健康・医療

「食べたくないときは、食べなくていい」高齢者栄養ケアの第一人者が指南する「きっかけ食」の見つけ方と回転寿司店の活用術

食事イメージ
“長生きする食べ方”とは?(Ph/PhotoAC)
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人生100年時代に突入して、1人の人が生涯に「食べる」回数は人生50年、80年時代に比べて数万回増えました。しかし、多くの人は何をどのように食べたら健康になれるか、体内で栄養はどんなふうに使われるのか、詳しく教わる機会がほとんどありません。何をどう食べるかで身体は変わり、それが体調や脳、心などにも影響します。高齢者栄養ケアの第一人者、医学博士・川口美喜子さんが教える“長生きする食べ方”とは?『100年栄養』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けします。

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食べたくないときは、食べなくていい

食事は1日3食、朝6時、昼12時、夜18時ごろにとるのが理想的ですが、おいしく食べられないなら、臨機応変に自分の習慣をつくってもよいと思います。

ある人は、朝はどうしても食べられないが、午前10時ごろ、間食なら食べられると言い、食べるものに工夫をしておられました。

定番の間食は、お気に入りの「豆入りせんべい」2枚(約150kcal)。これは米と豆で、エネルギー源とタンパク源です。ゆでたまご1個も食べます。野菜は昼食と夕食に多めに食べています。

体調がよくて、体重の変動もなければ、問題ありません。健康志向が強く、晩年までピンシャンしておられたので、ちゃんと「自分が主治医」で考えて、1日でバランスをとっておられたのだと思います。食べたくないときには、無理して食べなくてもいいと、ある意味割りきって、「食べられるときに、少し多めに食べよう」という、ゆったりした気持ちで食事に向き合うといいと思います。

自分の「きっかけ食」をわかっておく

どうしても食欲がわかないときもありますね。体調不良なら、「食欲がない」だけか、原因を調べることが大切です。

食欲がわかないときの対処法とは(Ph/phot AC)
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一方、つらいことがあったり、環境の変化があったりして食欲がないとき、回復には「時間ぐすり」しかなくて、医療的にはどうしようもないと思う場合もあります。

しかし、そんなときにも「食べる」気持ちを取り戻すことができる食事があって、それを「きっかけ食」と呼びます。

きっかけ食は人によってみんな違います。ですから、入院患者さんの場合、私たちはおしゃべりをしながら、その人の「きっかけ食」を見つけます。

何も食べられないとき、ふと食べたいものが浮かんだり、見て、香りをかぐと食べたくなる。そんなあなたの「きっかけ食」ってどんなものでしょう? それを自分でわかっておくことは大切です。

ある人のきっかけ食は「サザエごはん」でした。私も夏には必ず食べたくなる大好物です。その人は、島根県の日御碕(ひのみさき)の出身でした。出雲日御碕灯台へ続く海岸道沿いで、サザエのつぼ焼きのお店を長く営んできた人です。

「サザエごはん」で体力と気力取り戻した例

入院が長引き、不安や寂しさから食欲がなくなり、食べられなくなってしまいました。しかし、サザエごはんを出したら、パッと目が開き、輝きました。サザエは地元の名産、彼女にとっては生活そのものだったのです。

サザエごはんを食べることができ、その後、食欲は徐々に戻りました。彼女はついに、本人と家族が望んだ、退院できる体力と気力を取り戻しました。

自分の「きっかけ食」は何か、知っておくと助けになります。家族にも話しておくといいかも。食いしん坊の私は、いくつも思い浮かびますが、やはり母親の秘伝のお赤飯でしょうか。小豆を煮るときにちょっと重曹を入れて炊く、真っ赤な色が美しいお赤飯。母を亡くして気力と食欲をなくした私の「きっかけ食」になってくれたものでした。

行きつけの「回転寿司店」をつくる

これまたある先輩から聞き、ガッテン、ガッテン、と連打したくなったエピソードです。

食欲が落ちたら、行きつけの回転寿司店に行く。

レーンを回る甘えびの寿司
食欲が落ちたら、行きつけの回転寿司店へ(Ph/PhotoAC)
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目の前に食べ物が次々出てくるのを見ていると、ふと「食べてみたい」と思い、手が伸びます。1皿食べると、もう1皿食べてみようという気になり、ガリを食べて、次はあら汁も飲もうかという気になる。お寿司だけではなく、デザートも回っていますね。

また、何人かで行っても、自分のペースで食べられることもいいものです。人とペースが同じでなくても気になりませんから、食欲があまりなくゆっくり食べていても、周囲に心配されすぎることはありません。

もちろん、回転寿司でなくても、お気に入りのレストランやお蕎麦屋さんが1、2軒あると、行きさえすれば食べたいものが見つかることがあります。食欲がないとき、「デパートのお惣菜売り場に行って、自分ではつくらないしゃれたお惣菜をちょっと買う」と言った人もいました。

