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《アフターコロナの真実》病院・介護施設で続く【マスク着用義務】「行きすぎた感染対策によって生活から大切なものが失われた」スタッフや利用者に着用を求めない介護施設の取り組み

病院・介護施設で続く【マスク着用義務】の実態とは(写真/PIXTA)
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社会が日常を取り戻す中、いまだコロナ禍に取り残されているかのように病院や施設はさまざまな規制を強いている。ジャーナリスト・鳥集徹氏と「女性セブン」取材班が矛盾だらけの「マスク着用義務」の実態をレポートする。

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《マスクの着用は、個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本となります》。昨年3月13日、政府が発表した方針によって、新型コロナウイルス対策としてのマスクの着用は屋内・屋外を問わず、「個人の判断」に委ねられることになった。

新型コロナの感染が拡大し、致死率も高かった頃は、素顔のままスーパーや飲食店に入ると店員からマスクを着けるよう求められることが多かった。また、マスクを着けない人を注意する、いわゆる「マスク警察」なる人たちの存在が問題になったこともあった。

だが、それも今は昔。政府の発表をきっかけにマスクを外す人が少しずつ増えていき、いまや屋外だけでなく屋内でも、素顔で過ごす人の方が明らかに多い。新型コロナの流行が消えてなくなったわけではないが、多くの人がマスクのことなどすっかり忘れて生活している。

ところが、「医療機関」と「介護施設」では、時が止まっているかのように、マスクの着用が強く求められている。九州地方のある病院に通院しているIさん(70代女性)が語る。

「私はマスクを着けると息苦しくなるので、長い時間着けられないんです。それなのに病院の入り口だけでなく、採血室やレントゲン室、外来受付、支払い窓口などで待っている間、何度も病院のスタッフから『マスクを着けて』と言われます。その都度、着けられない理由を説明しなくてはならず、煩わしくてたまりません。病院に行くのが本当にイヤになります」

Iさんは今年の夏、脳梗塞を患った。幸い後遺症は軽かったが、リハビリのために別の病院にも通っている。そこで、こんな光景も見かけたと話す。

「私よりもずいぶん重いマヒのある90代のおばあさんが、若いリハビリのスタッフから注意されてマスクを着けさせられていました。不自由な体を動かすだけでも大変なのにマスクを着けたら余計に苦しいのではないでしょうか。かわいそうで見ていられませんでした。

患者もスタッフも、病院から出たらマスクを外す人が多いはず。病院の中でだけマスクの着用を義務づけたからといって、感染予防になるとは思えない。着けたくない人もいるのにマスクを強要するのはいい加減やめてほしい」

たった3%のために息苦しい思いをするのか

マスクを着けたら苦しくなると訴える声がある一方で、「病院や施設の中くらいマスクを着けるべきだ」「着用をやめて体の弱い人たちにうつったらどうするのか」という人もいるだろう。マスクの感染予防効果に関しては賛否両論があり、医学界でも論争が続いてきた。XなどのSNSで「内科医の端くれ」というアカウント名で発信を行う医師のSさんが解説する。

「一般的なマスクの効果については、世界中で数十年にわたり数多くの臨床研究が行われてきました。

たとえば2023年1月に発表された『システマティック・レビュー』(科学的に信頼性の高い論文を厳選して評価したもの)では、マスクを着けても着けなくても、インフルエンザや新型コロナの症状を発症するリスクは変わらないという結論でした。

その一方で、マスクの効果を主張する人たちは2024年7月にノルウェーから報告された論文を引き合いに出します。この研究ではマスクを着けた方が着けないよりも呼吸器感染症の発症リスクが軽減されるという結論でした。ただ、結果をより詳しく見てみると、その試験で発症した人は着用群が8.9%であるのに対し、非着用群が12.2%でした。つまり3%程度の差しかないのです。

マスクの効果があるとする論文も、ないとする論文もどちらもある中で、効果があるとする研究の結果を見ても実際にはこれくらいの差しかないのです。このわずかな効果と、息苦しく暑苦しい思いをしながら、お互い表情を隠してまでマスクを着けさせることが果たして釣り合うのか。私はそうは思えません」

このようにマスク着用の感染予防効果があってもわずかであると示されてなお、院内でのマスク着用を見直すよう求める声は、日本の医学医療界からはほとんど聞こえてこない。一方で、欧米の医療機関では早い段階から「脱マスク」が進んでいる。スウェーデンのカロリンスカ大学病院に勤める外科医の宮川絢子さんが証言する。

