二足歩行になったとき、鼻呼吸と口呼吸の二刀流を得たという人類。しかし、このスキルは正しく使わなければかえって健康を損ねることに。そこで、専門医に「自分の呼吸は正しいか」を見極めるチェックポイント、口呼吸の危険性、正しい鼻呼吸をするためのセルフケアを聞いた。
舌を上げれば呼吸が変わる
本来、人間は息を鼻から吸って鼻から吐く「鼻呼吸」が基本。だが、いま、口呼吸をする人が増大。特に顕著になったのはコロナ禍でのマスク生活以降だ。
「健康のための呼吸法が世の中にいろいろ出ていますが、それ以前にふだんの呼吸、つまり鼻呼吸が正しくできていない。現代人のほぼすべてが口呼吸じゃないかと思うほどです。健康を考えるなら、口呼吸をやめて、鼻呼吸に戻すことが先決です」
そう歯科医の中島潤子さんはきっぱりと言う。その理由について、中島さんは口腔環境の悪化を挙げる。
「口呼吸だと口の中が乾燥するので、虫歯や歯周病になりやすいんです」(中島さん・以下同)
自分が口呼吸をしているかどうかを見極めるには、次の“サイン”を見逃さないこと。
「歯が着色しやすい、舌に歯型が付いている、歯の治療中にむせやすい、唇がカサカサ、気づくと口が開いている場合は、ほぼ口呼吸になっているといっていいでしょう」
なぜ口呼吸になるのか?
「口呼吸の人の特徴は、“舌の位置”にあります。正しい位置は、舌が上あごについている状態ですが、舌が落ち込む“低位舌”の女性が多いんです」
舌の位置が下がると口が開きやすくなる。口呼吸は鼻呼吸よりラクなのでクセになってしまうのだ。
舌も筋肉であるため、使わないと筋力が落ち、「低位舌」になる。
「特に更年期は女性ホルモンが減少し、ぐんと筋力が落ちます。舌の重さは約200g、スマホ1台分です。そんな重い舌を上あごに付けておくのは結構大変。気を抜くと下がって口が開いてしまうんです。しかし、口呼吸を治すには、舌を上げておかなければなりません。
最近は小顔効果やしわ改善などの美容効果も期待した、舌全体を上あごに強く押しつける『ミューイング』という方法が流行っているようですが、そんなに無理をする必要はありません。舌の先がふわっと上あごについていればOK。つばをごくんと飲み込んだときがまさにその位置。それを覚えておくといいですね」
中島さんが呼吸指導を始めたのは歯周病予防のためだが、患者からは、「鼻呼吸ができるようになって、歯以外の不調も改善した」という声が多くあり、口呼吸が体に及ぼす影響の大きさを実感しているという。
「筋力低下で舌が落ちる時期は、ちょうど更年期と重なります。病院に行っても異常がなく、『更年期でしょう』といわれてきた不調の中には、口呼吸を治すことで改善するものがあります」
夜間頻尿や口内炎、唇の荒れも口呼吸から
“呼吸ができていればそれでいい”と口呼吸を放っておくと、体にどんな異変があるのか。
「まず、体が酸素不足になります。鼻呼吸時の1分間の換気量(呼吸で気道・肺に出入りするガスの量)は4200mlですが、口呼吸では3750ml(※『鼻呼吸 歯医者さんの知りたいところがまるわかり』[今井一彰著、クインテッセンス出版, 2020:23.]より)。鼻呼吸より10%以上換気量が少ないうえ、就寝中はさらに吸い込める空気が減ります。口が開いた状態で舌が落ちると気道が塞がり、酸素が足りなくなるのです。
コロナの診断で知られるようになった血中酸素飽和度(血液中の酸素濃度)は、“脳や臓器の機能を維持するためには90%以上が必要”としていますが、就寝中に口呼吸を続けていると86〜88%に低下するというデータもあります(※大澤立志氏提供)。これは富士山頂で寝ているのと同じくらいの濃度。つまり、軽い高山病の状態で寝ているようなものです」
体に酸素が行き渡らないと血糖値が上昇し、骨密度や認知機能の低下も懸念されるほか、就寝中に1回以上トイレに起きる「夜間頻尿」も引き起こすという。
「脳は低酸素を感じると、酸素を増やそうと血液の量を増やします。血液が増えすぎると心臓に負担がかかるため、今度は血液から尿を作り、排出しようとする。これが、夜間頻尿が起きるシステムです。何度も目覚めると睡眠の質が低下し、心身に不調を来します」
口呼吸による口や喉の乾きも、歯のトラブルや誤嚥性肺炎の原因に。
「唾液は歯や口の中の粘膜を守ってくれる重要な存在ですが、口腔内が乾燥すると歯周病や虫歯が進みやすくなります」
診断が難しい「慢性上咽頭炎」も
口呼吸が起こす不調の中でもとりわけ多くの人を悩ませているのが、「慢性上咽頭炎」。口呼吸で上咽頭が乾燥し、異物などが付着して炎症が起きるものだが、自覚症状がなく上咽頭以外の部位に症状が現れるという。
「上咽頭は鼻の奥と喉の間にあり、口を開けても見えません。耳鼻咽喉科で内視鏡検査を行わない限り診断が難しく、日本でも治療できる医師は500人ほど。花粉症や鼻炎からめまいや耳鳴り、メンタルの不調まで、幅広い症状を引き起こしているといわれています」
慢性上咽頭炎を自分で確認する方法があるという。
「【1】頰骨のふくらんだ部分のまわり、【2】上の奥歯の頰側の骨まわり(口内に指を入れたときの上方の歯肉)、【3】耳の前の顎関節のあたり(口を開け閉めすると動くあたり)。
この3か所を左右押してみて、1か所でも痛ければ、慢性上咽頭炎の可能性がありますが、前述のように専門医が少ないので、気になる場合は日常的なセルフケアをおすすめします」
口呼吸が危険なワケ
【1】体が低酸素状態になる
不調例:頭痛、肩こり、睡眠障害、夜間頻尿、倦怠感、高血圧、不整脈、血糖値上昇、イライラ、骨密度の低下など
【2】口や喉が乾く
不調例:歯周病、虫歯、唇の乾き、ドライマウス、咳や痰、ぜんそく、口内炎、誤嚥性肺炎、扁桃腺炎など
【3】慢性上咽頭炎が起こる
不調例:めまい、耳鳴り、頭痛、肩こり、睡眠障害、皮膚症状(湿疹、じんましん、アトピー性皮膚炎等)、過敏性腸症候群、アレルギー症状(花粉症、鼻炎、ぜんそく等)、不安感、うつ傾向など