
人口減少、超高齢社会を迎える日本で、「地方創生」は一大テーマだ。地方の空洞化、過疎化という課題を前に、全国の自治体はさまざまな取り組みを行う。その中で、いま一躍注目を集めている町がある。
人口減がストップした境町の取り組み
「子育て支援日本一を目指すまち」を掲げ、次々と新たなサービスを展開し、話題を呼んでいるのが、茨城県境町だ。
利根川が流れる町の面積は、東西に約8km、南北に約11kmとコンパクト。電車のない「鉄道空白地」でありながら、人口はここ数年でわずかに上昇傾向にある。2014年の就任以降、「財政再建」「人口増加政策」「ひとの創生」を軸にまちづくりを進める、橋本正裕町長が話す。

「境町の人口は現在、約2万4000人ほどですが、私が町長になったときは深刻な減少傾向にありました。特に子供の数は大きく減っていた。町を元気にして次世代につなげるためには、“子供が育つまち”であることが重要です。そこで、妊娠、出産、子育てが安心してできる環境づくりに力を入れました」(橋本町長・以下同)
20才まで(※学生)医療費無料、第2子以降の保育料無料、公立小中学校の給食費無償化など、近隣市町村と比較すると、子育てにかかる費用は年間で約50万円もの差がつくという試算もある。充実の制度を実現させる財源確保も、橋本町長の“自治体マネジメント”によるところが大きい。

「まず着手したのは徹底的な無駄の削減です。備品をひとつ購入するにしても、市場価格がいくらか、もっと安価なものはないかと徹底的に職員にリサーチしてもらいます。民間企業では当たり前のコスト感覚を徹底すること。そうした積み重ねで、地方債残高は9年間で21億円ほど削減できました。
借金を減らすと同時に、収入増にも力を入れました。新たな財源の中心となったのは、ふるさと納税。私が町長になる前年(2013年)は、7件の申し込みで6万5000円だった寄附金額は、翌年に2171件、3257万円に、2023年は約65万件で99億円超の寄附金をいただいています」
基金残高を増やし多様な交付金や補助金をフル活用することで、子育て世帯はもちろん、シニア層に向けた事業も打ち出す。全国で初めて導入した「自動運転バス」は高齢者の移動手段の要。さらにいま注力しているのが、“住み続けたい、住み続けられるまちづくり”だ。
「まずは雇用の創出です。地方移住を考えるかたは増加しているものの、地方に行くとどうしても一次産業中心の就業が多い。“これまでと同じような職種で働きたい”という希望に応えられるよう、企業誘致を進めています。

また、商業施設や飲食店など、文化やグルメの拡充も必要不可欠。建築家の隈研吾さんや、大手アパレルブランドとともに、“まちのデザイン”も充実させていきたいですね」
【移住支援】住宅ローンや固定資産税もゼロ 25年住めば家も土地ももらえる
境町が大きく注目されるきっかけとなったのが、驚きの移住支援だ。2024年には「住みたい田舎ベストランキング1位」(子育て世代部門・関東)にも輝き、移住者が急増している。
県外からの申し込み多数ですべて満室
これまでに、オートロック付き賃貸マンション「アイレットハウス」(108戸)、賃貸戸建住宅の「オハナタウン」(17棟)、「マハロタウン」(22棟)、「マハロタウン2(※正式にはローマ字)」(21棟)の移住促進住宅を整備し、いずれも満室。2024年8月から募集を開始した「マハロタウン2」には200件を超える応募があり、そのほとんどが県外からの申し込みだった。

