健康診断の結果に対して、治療をするかどうかの判断の基になる「健康基準値」。その基準値には、確実な「正解」はなく、時代とともに移り変わっている。そんな基準値と、私たちはどう向き合えばいいのか──。
極端な高血糖はよくないが下げすぎるのもよくない
中高年の男性の病気と思われがちな糖尿病。しかし、女性も40才を過ぎると女性ホルモン「エストロゲン」の分泌が少なくなるため、血糖値を下げるインスリンの働きが弱くなり、更年期以降は発症リスクが高まる。
その指針とされるHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)は、赤血球の中に含まれるヘモグロビンの中で、ブドウ糖と結合した割合を表した数値。過去1〜2か月程度の血糖値の平均を反映する指標で、この数値が高いと高血糖状態が慢性化し、血管がダメージを受け続けている状態といえる。そうなると、危惧されるのは動脈硬化などの合併症リスクだ。
2017年、日本人間ドック・予防医療学会はその「基準範囲」を「5.1%以下」から「5.5%以下」に変更し、要注意は「5.2〜6%」から「5.6〜6.4%」、異常は「6.1%以上」から「6.5%以上」と緩くした。それでも依然として厳しい基準のようだ。
精神科医の和田秀樹さんは「極端な高血糖はよくない」としたうえで、「下げすぎるのもよくない」と指摘する。
「数値にこだわって、HbA1cを6以下に下げようとする医師もいますが、そこまで下げる必要があるのか疑問です。海外のデータでは、死亡率がもっとも低いのはHbA1cが7〜8の人です」(和田さん)
重視すべきはHbA1cより血糖値
HbA1cと合わせて糖尿病の診断基準である「血糖値」については、長らく基準値の変更がない。空腹時血糖値の正常値は110未満とされ、126mg/dL以上は「糖尿病」と診断される。新潟大学名誉教授で予防医学が専門の岡田正彦さんは、「血糖値はHbA1cに比べて、世界共通の信頼性の高い基準」だと話す。
「どの国でも126を超えると糖尿病だと診断され、進行すると失明や腎不全など重大な問題が起きるので、生活習慣の見直しで改善されないなら、投薬治療を受けるべきです。測定の仕方が難しいHbA1cは、国によって測定方法にばらつきがあり、まだどの基準値が正しいか判断できるほどのデータが集まっていない。どちらを重視するかと聞かれれば、明らかに血糖値です」
しかし、薬で無理に値を下げると低血糖のリスクも生じる。
「低血糖は意識障害を引き起こし、転倒や交通事故のリスクが増加する。アメリカで高齢者の車の衝突事故約13万件を調査したところ、事故を起こした8割の人が血糖値を下げる薬や睡眠薬など意識障害を引き起こす薬をのんでいたことがわかりました。アメリカでは薬の服用について注意が呼びかけられていますが、日本では問題にされていません」(和田さん)
度重なる変更にどの基準値を信じていいのか迷うが、米ボストン在住の内科医・大西睦子さんは「数値にまどわされないでほしい」とアドバイスする。
「基準値は大切ですが、ライフスタイルや既往症など個人の状態も含めて判断する必要があり、ひとつの基準値だけでは健康は判断できません。
いちばん大切なのは過去のデータや生活習慣を振り返って、自分の体と向き合うことです」
年齢や生活習慣、持病によって、“健康の基準値”は人それぞれ変化する。健康を過信しすぎたり、不安になりすぎたりすることなく、自身の体と向き合おう。
※女性セブン2024年11月28日号