです。見事な狂児&聡実コンビです。
繋がり合える瞬間があるならば
本作はコメディ映画ですが、聡実の悩みも、狂児の不安も、どれも切実なものです。
周囲からすれば取るに足らない問題であっても、当事者にとっては大問題だったりもするもので、認識の相違や無理解は分断を生み出してしまったりもします。これには誰だって心当たりがあるのではないでしょうか。
『カラオケ行こ!』では出会うことのなかったはずのふたりが、ひょんなことから交流を重ねていきます。そしてしだいに、この交流は特別なものへと変わっていく。
もしかするとふたりは、お互いの悩みや不安を本当の意味では理解できていないのかもしれません。住む世界が違い過ぎますから。それでも、一緒の時間を過ごしている間だけは繋がり合うことができる。
真に理解できなくても、理解してもらえなくても、安らかに繋がり合える瞬間があるのならばそれでいいのかもしれません。そして、そんな特別な存在や関係は、なんとしても守らなければならない。狂児&聡実のコンビを見ていて、そう強く思うのです。
◆文筆家・折田侑駿さん

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun