さすがは主役の器を持つ綾野剛
どんな作品にも基本的に“主役”が存在するものですが、これは純粋に演技力を称賛される人であれば務まるというものではありません。かといって、ただ知名度があるだけでももちろん務まらない。
真の意味で主役を務められる人というのは、やはりそういった器を持っているのだと思います。ですがこれは、作品を観ただけでは正直なところ分からない。現場の士気を高められるかどうかや、細やかな気配りができるかどうかなども非常に大きいはず。
個人の美学や哲学も大切だと思いますが、やはり映画づくりは集団でのクリエイション。チームにおける振る舞いも重要視されるのでしょう。
綾野さんは作品の看板を背負える存在だと先述しました。2020年以降だけに絞ってみても、ドラマでは『MIU404』や『オールドルーキー』(2022年/TBS系)など、映画では『ヤクザと家族 The Family』(2021年)や『花腐し』(2023年)などで主演を務めてきました。
刑事、セカンドキャリアを邁進する元プロサッカー選手、ヤクザ、ピンク映画の監督――参加する作品ジャンルも演じるキャラクターのタイプも非常に幅広い。さらにここに『カラオケ行こ!』で演じる狂児が加わりました。ジャンルはコメディで、役のタイプは(基本的に)温厚なヤクザ。これらの並びが、綾野さんが“主役の器”を持つ者である証になっているのではないでしょうか。
新人の演技を引き出す、抑制の効いたパフォーマンス
本作で綾野さんがヤクザを演じるというだけで、グッと期待度が上がったものです。ハードでダークな役柄は、彼の得意とするところですから。
けれども『カラオケ行こ!』の狂児はとにかく優しい。聡実に対する行動は強引ではありますが、無理強いはしない(といっても、ごく普通の中学生からすれば断ることなどできないでしょうが……)。聡実と同じ目線に立とうとする狂児を、抑制の効いたパフォーマンスで体現しています。
感情の起伏があるのは聡実のほうで、狂児はいつも微笑を浮かべています。これは撮影現場における齋藤さんと綾野さんの関係にもそのまま重なるのではないかと思います。
本作成功のカギは、狂児&聡実コンビにある。狂児の穏やかな人物像は、原作や脚本の時点で概ね決められているはずですが、綾野さんの演技はかなり意識的に声のトーンや表情を抑えている印象を受ける。それよりも、聡実役の齋藤さんがどのようなアクションを起こすのかを重視しているように感じます。
まだ新人である齋藤さんの感情的な演技は、彼のパフォーマンスを引き出し、そしてきっちりと受け止める、綾野さんの存在があってこそのものだと思うのです。見事な狂児&聡実コンビです。
繋がり合える瞬間があるならば
本作はコメディ映画ですが、聡実の悩みも、狂児の不安も、どれも切実なものです。
周囲からすれば取るに足らない問題であっても、当事者にとっては大問題だったりもするもので、認識の相違や無理解は分断を生み出してしまったりもします。これには誰だって心当たりがあるのではないでしょうか。
『カラオケ行こ!』では出会うことのなかったはずのふたりが、ひょんなことから交流を重ねていきます。そしてしだいに、この交流は特別なものへと変わっていく。
もしかするとふたりは、お互いの悩みや不安を本当の意味では理解できていないのかもしれません。住む世界が違い過ぎますから。それでも、一緒の時間を過ごしている間だけは繋がり合うことができる。
真に理解できなくても、理解してもらえなくても、安らかに繋がり合える瞬間があるのならばそれでいいのかもしれません。そして、そんな特別な存在や関係は、なんとしても守らなければならない。狂児&聡実のコンビを見ていて、そう強く思うのです。
◆文筆家・折田侑駿さん
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun