
がんは早期発見・早期治療が重要だが、むやみやたらに検診を受ければ新たなリスクを生む。かといって、「まだ大丈夫」と思って先延ばしにするのも問題だ。女性がなりやすい「がんトップ5」の検診を中心に、いま命を守るために知っておくべき最新情報と時代遅れの知識を明らかにする。
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日本人の2人に1人が一度はがんに
膵がんのため、76才で死去―5月28日、お笑い芸人の今くるよさんの訃報が伝えられた。相方の今いくよさんが胃がんでこの世を去ったのは9年前。日本人の死因として最も割合が高い「国民病」だが、果たして私たちはどれほど危機感を持っているだろうか。
「日本人の2人に1人が一生に一度はがんになりますが、検診の受診率は3~4割と低い。これは先進国において最低の数値です。検診で早期発見していれば亡くならなかった人や、より負担の軽い治療ですんだ人は多いと考えられます」
そう話すのは、きくち総合診療クリニック院長で総合診療医の菊池大和さんだ。
実際、がんの早期発見などの研究を行うCraifが全国のがん経験者700人を対象に行ったアンケート(5月発表)でも、がんが判明する前のがん検診受診の頻度を尋ねたところ、「定期的に受診していた」のは46.7%だった。

受診率の低さとがんによる死亡率の上昇の相関関係が示唆される一方、やみくもな受診によるデメリットを懸念する声もある。国立がん研究センターがん対策情報センター本部副本部長の若尾文彦さんが言う。
「検査の内容や頻度によっては不要な精密検査や手術など『過剰医療』につながるリスクなどが生じる恐れもある。がんを正確に判定する高い精度があることや、受けることで死亡リスクが確実に減少することなどのメリットが、検査による偶発症や見落とし、過剰医療の可能性などのデメリットを上回る有効な検診だけを受けてほしい」
検査には一長一短あり、情報は常に変化している。改めて知識をアップデートしよう。
「マンモ過剰医療」はもはや時代遅れ?
女性のがん罹患率1位は乳がんで、年間で約10万人が新たに罹患する計算になる。厚生労働省の指針では、40才以上を対象に、2年に1回のマンモグラフィー検査(乳房X線検査、以下マンモ)が示されている。
だが都内在住の会社員Aさん(56才)は「ほとんど受けていない」と話す。
「先日、自治体から案内が届いたけれど面倒なうえに痛いし恥ずかしい。胸にしこりがあるなどの自覚症状もないですし、かかりつけの婦人科で超音波検査を時々やってもらっても『異常なし』なので、このままでいいかなと思っています」
しかし常磐病院乳腺外科医の尾崎章彦さんは、「超音波よりもマンモを優先してほしい」と警鐘を鳴らす。
「そもそも検診には自治体がグループ全体の死亡率を下げるために実施する『対策型』と、個人が自分の死亡率を下げるために人間ドックなどで受ける『任意型』がある。対策型のメニューはより有効性が明確なものが選択され、乳がんの対策型検診で実施されるのはマンモだけです。そのため、まずはマンモを受けてほしい」(尾崎さん)

がん検診の知識をアップデートしよう(Ph/PIXTA)
医療経済ジャーナリストの室井一辰さんもマンモの重要性をこう話す。
「今年3月、医学紙『メディカルトリビューン』に40~79才の間に年1回のマンモを受けた人は、乳がんによる死亡リスクが40%下がるという論文が掲載されました。これまでアメリカではマンモは過剰医療のリスクが高いとして50代以下にはあまり推奨されていませんでしたが、最新のデータに基づいて最近は“若いうちから頻繁に受けた方がいい”という意見が出ている」
一方、超音波検査は絶対ではないと専門家は声をそろえる。
「放射線被ばくなど、検査に伴うデメリットはない。ただし、超音波検査で死亡率が下がるというデータもありません。また、一律で決まった方向からレントゲン撮影するマンモと違い、検査を行う人の技術で差が生じるため、見落としも懸念されます」(若尾さん)
尾崎さんも言い添える。
「マンモで見つけにくい高濃度乳腺(デンスブレスト)の人は超音波が適しているといわれますが、感度がよすぎるのもデメリットです。がんではない良性の腫瘍が見つかり、生検を実施したり、経過観察のために定期的に病院に行く負担が生じる可能性も覚えておいてほしい」
最新の知見ではマンモが第一選択になることは間違いないが、検診時の体への負担ゆえに二の足を踏んでいる人も多いだろう。新潟大学名誉教授の岡田正彦さんによると最近、「無痛MRI乳がん検診」が増えているという。
「横になっているだけで検査が終わるうえ、乳房も圧迫されない。また、放射線を使わないので検査そのものによる害もありません。保険適用外のため費用はかかりますが、痛いのは絶対に嫌だという人にはいいです」(岡田さん)
テクノロジーが発展する一方、乳がんの視診・触診は、昨年6月から廃止されている。自宅での自己触診も推奨されていない。
「近年はしこりを探す自己触診ではなく、日頃から乳房を見て触って状態に関心を持つ『ブレスト・アウェアネス(乳房を意識する生活習慣)』が大事だという流れになっている。変化を感じたらすぐ医師に相談してください」(若尾さん)

