「日本の常識は世界の非常識」とはよくいったものだが、それは文化の違いだけではなく、医療界にもあるらしい。海外では“効果なし”どころか“危険”とみなされている薬が、日本には蔓延しているのだ。
イギリスの医学誌に掲載された論文が世界に衝撃
2024年春、イギリスの名門医学誌『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』に掲載された論文は世界に衝撃を与えた。オランダ・ユトレヒト大学の薬剤学研究所の准教授らによる研究で「新たに承認されたがん治療薬の多くに『付加利益』、つまり効くというエビデンスがない」ことが明らかになり、「それどころか、うち41%は効果が『測定不能かマイナス』、さらに23%は『ごくわずかな効果』しかなかった」と報告されたのだ。
これは、ヨーロッパで1995年から20年までに欧州医薬品庁が承認した131の抗がん剤やがん治療薬について調べたもので、論文では「がん新薬の薬価は上がる一方で、保険制度を圧迫しているにもかかわらず、製薬会社が、ほとんど治療につながらないクスリでボロ儲けするのはおかしい」と付言した。
日本では取り消しのプロセスがない
重ねるように、7月にはアメリカ臨床薬理学会の国際誌において、「日本で用いられている抗がん剤の一部に、効果が疑わしいとしてアメリカで承認撤回されたものが存在している」という研究結果が発表された。
問題は、こうした研究報告が日本では大きな問題にならず、抗がん剤やがん治療薬について一切の精査が行われていないことだろう。医療経済ジャーナリストの室井一辰さんが言う。
「実際に、最近アメリカでは、複数の抗がん剤が薬としての承認を取り消されました。しかし、その多くが日本では薬として認め続けられています。
というのも日本では、一度受けた承認を取り消すためのプロセスがきちんと定められていないのです」
日本では、薬が世に出るまでにいくつかのプロセスを経る必要がある。まずは製薬会社が開発した医薬品の非臨床・臨床試験を行い、それらの結果をもとに、独立行政法人医薬品医療機器総合機構による承認審査を受けることになる。その後、厚生労働省によって承認を受けるというのが、一連の流れで承認までには何年もかかるのが一般的だ。そして、承認を受けるとよほどのことがない限り取り消されない。一度認められれば、その後それよりも効果が高く安価な薬が開発されたとしても、古くて効かない薬も流通され、使われ続けることになる。
「たとえば抗がん剤や白血病の薬などは、次々新しいものが開発され、以前に比べると命が助かりやすくなっています。その一方で古い薬も残っていて、その中には効果が充分ではないものもあるのが実状です」(室井さん・以下同)
海外では、こうした“時代遅れ”になった薬は費用対効果が低いとして承認が取り消されたり、評価が変わり薬価が下がる措置がなされる。
「特に医療費が無料のイギリスなどでは、効かない薬をシビアに判断しています。認知症の進行を緩やかにするレカネマブはイギリスでは評価が下げられ、フランスでは推奨されなくなりました」
日本では承認取り消しどころか、こうした値下げもあまり見られない。
「日本にもHTAという薬の費用対効果を調べ、その結果に応じて薬価を引き下げる仕組みがあります。しかし、製薬会社も医療機関も値下げには消極的です」
そうしたカラクリが、“効きにくい薬”も高価なまま処方される要因となっているのだ。
「また、がん治療の新薬のなかには発疹や腎障害など重篤な副作用が報告されているものもあります。それでも、承認取り消しとなる例はほとんどありません」
それどころか、11月、厚生労働省は“がんや難病などの患者に薬を迅速に届ける”として、最終段階の試験を受ける前の効果が予測できる段階で製造販売を承認する新制度を導入する方針を決めた。
「承認後に最終段階の試験を行い、効果が確認できなかった場合は承認を取り消せる仕組みと説明していますが、これも“原則”としています」