会社で一斉に行われる健康診断や自治体の特定健診は日本では慣習になっているが、治療をするかどうかの判断の基になる健康基準値については確実な「正解」はなく、時代とともに移り変わっている。そんな数値とどう向き合えばいいのか──。
基準値が激変している「血圧」
約40年の間に基準値が激変しているのは「血圧」だ。1983年、「厚生省老人基本健診」では、「180/100mmHg」以上が高血圧だと定められていたが、現在は「140/90mmHg」以上と「40」も厳しくなっている。
新潟大学名誉教授で予防医学が専門の岡田正彦さんは、血圧をどのくらいに保つべきかについて正解はないと話す。
「血圧は高ければ高いほど病気になりやすいことは確かですが、世界中でさまざまな研究データがあり、どのくらいまで下げることが本当に健康的なのか結論が出ていない状況です。人類はまだ本当の正常値を知りません」
イギリスの国立医療技術評価機構(NICE)は2019年、高血圧診療ガイドラインを改訂し、心血管系の病気がない人は収縮期血圧(上の血圧)「160mmHg以上」を治療開始基準と変更した。
日本も今年度の「標準的な健診・保健指導プログラム」(厚生労働省)から注釈が加わった。東海大学名誉教授で健康診断の数値に詳しい大櫛陽一さんが解説する。
「これまでの基準では、上の血圧が140mmHg以上の人はすぐに病院の受診をすすめられ、行けば必ずといっていいほど薬が処方されていました。
しかし、今年4月からは『160/100mmHg以上』であれば『すぐに医療機関の受診を』のままですが、『140/90mmHg以上、160/100mmHg未満』の場合は『生活習慣を改善する努力をした上で、数値が改善しないなら医療機関の受診を』するように変わりました。140を超えてもすぐに受診しなくていいという点では緩和されたといえます」
降圧剤で強制的に血圧を下げるリスク
大櫛さんは、血圧の治療目標値が低いと下げ幅が大きくなりすぎるので、薬で強制的に血圧を下げるリスクを懸念する。
「160mmHg以上の人が140mmHg未満まで下げるなど降圧目標の幅が広くなるのは危険です。実際、薬で20mmHg以上血圧を下げると死亡率が上昇するという研究が複数あります。
私が福島県の約4万人を対象に6年間追跡調査を行ったときも、上の血圧が180mmHg以上の場合、薬をのんだ人はのまなかった人よりも、死亡率が5倍以上高かった」
死亡率が上がる原因として考えられるのは、主に脳梗塞のリスクだ。
「私が脳卒中患者と一般住民との比較研究をした結果、『血圧を下げすぎると血液の流れが悪くなり、血液が固まりやすくなる。そのため心臓に血栓ができて、脳梗塞を発症する』ことが判明しました。心臓血管系の肥大や高血圧性の腎疾患でなければ、降圧剤が必要でないケースが多い。つい最近、160mmHg以上でも、生活習慣の見直しで血圧を下げることができるという論文も発表されました」(大櫛さん)
千葉県在住の会社員・Bさん(54才)は、降圧剤の危険性を目の当たりにしたと話す。
「80代の母は身の回りのことはできるし、受け答えもしっかりして健康そのものでした。
でも区の健診で血圧が高いと言われてから、降圧剤をのむことになって、しばらくするとぼーっとして認知症みたいな症状が出てきてしまったんです。
あわてて別の病院に連れていったら薬が原因ではないかと指摘され、やめたら改善しました」