女性は男性よりも6年ほど平均寿命が長いため、女性の方が伴侶との永遠の別れを経験する確率が高い。思いもよらない病や事故で天寿を迎えてしまったら、別れを受け入れることすら時間を要する死因がわからない「異状死」により突然夫を失った、シニア生活文化研究所代表の小谷みどりさん(55才)は、死を実感するのに相当な時間を要したという。
死因不明の不慮の出来事…どこか出張に出ているのだろうという感覚
夫との死別にはさまざまな理由があるが、小さんが経験したのは、誰も想像できない不意の別れだった。
「朝、夫が起きてこないので寝室を見に行ったら、ベッドの上で息絶えていました。元気な人が突然死ぬ『異状死』で、法律的に司法解剖が必要でした。解剖を終えて戻ってきた夫は体中が縫合されて、まるでセミの抜け殻みたいでした」(小谷さん・以下同)
病死や事故死などと違って死因がわからない不慮の出来事で、「死の実感」がどうしても湧かなかった。
「夫は何で死んだのだろうという思いに取り憑かれて、そこから思考が進まなかった。もともと海外出張が多かったので、どこか出張に出ているのだろうという感覚でした。
私がフルタイムで仕事をしていたこともあり、彼の死を実感しないまま時間が過ぎていきました」
配偶者と死別した人が集う「没イチ会」を結成
よくわからないまま葬儀を終え、なぜか夫のネクタイを見たくなくなったのですぐに全部処分した。理屈では説明がつかない行動のなかには、周りの人への理不尽な「怒り」もあった。
「近所のスーパーに行って、夫婦で買い物に来ている人を見ると腹が立った。私の夫はいなくなったのに、って。夫の死後は、笑顔を見せず悲しい顔をするのが当たり前とみなされ、普通に暮らすことを批判される風潮にも怒りの感情が先立ちました。なぜ死別すると“私は悲しい”って世間にアピールしなきゃいけないのかって」
そんな怒りも半年ほど経つと収まり、夫のいない生活が当たり前になっていった。
その後、配偶者と死別した人が集う「没イチ会」を結成し、残された人は故人の分も2倍人生を生き、どう人生を充実させるかをテーマに活動を始めた。その場で、死別の悲しみは人それぞれであることを痛感したと語る。
「例えば、がんになって長く苦しんで死んだら、痛みがなくなってよかったと思う人もいるし、看病の機会がなくなって喪失感に苛まれる人もいる。夫の死から立ち直った妻の話を聞くと腹が立つという人や、普段は元気でも時々涙が出るという人もいます」
受け止め方が人それぞれだからこそ、夫を亡くした人たちが集まる場が重要だと小谷さんは訴える。
「同じ体験をした人の話を聞いたり、考えをシェアできる機会が大切なんです。世の中には亡くなった夫の話をただ普通にしたいだけなのに、その話題を口にすると周囲から、“かわいそうに”“まだ立ち直れないのね”という反応をされるのがつらいという妻が多い。
没イチ会では亡き夫の話をしても誰も“かわいそう”とは言わず、“あら、そう”と井戸端会議のように聞いてくれる。なので、新しく参加した人が“ここに来て初めて夫の話ができました”と涙することもあります」
夫は死んだのではなくどこかに行っただけ
大切な人との別れをどう受け入れるか──この問いそのものに小谷さんは「NO」を突き付ける。
「別に受け入れなくてもいいと思うんです。私自身、夫は死んだのではなくどこかに行っただけだと思っているし、受け入れることを強制されるから、受け入れられなくて苦しむのではないでしょうか。
急いで結論を出すのではなく、ほかに集中できることを見つけるべきだし、そのうち時間が解決してくれることもあります。没イチ会のメンバーを見ていても、夫がいなくなったことを考える時間が少なければ、だんだん慣れてくる人が多いです」
誰でも、いつかは夫と別れるときが必ず来る。そのダメージを少なくするための備えは「自立」だ。
「夫婦ふたりで仲よく暮らしていると周囲からうらやましがられて、それが理想のように思われるけど、実はすごく危険です。ふたりでずっと手をつないでいると、どちらかがいなくなれば、ひとりで立つことができません。人間関係はリスクヘッジがとても重要なので、元気なうちから夫だけのために生きるのではなく、地域活動をしたり趣味を持つなどして、友達をたくさんつくっておくことがその先のあなたを生かしてくれるはずです」
◆シニア生活文化研究所代表・小谷みどりさん
1969年大阪府出身。第一生命経済研究所主席研究員を経て、2019年にシニア生活文化研究所を開設。2011年、会社員だった夫が突然死。著書に『没イチ パートナーを亡くしてからの生き方』がある。
※女性セブン2024年9月26日・10月3日号