健啖家の先輩の「食欲低下」への楽しい対策。ぜひ取り入れてみてください。

口にするものの「パッケージの裏」を必ず見る

みなさんは食品のパッケージの裏などについている原材料表示や栄養成分表示を見ますか? 長生きする食べ方は、これらの表示に鋭く目を光らせることです。

スーパーで棚を眺めている人
食品の「パッケージの裏」は必ず見るようにしたい(Ph/photoAC)
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たとえば「どらやき」なら、原材料表示のトップに「砂糖・小麦粉」とあるものは控えます。ここは「つぶあん」「小豆」などと表示されているものを選ぶのです。

というのも、多く使われているものから順に表記してあります。小豆ではなく砂糖と小麦粉ばっかりのものは安いけれど、それを2個食べるより、高くてもおいしい、本物の小豆がぎっしり入った1個を食べたい。私はそう思いますが、それは、体にもいい選択と言えます。

こまめな間食はおすすめ

高齢期の低栄養を防ぐためには、おやつやデザートは食事を補う間食として、ぜひ召し上がっていただきたいもの。そのときは「本当においしいもの」にこだわるのが◎です。

食事量がとれないときには、こまめに間食を口にしてください。在宅療養をしている人の栄養状態を調べたとき、3食に加え、お楽しみの間食を食べる習慣のある人のほうが、3食だけの人より栄養状態が良好という結果が出ています。

砂糖ばかりとりすぎにならないように、バナナ、焼き芋、干し芋、ドライフルーツ、ナッツ、温泉たまご、魚肉ソーセージ、チーズ、ヨーグルト、小袋シリアル、グラノーラ、栄養補助スナック(ドラッグストアで売っています)なども間食に役立てましょう。生のフルーツを一口大にして冷凍しておくのもいいでしょう。

食べるも、振る舞うも楽しい「行事食」

お正月のおせち料理やお雑煮、節分の恵方巻き、ひな祭りのちらし寿司、端午の節句のちまき、七夕のそうめん……など、昔ながらの「行事食」を食べる習慣も、健全な食欲喚起につながります。

おせちや鏡餅が並んだテーブル
昔ながらの「行事食」を食べる習慣も、健全な食欲喚起につながる(Ph/イメージマート)
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たとえば、お彼岸なら、当日に食事会などがあれば、おはぎを振る舞ってしまいます。ご参加いただく方も、たんまりおはぎをつくって、もってきてくれる人もいます。

そうなると、おはぎ2倍! 60代なのに「あなたはまだ若いからいっぱい食べなさい」などと言われて、お腹いっぱいになります。
でも、おはぎなども人がつくったものは微妙に風味が違って、別のおいしさ。うれしいやりとりです。

こうした行事食は、食欲がないときにも役立つことがあります。子どものころに食べた思い出がある料理などは、「ちょっと食べてみようか」と食指が動きやすいのです。

・「あっさり」がいいとは限らない

また、土用でなくても「うなぎ」は精がつく食べ物というイメージがあって、香りがよくて、食欲が低下している人にも人気が高いメニューです。

食べたくても食べられないでつらそうな人に対して、ついあっさりしたものがいいかと気を遣いますが、逆に「元気になるイメージ」の料理が食べやすいこともあります。

山芋、にんにく、たまご、肉、アボカドなど、一般的に「精がつく」と言われるものをちょっと出して、感想を聞きます。出した品はNGでも、食べ物のことを考えるきっかけになって、食べられそうなものが浮かぶことがあります。過去には、がん闘病中の方に、抗がん剤の合間に何が食べたいか聞くと、「こってりした手羽先」と答えてくれたこともありました。病人にはあっさりしたものを、とは限らないということでしょう。

ただし無理強いはさらに食欲を減退させてしまうことがあるので、さりげなく希望を聞くことができたらいいですね。

食事日記をつける

どこで何を食べたか。覚えていますか? 日々の食事の記録をすることで「おいしかったもの」や「食べたいもの」に意識を向けることができます。

食べたものが体をつくる。これは間違いのないことですから、何を食べたか、振り返ることができるのは大切なことです。合わせて、体調も書き添えることができるといいですね。「今日は便秘で食欲が出ない」「気分よく、楽しく食べられた」「疲れて食欲が出ない」など、書き残しておけば、記憶に頼らずに、日々の変化を記録できます。

記録を続けるうちに、胃がムカムカすると思ったら、数日間コーヒーをいつもの倍飲んでいた。だるいのは今週、休肝日をつくり忘れたからだ……といったことがわかるでしょう。

食と体調の関係は、自分にしかわからないことです。食事日記をつけておくと、わかりやすいですね。

◆教えてくれたのは:医学博士、大妻女子大学家政学部教授、管理栄養士・川口美喜子さん

川口美喜子さん(撮影/吉濱篤志)
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専門は「病態栄養学」「がん病態栄養」「スポーツ栄養」。島根大学医学部附属病院で栄養管理室長を務め、NST(栄養サポートチーム)を立ち上げるなど、“食事をとおした治療”に積極的に参加。現在は、大学で後進を育てながら、地域医療のパイオニアである「暮らしの保健室」(東京都新宿区・江戸川区)や、がん患者とその家族が訪れるマギーズ東京(東京・豊洲)などにて、栄養指導、栄養ケアを行う。病気や日々の暮らしに問題を抱える多くの人のために、卓越した栄養学の知識を具体的な食事に落とし込んで支援している。著書に『老後と介護を劇的に変える食事術』(晶文社)など。

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