小型犬に多い急性すい炎。愛犬が急に嘔吐や下痢をしたりして元気がなくなるという、飼い主さんにとってはとても心配な事態を引き起こす。病気の原因はどこにあり、飼い主さんはどう予防できるのか。獣医師の内山莉音さんに教えてもらった。
腹痛や嘔吐、急性すい炎の症状を見つけたらすぐ病院へ
愛犬が前足をぐっと伸ばし、お尻を高く上げて“伸び”のような“祈り”のようなポーズを取っているけど、どうもリラックスしているようには見えず、明らかに元気がない――。こんなとき、その犬は、ひょっとするとお腹が痛いのかもしれない。犬は言葉を話さないので、腹痛の症状は分かりにくいことも。ちょっとしたサインを見落とさないようにしたいものだ。
腹痛が起きる犬の病気は多々あるが、すい炎もその一つ。病状によってはかなりの激痛を引き起こす。内山さんはこの病気を次のように説明する。
「すい臓は胃腸の近くにあって、消化酵素を含むすい液を作り出して十二指腸へ分泌し、食べた物の消化吸収を助けます。この消化酵素が、本来は十二指腸で活性化するはずなのに、すい臓で活性化してしまい、すい臓自体を分解しにかかって 炎症が起きるのがすい炎です」(内山さん・以下同)
すい炎には急性と慢性があり、強い炎症が急激に起こるのが急性、弱い炎症が長く続くのが慢性だ。急性すい炎の場合、激しい腹痛のほか、下痢、嘔吐、食べ物を食べられなくなる、元気がなくなる、といった症状が見られる。
「腹痛には気づきにくくても、他の症状はかなり分かりやすいと思うので、様子が変だと思ったらすぐに動物病院へ連れて行ってあげてください。放っておくと重症化して、腹膜炎などの合併症が現れ、多臓器不全で亡くなってしまうこともあります」
人間の食べ物を食べたときに発症しやすい
人間の急性すい炎はアルコールや胆石が原因のことが多いが、犬の急性すい炎は発症の原因がはっきりとは分かっていない。ただ、発症リスクを高める因子に、肥満や高脂血症、ホルモンの病気(クッシング症候群や甲状腺機能低下症)などがあるという。
「高脂血症ですい臓への血流が乏しくなった場合や、脂質の多い食べ物を急にたくさん食べてすい臓に負担をかけた場合、尖ったものを飲み込んで内臓が傷ついた場合などに発症すると考えられています。私の実感としては、唐揚げやアイスクリームなど、人間が食べる脂肪分の高い食べ物を犬が食べてしまって発症するケースが多いですね」
この病気は特に小型犬、中高齢で発症リスクが高いのだそう。また、遺伝的に高脂血症になりやすいミニチュア・シュナウザー、シェットランド・シープドッグは、すい炎にも比較的かかりやすいという統計がある。
治療は内科的な対症療法が中心、入院が必要な場合も
動物病院では、まず検査をして病気を特定する。すい炎の場合は腸閉塞や胃腸炎と症状が似ているので、血液検査と画像診断を組み合わせ、総合的に判断することになる。
「すい炎と診断されれば、治療としては注射で症状を緩和することになります。ステロイド剤などを使って、腹痛や吐き気などを抑えます。場合によっては、点滴をして嘔吐や下痢による脱水を補います。嘔吐が続いていて口から食事を取るのが難しい場合には、外科的に経腸栄養チューブを設置して、すい臓には刺激を与えずに栄養を摂取できるようにすることもありますね」
病状や病態によって、数日間の入院が必要になる場合も。すい炎は、犬が入院する原因としてはかなり上位に位置している。
人の食べ物を犬に与えないのが一番
飼い主さんが取れる一番のすい炎予防策は、「人間の食べる物を、原則、犬には与えないこと」だと内山さんは言う。
「少しぐらいなら身体にそこまで深刻な影響は出ないはずと思われるかもしれませんが、怖いのは、飼い主さんたちが食べる物を犬が“自分も食べられるものだ、美味しいものだ”と思ってしまうことなんです。そうなると、犬が飼い主さんの目を盗んでテーブルの上にあるものを大量に食べてしまうといった事故が起きやすくなってしまいます。最初から、犬の食べ物は犬の食べ物、人間の食べ物は人間の食べ物と線を引いたほうが、間違いは起きにくいです」
ひと昔前は、飼い主さん家族の食事の残り物を犬に与えることは珍しくない光景で、今もそうした習慣を続けている人がいるかもしれない。しかし、やはり人間と犬は別種の動物で、体格も体質も異なるので、分けて考えたいところだ。
「例えば、犬のおやつがわりにパンを少しちぎってあげていたら、ある時から血液検査の結果(中性脂肪やコレステロールなどの項目)が悪くなってしまって、獣医師の指摘でパンをあげるのをやめてみたら数値が正常の範囲に戻った、というような未病の例もたくさんあります。人間には普通の食事も、犬には病気の元になってしまうんですよね」
ファミリーで犬を飼っている場合は、子供が悪気なく自分の食べている物を犬に分け与えたり、日中は働きに出ている大人が帰宅して犬との時間を楽しく過ごしたくてつい夕飯のおかずを与えたりするかもしれない。家庭でしっかりルール作りをする必要がありそうだ。
「人間にとっておいしいものを、考えなしに犬に食べさせるよりも、犬の健康を思って、犬が食べる物を選んであげることが犬への愛情ではないでしょうか。食事は犬の体格や年齢に応じた栄養バランス、量を意識しましょう。愛犬が病気になる可能性を、できるだけ下げてあげてください」
◆教えてくれたのは:獣医師・内山莉音さん
獣医師。日本獣医生命科学大学卒業(獣医内科学研究室)。動物病院を経て、アニコム損害保険(株)に勤務。現在もアニコムグループの動物病院で臨床に携わる。
取材・文/赤坂麻実