「クレオパトラの鼻があと少し低ければ、世界の歴史は変わっていた」という格言はいまや昔の話。鼻の高さなんて美容医療ですぐに変えられる、と思っている人は多いが、誰でも気楽に美容医療に手を出せる時代になったからこそ、粗製濫造の施術もはびこって、「高くしたはずの鼻が低くなった!」なんて笑えない失敗も後を絶たないのが現実だ。美容医療で失敗した人々の告白を紹介する。【前後編の前編】
拡大する美容医療市場、10年間で5倍に
「あともう少し鼻が高かったら」「二重まぶたに生まれていたら」「このシミさえなければ」「しわもたるみもない肌に戻れたら」……。一度美しさを追い求め始めたらキリがない。アンチエイジングはもちろん、長年のコンプレックスの改善など、年を取るほど手を入れたい箇所が増えるもの。近年、美容医療市場は過去にないスピードで拡大中で、この10年間で市場規模は5倍にも膨らんでいる。その背景について、美容医療に関するニュースサイト「ヒフコNEWS」編集長の星良孝さんが話す。
「コロナ禍でのマスク着用や在宅勤務により、美容医療を受ける人が爆発的に増えました。日本における美容医療の市場規模は2023年に5940億円に達し、前年比108.8%と急成長しています」
ハイフでやけど
だが、美容医療を受ける人が増えれば、トラブルも増える。宮城県のEさん(42才)は、シミ取りレーザーで失敗した。
「しばらくはきれいだったのですが、数か月すると施術前の倍の大きさのシミが再発。焦って別の美容皮膚科に駆け込むと“もっと強いレーザーで消しましょう”と言われ、同じ部位に照射してもらったら、今度はその部分が不自然に真っ白になってしまったんです……」
表参道メディカルクリニック看護師の高橋真弓さんが、自身の体験を話す。
「夏にほくろ取りのために肌のメラニン色素を強力に粉砕・破壊するレーザー『ピコスポット』を受けた際、通常は何回か照射を繰り返すのですが、1回で終えようと出力を強くしてしまった。その結果、照射部位が色素沈着して余計に目立つようになってしまい、後悔しています。照射後の肌は紫外線を吸収しやすいため、夏は特に、出力に気をつけるべきでした」
ピコスポットはシミや肝斑にも効果があるとされ、脱毛と並んで人気のトップクラスにある美容医療施術だ。同じく人気が高いのが、超音波で顔の筋膜に熱刺激を与えて引き締める「HIFU(ハイフ)」。しわやたるみ、ほうれい線などへの効果がうたわれる。施術時間やダウンタイムが短く、痛みも少ないため受ける人が増えているが、リスクがないわけではない。26才から美容医療を続け、41才の現在は輝くようなツヤ肌をキープしている美容愛好家のmimiさんが語る。
「約15年間、さまざまな美容医療を受けてきましたが、失敗もあります。首のしわ取りのために受けたハイフで肩付近にやけどを負ってしまい、1か月ほどジュクジュクと化膿していました。いまでも肩にその痕が残っています」
超音波を使って筋膜を約50℃に熱して凝固させるハイフでは、mimiさんのようなやけどの事故がもっとも多い。にもかかわらず、リスクに対する説明が不充分なクリニックや、医療資格のないエステティシャンが行うサロンが横行したことから、2017年に国民生活センターがハイフについて「医師の判断や技術がなければ人体に危害を及ぼす恐れがある」と指摘する事態となった。人気の施術だからこそ安易に判断せず、クリニックや医師は慎重に選ばなければいけない。
ヒアルロン酸注射でほうれい線が左右非対称に
ハイフ同様、近年人気が高まっているのが「注射系」の美容医療。ボツリヌス菌毒素を分解・精製した「ボトックス」は、注射した場所の筋肉の神経機能を一時的にまひさせることで表情じわをなくしたり、肩や首、脚をほっそりさせる効果がある。また「ヒアルロン酸」を注入すると、目の下のくまやこけた頬、薄い唇、鼻筋、バストなどをふっくらさせて、理想に合わせた形をつくる。
メスを入れないため施術への抵抗感が低いとされるが、危険はつきまとう。ネットで見つけたクリニックで目のくまとほうれい線にヒアルロン酸注射を受けたという、都内のAさん(46才)が唇を噛む。
「くま自体は薄くなったものの、医師の腕が悪かったのか、目の下に不自然な線ができてしまった。ほうれい線は左右非対称にゆがんでしまい、もとの顔の方が自然だったほど。
クリニックはやり直しを提案してくれましたが信頼できず、全額返金してもらい、別のクリニックでヒアルロン酸溶解注射を受けて元に戻しました」
返金、修正がうまくいけばいいが、取り返しのつかない事態になることもある。