遺伝子検査で乳がんのリスクがわかることも
2013年、女優のアンジェリーナ・ジョリーが遺伝性乳がんの検査をして、乳房の予防的切除を行ったことも発表すると大きな話題となった。一般人には現実味のない話だったが10年以上経ったいま、臨床現場では遺伝子検査が広がっている。
「がんの発症に関する遺伝子研究は日進月歩で、特に乳がんの場合は、『BRCA』と呼ばれる遺伝子に病的な変異があることや、罹患者の約1割は遺伝が原因で発症することなどが明らかになっている。
そのため遺伝子検査により病的変異が確認された場合、より精度の高い検診を頻繁に受けたり、乳房や卵巣の切除を行ったりするなどの予防策を取るかたも増えています。実際、私の病院でも、若年者や家族に乳がん患者がいるかたなどを対象に、これまでに約100人が遺伝子検査を受けています」(尾崎さん)
遺伝性乳がんの原因となる遺伝子を調べる検査は自費で約20万円。保険適用になるのはすでに乳がんに罹患した人で、45才以下、または第3度の近親者以内にも罹患者がいるなど条件が限られている。不安があれば自費で受けるのもひとつの選択だが、決断は慎重に行うべきだと若尾さんは話す。
「検査を受けた後、遺伝子異常が判明したときにどうするかを考えておくことも大切です。自分だけの問題ではなく、例えば娘がいる場合はその結果を伝えるかどうかという話になる。繊細な問題なので相談できる専門カウンセラーが必要ですが、数が足りていないのが現状です」(若尾さん)
健診の結果で不安になりすぎない
乳がんに次いで女性の罹患率が高い大腸がんは、死亡原因ではトップ。だからこそ早期発見・早期治療が求められるが、女性の大腸がん検診の受診率は男性に比べて低い。尾崎さんは、「40才からは毎年、便潜血検査を受けてほしい」とアドバイスする。
「大腸がんは乳がんと同じく、予防が難しい一方で、検診による早期発見が可能ながんのひとつ。便潜血検査は手軽ですし、体への負担もないので高齢になっても毎年受けるべきです」

肝心なのは、便潜血検査で陽性が出た場合、速やかに精密検査を受けること。
菊池さんが言う。
「“おっくうだから”“恥ずかしい”と尻込みしてそのままにする人は少なくありませんが、がん検診の目的は早期発見。陽性だとわかったら内視鏡検査を必ず受けてほしい。問題がなければ安心できるし、初期の大腸がんなら、体へのダメージが少ない内視鏡手術も可能です」
警戒心をもって病院に足を運ぶことは重要な一方、若尾さんは「検診の結果を見て、不安になりすぎるのもよくない」と話す。
「要精密検査という結果が出ても、実際にがんである可能性は低い。例えば大腸がん検診の受診者1万人のうち、精密検査が必要になるのは約800人。そのうち実際にがんが見つかるのは約20人しかいません。ほとんどの人は、実際にがんではないのに陽性と診断された『偽陽性』です。怖がりすぎず、安心するためにも早急に精密検査を受けてほしい」(若尾さん)
偽陽性の割合が多すぎるように思うが、「これでも昔に比べて精度は上がっている」と岡田さんは言う。
「昔は、食べた生魚の血液が混ざっただけで陽性になることもありました。しかし、いまは陽性であれば、がんでなかったとしても腸内で出血があったことは間違いありません」
便潜血検査で陽性がわかれば、結局は内視鏡検査を受けることになるため、最初から人間ドックで大腸内視鏡検査を受けるのも手だ。
「一度受診して何も異常がなければ次回は5~10年後で大丈夫。基本的に大腸内視鏡検査は下血や便が細い、お腹が張る、体重減少など大腸がんを疑う症状があったときに受けるものでした。ただ、現在は症状がない場合に大腸内視鏡検査を受けることも一般的になりつつあります」(尾崎さん)