「マハロタウン2は2階建ての3LDKで、駐車場も完備しています。住宅ローン、固定資産税、火災保険はすべて不要で、住宅手当も利用可能。賃貸住宅ですので家賃は6万4000円ですが、25年住み続けていただければ家も土地も無償譲渡します」(境町地方創生課担当者・以下同)
初めて住む人には「町民税相当額最大50%」、転入で住宅を取得した場合には「固定資産税相当額」、子育て新婚世帯には「家賃補助最大36万円」がもらえるなど、転入・定住支援も手厚い。ゆえに金銭面でのメリットを感じる子育て世帯からの申し込みは多い。
「マハロタウンに移住されたかたからは、『東京近郊からの移住で、家賃がおよそ半分に減った。浮いた家賃は、子供の習い事の費用にあてたい』というお声も頂戴しました」
移住しても勤務先や学校は変えず、都内まで通勤通学で通うケースも。

「2021年より高速バスの運行を開始し、1日8往復しています。王子駅まで最短55分、東京駅まで最短90分と、通勤通学圏内です。定期券購入の際は、割引も実施し実質負担額は半額程度まで抑えました。都内の高校へ進学することも充分選択肢に入るでしょう」(橋本町長・以下同)
自動運転バスは“無料の足”
シニア世代ならば、子育て世帯以上に気になるのが交通の便だろう。地方といえば車社会だが、境町では自動運転バスが“足”となってくれる。

「自動運転というと、事故を懸念する声もあがりますが、70代、80代のかたがご自身で車を運転するリスクに比べれば格段に安全です。医療施設や育児施設を通るルートと、高速バス乗り場までのルートの2系統があり、無料で乗車できます」
まずはリタイア後の移住先として、ゆくゆくは子供世代へ譲る。そんな住み方も境町なら可能になる。
【子育て支援】教育・医療・スポーツ・遊び 子供も親も大満足の充実サポート
全国トップレベルの子育て支援をうたう通り、その内容は多岐にわたる。前述の通り、20才の学生まで医療費無料、第2子以降の保育料無料、保育施設および公立小中学校の給食費無料のほかにも、充実の支援がある。
「ハード面では、小中学校にはエアコンが完備され、水泳の授業はすべて屋内温水プール、温水洗浄便座付きのトイレ設置を推進するなど、安心できる学習環境の整備を進めています」(境町地方創生課担当者・以下同)

力を入れているのは英語教育だ。
「すべての公設保育園、小中学校で英語教育を導入しています。複数のフィリピン人講師が担当しており、リスニングもスピーキングもしっかり身につく。小学6年生での英検5級保有率は75.5%、中学3年生での英検3級以上保有率は52.2%と全国平均(27.9%)をはるかに上回る結果もあります」

プロの選手によるスポーツ教室
プロに学べるのは英語だけではない。
「境町ではサッカーやホッケー、自転車競技のBMXなどの施設があることでスポーツ移住も積極的に受け入れており、プロ選手も招致。授業や放課後にプロから学べる機会をつくっています」
2021年に完成した境町アーバンスポーツパークは、BMXやインラインスケート競技に使える施設で、国内トップクラスの選手も練習に訪れる。国際大会で優勝した中学生が「世界で戦うため、国際基準のパークで練習したい」と移住するなど、スポーツによるまちづくりも広がっている。実際に、こうした教育支援に満足している人は多いという。
「沖縄から移住されてきたご家族からは『子供がインターナショナルスクールで英語教育を受けていたので、移住先でも英語環境を継続したいと思っていた』と期待の声をいただきました。また、息子さんがBMXをやっていて、境町に練習に来た際の『ここで毎日練習したい』というひと言で移住をされたかたもいます」
雨が降っても遊べる広場が大人気
町内には、屋内型のキッズランドや全天候型公園など遊び場も充実。これらもすべて無料で利用できる。

「ハワイ・ホノルルや、アルゼンチンなど海外都市との交流協定締結を増やすことで、ホームステイ、短期留学といった交流の機会も設けることができました。子供の未来に投資することが、町の未来を創ると考えています」(橋本町長)
日本はまだまだ元気になれる。境町の取り組みには、地方創生の明るいヒントと希望が詰まっている。
※女性セブン2025年1月1日号