「ヒアルロン酸が誤って血管内に入って網膜中心動脈などを塞ぐと、目の周りの血流が止まって失明する可能性があるほか、鼻など血管の下流にある組織が壊死してしまうリスクもあります」(星さん)
10月に首のボトックス注射を受けた女性は「赤ちゃんのように首がすわらなくなり、グラグラするようになってしまい恐怖を覚えた」とSNSに投稿した。症状は数日で治まったというが、首が前後左右にかくかくと揺れ、かなり不安定な様子だ。主に美容医療での後遺症治療を行う術後後遺症相談外来を設けているティーズクリニック院長の田牧聡志さんが説明する。
「そもそも、ボトックスで脚やあごがほっそりするのは、筋肉の働きを止めるから。表情筋に注射するのは問題なくても、誤って首に打てば頭を支えられなくなって首がすわらなくなりますし、ふくらはぎに打てばつま先立ちができなくなるのは当然のことです」
市場の急拡大に伴い、技術や意識の低い医師も参入してきているのが、美容医療の現実だ。
「中には、もともと粉末状のボトックスを院内で希釈する際、生理食塩水ではなく水道水を使ったり、ほとんど効果が得られないほど薄めて使用しているクリニックもあると聞いたことがあります」(mimiさん)
皮膚を持ち上げる「糸リフト」で別人の顔に
施術自体は成功していても、患者本人の「理想の姿」になれず、後悔するケースもある。mimiさんが振り返る。
「1~2年ほどで体内で溶けて吸収される特殊な糸を肌に通して皮膚を持ち上げる『糸リフト』は、近年人気の施術で、私もこれまでに20本ほど入れています。ですが、一度だけ糸の端がにきびのようにポツっと肌を押し上げた状態になってしまったことがありました。施術が失敗したわけではないのですが、糸が溶けるまでの間は鏡を見るたびに憂うつになっていました」
同じく糸リフトでつらい経験をしたと話すのは北海道のNさん(50才)だ。
「たるみは改善したのですが、眠っている間も目が半開きになるほど目尻が強く引っ張られて、もともとはタヌキ系の丸い目元だったのがキツネ目になり、結婚予定の年下の彼に“怖い顔になっちゃったね”と言われて大ショック。再手術で目元は元に戻せましたが、たるみは施術前よりひどくなってしまいました」
トラブルの例が多い目を二重にする「埋没法」
メスを使わずに糸を通して人工的にまぶたに折り目をつくって二重にする「埋没法」にも、トラブルは枚挙に暇がない。京都府のYさん(50才)は、高校生の娘が埋没法の二重手術を受けたときのことを振り返る。
「2か月くらいですぐに一重に戻ってしまい、施術を受けたクリニックに相談すると“体質的に、埋没法では効果が持続しない”と言われ、追加で脂肪吸引と目頭切開の手術を受けることに。最初の手術と比べてダウンタイムと痛みは2倍、費用は4倍に。結果的にぱっちり二重を保てているものの、印象が変わりすぎて整形したのがバレバレ。友人たちにもヒソヒソ噂話をされた娘は高校を中退し、いまは知り合いのいない通信制高校に通っています」
埋没法は施術時間が15分ほどで費用も比較的安く、学生でも気軽に受けられるようになった美容施術の1つだが、体質によっては糸がうまく皮膚に沿わない場合もあり「理想と違う」というトラブルがもっとも起きやすい施術とも指摘される。徳島県のFさん(61才)も事態は深刻だ。
「加齢とともにまぶたが下がる眼瞼下垂に悩んで二重手術を受けると、目の縦幅は3割増し、おでこのしわも薄くなって10才くらい若く見えて大満足。でも、機能的には最悪で、ひどいドライアイになり、常に目にゴミが入っているような違和感のほか、日によっては左右の目がパッと見てわかるほど非対称なことも。施術が失敗しているわけではないので文句も言えず、お化粧や眼帯でごまかして暮らしています」
二重手術は、場合によっては、糸が目に触れて痛みや炎症、出血を起こすケースもあり、治すのは非常にやっかいだ。
「埋没法に使用する糸は極めて細く、結び目を探すのが難しい。“安いから”“近いから”と安易に施術を受けず、施術のうまい医師を慎重に探してほしい」(星さん)
形成外科や美容外科ではなく眼科で二重手術を受けた後、修正手術を選んだ人もいる。
「当院を訪れた30代女性は、眼科で眼瞼下垂治療のための二重形成手術を受けたところ、二重幅の左右差が激しく、修正してほしいとのことでした。ケースによって差はありますが、二重の修正手術には60万~70万円ほどかかることもあるので、失敗のないよう慎重にクリニックを選んでください」(田牧さん)
(後編へ続く)
※女性セブン2024年11月21日号