「当院では、2020年末から感染の波が訪れるたびに、来訪者とスタッフにマスク着用が求められましたが、感染の波が収まるにつれ、自然と外す人が増えていきました。

そして、2023年3月に当院で一律マスク着用が撤廃された後は、マスク着用が求められたことはありませんし、それはむしろ歓迎されていました。

現在、外来患者、入院患者、面会者、医療スタッフなどで、マスクを着けている人はほぼゼロです。マスク着用が適用されるのは手術のときや、薬物治療などで厳しい免疫抑制状態にある患者と接するときだけ。少なくともスウェーデン国内で、一律にマスク着用を義務づけている医療機関は聞いたことがありません」

マスクだけではない。前号(女性セブン2024年10月17日号)で取り上げた「面会制限」についてもカロリンスカ大学病院では2021年7月に部分撤廃、2022年4月に完全撤廃し、通常通りに戻った。これに関して国内では次のような議論があったという。宮川さんが続ける。

「感染拡大が始まった当初、欧州の多くの国がロックダウン(外出や行動の制限)を行いましたが、スウェーデンは実施しなかった。その大きな理由の1つが、憲法で認められている『移動の自由』に抵触するととらえられたことです。

同様に面会制限も『法に抵触する可能性がある』と司法オンブズマンから指摘されました。結論はコロナ対策を検証する政府の監察委員会に委ねられましたが、当初より国民と政府が人権侵害のリスクを認識していたため面会禁止は早々に緩和されました。

何より医療スタッフは普通に生活しているのに、より患者のことを心配しているはずの家族が面会できないのは非科学的。スウェーデンでは、日本の現状は人権侵害と見なされると思います」

国を挙げて制限を撤廃する方向にシフトしたスウェーデンをはじめアメリカやカナダの有名病院でも、多くが面会制限はもちろん、マスク着用の義務を早くから解除している。しかし日本では医療機関のみならずほとんどの介護施設が面会を制限し、入所者、面会者、スタッフにマスク着用を義務づけている。そうした中でも、鹿児島県で「デイサービス」「有料老人ホーム」「訪問介護」「小規模多機能型居宅介護」など地域密着型の介護サービスを展開している「いろ葉」では、個々人の判断を尊重してきた。同施設で利用者の訪問診療を担当する総合診療医の森田洋之さんが話す。

「いろ葉ではマスク着用を求めたことも、禁止したこともありません。それぞれが自分で考えましょうというスタンスです。クラスター発生時には高齢の利用者が8人ほど新型コロナにかかりましたが、ほとんどが軽症で、亡くなった人はいません。命さえ落とさなければ必ず回復するとわかったこともあり、現在ではマスクをする人はほぼいなくなりました。

マスクにはデメリットが確実にあります。特に認知症のかたは、ただでさえ記憶力が低下しているのに、顔が見えないと不安になる。『マスクをするな!』と怒る人もいるほどです。それに、長時間の着用は不衛生ですよね」

マスクの着用や面会制限に加え、「外出制限」を課す介護施設も多い。家族や地域の人と自由に会話ができないため認知機能が低下するうえ、散歩ができずに足腰が弱って、フレイル(虚弱状態)に陥る人も多いと指摘されてきた。

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介護施設の制限はフレイルのリスクにもなる(写真/PIXTA)
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しかし、いろ葉は「面会も外出も制限なし」を貫いてきた。筆者も昨年、施設を見学させてもらったが、パーテーション、アルコール消毒はなし。マスクを着けている人も見当たらず、コロナ禍以前の当たり前の日常がそこにあった。森田医師が話す。

「医療や介護はその人の幸せを考えることがいちばん大切なのに、コンプライアンス(法令や規範)を守り、リスクを遠ざけることだけが『正義』だと思い込んでいる人が多い。しかしその結果、過剰とも言える感染対策が行われ、社会全体がバランス感覚を失ってしまった。行きすぎた感染対策によって、生活から大切な多くのものが失われたことに、医療や介護のスタッフも薄々気づいている。なのに、ほとんどの人は何も言わずに黙っている。そこに、日本の病理があると私は思っています」

役所の窓口業務
役所の窓口業務など、病院や施設の外でもマスクの着用を強いられるケースも(写真/PIXTA)
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「マスクは着けていれば文句は言われない」