胸部X線検査は中止すべき?
女性の社会進出とともに罹患者が増加している肺がん。検診として推奨されているのは年1回の胸部X線検査だが、専門家たちの評価は厳しい。岡田さんは「受けても意味がないどころか、デメリットが大きすぎる」と一刀両断する。
「もともと胸部X線検査は結核を調べるために行われていたもので、肺がん検診には適さず、古い検診メニューが形骸化して残っているに過ぎない。もちろん、肺炎などの診断に必要な検査ですが、がん検診としては中止すべきです。加えて胸部X線は真正面からX線を浴びるので、放射線の害を直接的に受けやすい。
被ばくによる肺がんや胃がんの罹患リスクも懸念され、検診を受けた人は受けていない人より死亡率が高いというデータすらあります」(岡田さん・以下同)

何より問題は、検査に伴うリスクがありながら、受けざるを得ない状況が作り出されていることだ。
「労働安全衛生法で労働者は年に1回の胸部X線検査が義務付けられており(省略規定あり)、会社員なら受けないという選択肢はない。喫煙者が減っても日本人の肺がん罹患者は減らないといわれますが、過剰な検査による被ばくこそ最大の原因だと考えています」
尾崎さんは背景にある“利権”の存在を指摘する。
「胸部X線は、集団検診を実施するために全国をレントゲンを積んだ検診カーが走っていた昭和の時代から、検査をすることで利益を生んできた歴史があるため、簡単になくすことができない事情があります」
では、安全かつ的確に肺がんを調べるにはどんな検査が最適なのか。
「エビデンスが確立しているのは低線量CT検査。世界的には、血縁者に肺がん罹患者がいる人や喫煙者などリスクが高い人は、低線量CT検査が推奨されています」(尾崎さん)
ただし、CTにもデメリットはある。
「レントゲンよりCTのように精密検査になるほど、見落としを防げて早期発見につながる一方で、見つけなくてもいい変化を見つけるリスクもあります」(岡田さん)

バリウム検査は被ばく線量が大きい
女性の罹患者数4位の胃がんは、50才以上に対して2年に1回のバリウム検査、または内視鏡検査が推奨されている。だが岡田さんは、「バリウムはデメリットだらけ」だと指摘する。
「造影剤のバリウムをのみ、長時間にわたってX線を受けるので、放射線被ばく線量が大きいのがいちばんの問題です。
胸部X線1枚の被ばく線量は0.1ミリシーベルトですが、胃のバリウムは最大で100ミリシーベルトにもなる。これは胸部X線の1000倍近い数値です」(岡田さん)
バリウムが腸に停滞することで、腸に穴が開く「大腸穿孔」や腸閉塞になるリスクもある。
「まれに大腸穿孔が原因で人工肛門になることがあります。バリウム検査には、胃がんの死亡率を減少させるというデータはあるが、かなり古い調査です。
また、現在は内視鏡も普及しており、今後も内視鏡がより推奨されるでしょう」(尾崎さん)
室井さんも声をそろえる。
「とりわけ早期の胃がんはバリウムで見つけづらい。受けるなら内視鏡の方が効果的です。また、喉や食道のがん、静脈瘤や肝硬変があった場合、内視鏡検査によって一気に見つけることも可能です」
加えてバリウムで異常が見つかると、精密検査で内視鏡検査を受けることになる。バリウムを選ぶのはリスクがあるうえ“二度手間”でしかないのだ。

