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生と死の境界に触れる“臨死体験”は本当にあるのだろうか──。「ぼくは2回、臨死を経験しているんです」。神妙な面持ちで語るのは、テレビ番組のコメンテーターなどで活躍する国際弁護士の八代英輝さん。
高校生の頃、バイク事故の際に見たもの
裁判官を経て、現在は弁護士として活動する傍ら、テレビでは知的でクールな語り口が印象的だ。精悍な雰囲気がありながら2度も生と死の境目を“チラ見”したという。
最初の臨死体験は高校生の頃、バイクを運転中に車と正面衝突したときだった。
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「薄れゆく意識のなか、子供の頃からの思い出が走馬灯のように頭をよぎり、気がついたらピンクや黄色の鮮やかな花が咲くお花畑にいました。観賞用というより野原に咲くような色とりどりの花でした」(八代さん・以下同)
お花畑の先に川幅20~30mほどの川があり、その対岸に「受付」の机があったという。受付には川を渡って陸に上がった老若男女が列をなしていた。
「その受付で、“あなたはこっち、あなたはそっち”と行列に並ぶ人が振り分けられていました。川の手前にボートや船があり、そこから“早くこっちに来て”と呼ばれて、船に乗りかかろうとしたときに目が覚めました。意識が回復したのはバイク事故の現場でした」
心臓のカテーテル手術の最中、視界がブラックアウトし…
2度目の臨死体験は2000年に心臓のカテーテル手術を受けている最中だった。局所麻酔で意識がはっきりしていた八代さんは、手術台に横たわって心拍数を告げるモニターを見ていた。手術では人工的に不整脈を起こすために心臓に電気を流して脈拍を速くさせていたがなかなか発作が起こらず、心臓があり得ないほど速く動いていた。
心拍数の数値が250を超えたとき、ピーという音が聞こえ、「これはまずいんじゃないか」──そう思った途端、頭が支えられないほど重く感じ、左右からシャッターが閉じるように視界がブラックアウトした。
「次の瞬間、病院の天井から俯瞰している視界に切り替わって、手術台に横たわる自分や蘇生措置をする医師、異変を感じて手術室に駆け込もうとしている病院長や学長の姿などがすべて見えました。
その様子を眺めながら、まるで2つの場面を見ている感じで病院とは別の場所でふっと目覚めました」
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八代さんが目を覚ました場所──そこはまたしても「お花畑」だった。
「気がついたらお花畑に寝転んでいて、起き上がると穏やかな流れの川が見えて、その先に受付があって人が並んでいました。高校時代に経験したお花畑とまったく同じで、“あ、またここだ。来ちゃいけないところだ”と思いました(苦笑)」
花に囲まれながら過ごす片方では、手術室の様子を俯瞰していた。
「執刀医が必死に心肺蘇生をしてもなかなか心臓が動かず、“もう助からないんだな……”と死んでいく自分を見つつ、お花畑の世界では起き上がって動き始めた。2つの場面を同時進行で見ていた感じです」
その後、幸いにして手術台に横たわる生身の八代さんの心臓が動き始め、この世に生還した。
「意識が戻って手術室の外に目を向けると、窓越しに病院長や学長の姿が見えて、“俯瞰していたのと同じだ”と思いました。お花畑の記憶もありありと残っていて、“また戻ってきてよかった”とも感じました」
2度の臨死体験で学んだこと
生と死の境を2度見た八代さんが「臨死体験で学んだこと」を冷静に語る。
「事故でも手術でも死を迎えることは苦痛なので、脳内で苦痛を緩和するホルモンが分泌され、そのホルモンが子供の頃の思い出やお花畑などの幻影を見させていたのだと思います。川岸の受付で振り分けられる映像も、“死後の世界で救いを得たい”という願望がもたらすのでしょう。
ぼくはそのようにクリアに分析できたので、これ以上、死後の世界や心霊世界を極めようとは思いません。ただし、臨死の際にこの世に戻ろうと努力するか、もうここで受け入れようと思うかの違いは大きいはず。川を渡るか、渡らないかの決断は自分の力でできるのかもしれません」
三途の川を渡るか否かは、あなた次第ということだ。
【プロフィール】
八代英輝さん/国際弁護士。1964年、東京都生まれ。1988年、慶應義塾大学法学部卒業後、裁判官として札幌地方裁判所刑事部などを歴任。1997年に裁判官を退官し、弁護士に。2005年、八代国際法律事務所を開設。情報番組のコメンテーターとしても活躍中。
※女性セブン2025年2月20・27日号