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家族の在り方が多様化する今の時代、家族との「離れ方」にも新しい動きが現れている。介護疲れ、DV、金銭トラブルなど、さまざまな理由で関係を見直した結果、家族とのつきあいや世話を外注する家族代行サービスも増えている。家族とのつながりを絶つ、令和の「家族じまい」の実態をレポートする。【全3回の第3回。第1回から読む】
やむにやまれず「家族をしまう」ケース
嫁姑関係の変化はもちろん家族を構成する人数も大きく変わった。かつての大家族制のもとでは、親1人を複数人のきょうだいで面倒を見ることができたため、1人当たりの負担は少なかった。現在は両親どころか祖父母も含めた複数人を1人で介護するケースも少なくない。高齢になった両親の身の回りの世話を家族の代わりになって対応するサービスを提供する一般社団法人「LMN」代表の遠藤英樹さんは、そうした現状に理解のない親も多いと指摘する。
「現在の高齢者世代は、“自分たちは子育てをしてきたのだから、子供が成人したら親の面倒を見て当たり前”と思っている人が多いです。しかし、1960年代と比較すると、現在は平均寿命が20才近く延びている。ましてや、平均寿命が80才を超えている現在、面倒を見る子供が60才以上というケースも珍しくありません。これでは、どんなに親に感謝の気持ちや愛情を持っていても、介護の長期化で疲れ果ててしまうでしょう」(遠藤さん)
日本の民法で規定される、家族の「相互扶助の原則」に負担を感じる人が増えていると、中央大学教授で家族社会学が専門の山田昌弘さんは言う。対して、欧米では老後のケアやその費用まで国が面倒を見ることが一般的だ。
「欧米では、日本のように親の扶養や介護を押し付けられることはまずありません。親も情緒的に子供に頼ることはあっても、あくまでも介護は、家族と切り分けて考える意識が根付いているのです。介護が重荷になっている日本や韓国などの東アジア諸国に比べると、現役世代にとっては負担が軽く、生きやすい社会だと思います」(山田さん)
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一方で、遠藤さんは「家族じまいを抵抗なくできる人ばかりではない」と続ける。
「本音はそうしたくないのだけれど、仕方なく……と迷われているかたがほとんどです。自分自身の生活も大変なのに、親が言うことを聞いてくれないとか、過去に受けた暴力や暴言がトラウマになっているなど、さまざまな事情でやむなく家族じまいという選択に至ったケースがほとんどなのです」
こうした社会現象を予見するかのように、2020年に『家族じまい』(集英社)を上梓した作家の桜木紫乃さんは、執筆に至った背景には、北海道出身の桜木さんの幼少期からの体験が影響していると語る。
「『家族じまい』には、私の周りによくある話ばかりを書きました。私自身、物心つく頃にはもう『長女だから親の面倒を見るのが当たり前』と聞かされていました。夫も『長男だから』と言われながら育ったと聞きます。
しかし、そう言っていた親の方も、親を捨ててきた親に同じことを言われていたわけです。核家族の歴史が長い北海道では老後の面倒を見る、見られるということにはお手本がありませんでしたし、加えての貧困となると問題は山積みだと、執筆しながら感じました」
家族と理想的な精神的距離を持ってつきあう
桜木さんが『家族じまい』を発表してから、読者から多くの反響があった。なかでも、血縁関係に大きなわだかまりを抱えている人が多いことも感じたという。「親を捨ててもいいですか」と真剣なまなざしで訴えてきた読者に、桜木さんは、「あなたの人生を消費しようとする人は、それは親ではないですよね」と応じたという。
反響の大きさに驚きつつも、家族じまいという言葉が、異なった意味で捉えられている点に戸惑いを感じることもあるという。
「『家族じまい』を書いた者としては、この言葉は決して『家族を捨てる』ことではないということを申し上げたいです。関係を放棄するのではなく、自分たちに合った精神的距離を持ってつきあうことが、理想の家族じまいではないでしょうか。
関係をきれいに畳んでしまっておけば、必要なときにまたきれいなかたちで広げられる、と思います」(桜木さん)
遠藤さんも、家族代行を通じて関係が悪化するのは本意ではないと考える。そこで、相談者に対してこう問いかけるようにしているという。
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「完全に親と離れたいのか、それとも、危篤になったり、息を引き取るときだけでも対面したいのか……といったあんばいに、相談者の思いを丁寧に汲み取るようにしています。仮に親が煩わしい存在であっても、いままで育ててくれたわけですから、心の底では感謝の気持ちは誰もが持っているはずです。だからこそ、最期ぐらいは『ありがとう』と言って別れるのもいいんじゃないかなと、提案しています」
家族じまいを実行して家族代行サービスの利用を考える人は増えているが、後悔しないためにも、感情的になって駆け込む前に、まずは一呼吸ついて周りに相談することから始めるのが理想だ。
「最初は子供たちの間で話し合って、解決策を探るべきでしょう。それでも解決できない場合に、私たちのような専門の業者のもとを訪れるのがいいと思います。当社では、初回相談が有償になりますが、3月から『家族じまいドットコム』という専門の部署を設けて対応する予定です」(遠藤さん)
遠藤さんは、親から離れて距離を置いてもらい、気持ちをフラットにすることも有益と説く。あえてそうすることで、親への感謝の気持ちが芽生え、関係が修復されることも珍しくないそうだ。
先が見えない混迷の時代のなか、親と上手に距離をとるにはどのようにすればいいのだろうか。桜木さんはこう指南する。
「荒んだ薄暗い気持ちで縁を切っても、その爽快感は長続きしません。人と縁を切るときは、からりと笑って離れるのが礼儀だと『家族じまい』の中に書きました。実際、親がわが子に教えられるのは“死に方”だけ。生き方は尊敬する他人様から学んでほしいと思っています」