「内視鏡は苦しいというイメージを持っている人が多いですが、機材の進歩により検査に伴う苦痛は軽減されています。しかも、その場で生検に切り替えられるというメリットもあるので、どうせ受けるなら2~3年に1回の内視鏡検査を推奨します。ピロリ菌の感染有無も調べて、陽性なら除菌した方がいい。胃がんの主な原因はピロリ菌で、胃がん罹患者の9割は感染しています」(菊池さん)
尾崎さんもピロリ菌の感染有無を調べる重要性をこう話す。
「50~60代以上の人はピロリ菌に感染している人が多いですが、感染がなく、内視鏡検査で萎縮性胃炎がない人は胃がんにはかかりづらいと思って大丈夫。その場合、医師と相談して、内視鏡検査を受ける間隔を延ばすことも可能です」
新たに導入されたHPV検査単独法
子宮頸がんの主な原因はHPV(ヒトパピローマウイルス)の感染だと考えられており、HPV自体は約8割の人が一生に一度は感染する。多くは自然にウイルスが排除されるが一部の人は持続感染し、数年~数十年かけてがんになる。
初期の状態では自覚症状が少なく、見つかるのが遅くなる特徴があるゆえ、検診をこまめに受けることが肝要になるが、受診するのがつらいという声も多い。埼玉県在住の主婦Bさん(34才)もそのひとり。
「検査を受けるときに足を開いていすに座りますよね。あの体勢がまずイヤですし、何とも言えない不快感がある。がん家系ではないし、年齢的にもまだいいかなと思って、どうしても間隔をあけてしまいます」
だが室井さんは、若い女性ほど受けるべきだと話す。
「昔は40~50代に多かったですが、発症のピークが20~30代と低下している。基本的に20才以上は2年に1回の細胞診が推奨されています」(室井さん)
ストレスを伴う検査だが、若いうちから頻繁に受けることがいちばんの予防になるというのが現状なのだ。しかし医学の進歩によって、その負担が軽減される可能性が出てきている。4月に厚労省が30代以上の女性を対象に、「HPV検査単独法」を新たに導入可能としたことで、5年に1回の検査になるかもしれない。若尾さんが解説する。
「まず、採取した細胞でHPVの感染を調べて、陰性の人は5年後の検診となります。陽性の場合は、これまでの子宮頸がん検診と同様に細胞診をします。細胞に異常がなくても、陽性の人は翌年もHPV検査を受けます。何よりのメリットは、HPVが陰性なら5年に1回の検診ですむこと。ただし流れが複雑なので、まだほとんどの自治体(市区町村)に導入されていない。いずれは検診方法を選択できる予定です」
症状がある場合に受けるべき子宮体がんや卵巣がん検診
一方、同じく婦人科系のがんである子宮体がんや卵巣がん検診は、症状がなければ受けない方がいい。
「特に卵巣がんは超音波やCT、MRIでも発見が難しく、偽陽性になる確率も高い。検査によって早期発見できた、死亡率が低下したというデータがないうえ、結果的に偽陽性でも『陽性』と出てしまった以上は精密検査が必要になり、精神的、肉体的に健康を害する恐れがあります」(室井さん)

受けるべき検診と同じか、それ以上に重要なのはどこで受けるかということ。とりわけさまざまな検診オプションが並ぶ人間ドックではメニューの取捨選択が重要になる。
「受けるなら国立がん研究センターが作成した『有効性評価に基づくがん検診ガイドライン』に人間ドックなどの任意型検診で、適切な説明を受けたうえで実施できるとされているものから検討するべきです。大腸がんの内視鏡検査、乳がんの超音波検査など、5大検診をより詳しく調べ補完するものとなります。
結局信頼できるのは知り合いの医療関係者
反対に、慎重に考えてほしいのは、甲状腺がんを調べる頸部エコー。進行が遅いので、見つけてもがんが進行する前に別の原因や寿命で亡くなる可能性が高く、過剰医療につながります」(若尾さん)
尾崎さんが警鐘を鳴らすのはPET検査だ。
「早期の病気を見つけるのが得意ではない検査。がん検診の目的は早期発見なので向いていません」
菊池さんは、ムダな検査として腫瘍マーカー検査を挙げる。
「採血で特定の物質の値を調べるだけで、さまざまながんのリスクを調べられると人気ですが、もともとはがん患者が治療効果を確認するためのもの。がんを見つけ出すための検診としては適していません」

民間企業が行うような簡易検査の中には信頼性が乏しいものも少なくない。
「特に“血液一滴、尿一滴でわかる”ものはお手軽ですが、従来の検査方法に比べて信頼度は劣る。問題がないからと安心して、がん検診を怠る危険があります」(室井さん)
いざがん検診や人間ドックを受けるなら、どんな施設を選べばいいのか。尾崎さんは「知り合いの医療関係者に教えてもらうのがベスト」とアドバイスする。
「医療関係者なら責任をもって、いい施設を教えてくれる。周囲に信頼できる人がいれば、ぜひおすすめを尋ねてみてください」
ツテがなければ、インターネットの情報を頼りに施設を選ぼう。
「日本総合健診医学会で『優良認定施設』と認定されている施設や、日本人間ドック・予防医療学会で機能評価認定施設になっている施設を選ぶといい。規模の大小は関係ありません。日本人間ドック・予防医療学会では、施設の評価も公開されているので参考になります。マンモの読影医や内視鏡の専門医の数などをチェックするのもおすすめです」(若尾さん)
検診を正しく受けて、健康につなげよう。
◆教えてくれたのは
・きくち総合診療クリニック院長、総合診療医・菊池大和さん
・国立がん研究センターがん対策情報センター本部副本部長・若尾文彦さん
・常磐病院乳腺外科医・尾崎章彦さん
・医療経済ジャーナリスト・室井一辰さん
・新潟大学名誉教授・岡田正彦さん
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