女性は男性よりも6年ほど平均寿命が長いため、女性の方が伴侶との永遠の別れを経験する確率が高い。思いもよらない病や事故で天寿を迎えてしまったら、別れを受け入れることすら時間を要する。漫画家・倉田真由美さん(53才)は、愛する夫の死から約半年経ったいまも「毎日泣いている」という。
“まだ死なないんじゃないか”と期待を込めていた矢先に亡くなった
「悪ければ半年、長くて1年です」
2022年6月、倉田さんの夫で、映画プロデューサーの叶井俊太郎さん(享年56)はすい臓がんを告知された。
予後が悪く、ほぼ助からないがんであるとの説明を受け、覚悟を決めて夫婦で1日1日を大切に生きようと誓ったが、別れは唐突にやってきた。
「夫は毎日、普通に会社に行っており、本当に体調が悪くなったのは亡くなる1か月半くらい前でした。
それまで元気だったから、“まだ死なないんじゃないか”と期待を込めていた矢先に亡くなりました。徐々に寝たきりになって、おむつの介助とかが必要になってから旅立つのだろうとイメージしていたら、あまりに急な別れでした」(倉田さん・以下同)
既読にならないのにLINEに「会いたいな」
葬儀は義理の妹と実の妹が取り仕切り、倉田さんは上の空で妹たちの言うことに従うのが精いっぱいだった。
「本当はお葬式のことは事前に決めておくべきでしょうが、夫が死んでからのことは考えたくなかったんです。でもお葬式って予算が青天井になって大変だから、ある程度の大枠だけでも決めておくべきでした。それはいまでも後悔しています」
叶井さんが旅立った今年2月から約半年が経過した。しかし、倉田さんは「まだ夫の死に向き合えていないと思う」と話す。
「毎日泣いています。こんなにしつこく泣くとは、自分でも意外でした。私は夫の考え方や感じ方が好きでした。これから先にも愛情を傾ける人は現れるかもしれないけど、彼のような人はもう地球上のどこにもいません。そういう喪失感があります」
いまでも叶井さんのスマホを解約せず手元に置き、既読にならないとわかっているのにLINEに「会いたいな」とメッセージを送ってしまう。夫の歯ブラシが捨てられず、遺品整理もはかどらない。「楽になりたいけど、悲しみの呪縛からはなかなか自由になりません」と涙ながらに語る。
寄り添ってくれる人と同じくらい身近“じゃない”人に助けられた
それでも、苦しみながらも生きていけるのはいくつかの支えがあるからだと倉田さんは続ける。
「亡くなった当初は妹が2週間くらいうちにいてくれて、すごく助けられた。昔からの女友達も同じで、自分に寄り添ってくれる人たちの存在に救われました」
時間の経過とともに、少し離れた関係の人たちにも助けられるようになった。それはつまり、倉田さんが少しずつ“外の人たち”に会えるようになったということでもある。
「ただ会って、バカな話をするだけでいいんです。むしろ身近ではない人の方が、夫のことを思い出すきっかけがなく助かります。
ひとりでおもしろい映画や漫画を見ていると、ふっと夫を思い浮かべて“これ、父ちゃん(叶井さん)が好きそうだな”と思いますが、誰かと会っているときは夫が出てきません。だからなるべく、人と会う時間を増やすようにしています」
元気だった姿をもっと撮影しておけばよかった
時に思い出すことすら苦しくなるほど好きだった夫を失った倉田さんが心のよりどころとするのは、高校受験を控えた一人娘だ。
「娘は顔も性格も夫にそっくりで、私のようにメソメソしていません。夫も“おれがいなくなっても娘はあまり悲しまないでほしい”と願っていたから、本当に心が救われます。もちろん娘も父を亡くして悲しいでしょうが、毎日泣き明かしたり悲しみに暮れて過ごしているわけではないので、家のなかはそれほど暗くならず助かっています」
がんを告知されてから家族として悔いが残らないように過ごしてきたが、それでも「足りなかった」と感じることがあるという。
「がん告知されてから夫の動画を撮るようにしたけど、もっと撮影しておけばよかったと悔やんでいます。特に最初の1年くらいは元気だったので、その姿をたくさん撮っておくべきでした。少し贅沢な家族旅行もしましたが、もっとたくさん行けばよかった。旅行は記憶に残りやすく、同じ時間を過ごすにしても、いろんな場面を覚えておけます。
だから、いまは自分や大切な人が病気ではなくても、普段からたくさん旅行に行って、動画や写真を残しておいてほしい。夫の動画や写真は、いまの私を助けるアイテムになっています」
◆漫画家・倉田真由美さん
1971年福岡県出身。一橋大学卒業後、「ヤングマガジン ギャグ大賞」の大賞を受賞して漫画家デビュー。2009年、映画プロデューサーの叶井俊太郎さんと再婚。叶井さんはすい臓がんで今年2月に死去。
※女性セブン2024年9月26日・10月3日号