まだ少ないが、今年に入ってから日本国内でも、常時のマスク着用義務を解除する病院が増えてきた。国立成育医療研究センター(旧国立小児病院)、埼玉医科大学国際医療センター、北里大学病院、東京都立小児総合医療センター、北海道立子ども総合医療・療育センターなどだ。

また以前「コロナ禍でも一律の面会制限を行わなかった病院」として取り上げた静岡市立静岡病院では、一律のマスク着用も求めてこなかった。緩和ケア内科主任科長・血液内科科長で感染管理室室長の岩井一也さんが話す。

「当院では『マスクをしないと院内に入れない』といった規制は行ってきませんでした。2021年7月にはアクリル板も撤去し、入り口に『マスク着用を求めない』旨の掲示も出しましたが、それによって大きなトラブルが起きたことは一度もありません」

今年7月にマスク着用解除に踏み切った、みのかも西クリニック(岐阜県美濃加茂市)事務長の池田幸裕さんも着用解除によって問題は起こっていないと証言する。

「暑い時期にマスクを着けると熱中症のリスクを上げる恐れがあります。また、当院は感染対策として換気システムが完備されており、発熱外来と一般外来が分離されています。それらがマスクを解除した理由です。

来院される患者様も、素顔の人が少しずつ増えてきました。この件でいまのところクレームなどはありません。スムーズな移行ができていると思います」

こうしてマスク解除に踏み切ろうとする病院や施設が出てきている一方、現在も外出時に常にマスクを着用している人は一定数存在する。その理由を聞いてみた。

《やはりコロナが怖いからです。デイサービスで顔見知りだった人が2人、コロナで亡くなりました。一方でワクチンを打って亡くなった人もいるので私は接種しませんが、その代わりマスクで自衛するしかない。いまでもコロナにかかって苦しむ人や亡くなる人がいますよね。結局はマスクが万能だと思うんです》(70代男性)

《正直言って、やめたいです。蒸れるし苦しいしニキビもできる。でも、役所で高齢者が多い窓口を担当しているので、マスクをしていないと「市民の健康に対する配慮がない」とクレームが来る。通勤途中や買い物中でも市民に見つかると「普段からマスクしないとダメじゃないか」とお叱りを受ける。家から一歩でも出るときはマスクを着けます》(40代男性)

感染対策のため、自ら選んでマスクをしている人もいるが、周囲に忖度して着けている人も多いのが現状なのだ。

政府が「個人の判断に委ねる」と方針を示してなお、周りの目やクレームを気にしてマスクを外せない人がいる。それを考えると、医療機関や介護施設でも感染対策は建前で、社会からの非難を恐れて面会制限やマスク着用をやめられないのが本音ではないだろうか。精神科医の高木俊介さんが、その心理について話す。

「日本だけが面会制限やマスクの強要から脱却できないのは、過度な潔癖主義、他責思考、自己愛尊重、規律重視といった病理が根底にあると思います。また面会制限やマスク着用への過剰な固執は、医療者や介護スタッフらの中に患者や入所者を管理したいという欲望も垣間見える。しかし、このような人権侵害を続けていたら、いつか海外からも批判されるでしょう」

冒頭の通り、厚労省はマスクの着用を「個人の判断」に委ねるとした。しかし、以下のただし書きがあることは見過ごせない。

《受診時や医療機関・高齢者施設などを訪問するとき、通勤ラッシュ時など混雑した電車やバスに乗車するときは周囲のかたに感染を広げないためにマスクを着用しましょう》

これについて、あらためて厚労省の担当部局に聞いてみた。

「新型コロナウイルスが5類に移行したタイミングでホームページにも出した通り、感染対策の実施については個人・事業者の判断が基本となり、厚労省として一律の対応を求めることはありません。各施設や病院で実情がまちまちだと思いますので、個々の実情で判断いただければということです」(厚労省健康局結核感染症課)

いつまで経っても医療機関や介護施設がマスク着用解除に踏み切れないのは、いつまでも決断できない政府にも責任がある。

世界の中で、日本だけがいまだ「コロナ禍」に取り残されている。この「異様な」状況を看過することはできない。日本国中の医療機関、介護施設が、一刻も早く面会制限とマスク着用を解除するよう望む。なにより患者や家族の権利を守ることが第一だ。

※女性セブン2024年10月24・31日号

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