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NHK Eテレのアニメ『アン・シャーリー』での“原作との違い”に『赤毛のアン』翻訳家が困惑 物語の根幹に関わる色の“改変”も

根幹にかかわる色の“改変”

そうしたアニメの顔ともいえるイメージビジュアルで原作との違いがあり、松本氏は不安を覚えたという。放送が始まると、心配は現実になった。

「アンは感受性が豊かで、感動すると胸の前で両手を握りしめるかわいらしい癖があり、大人になっても繰り返すアンを象徴するしぐさです。アンは、馬車でグリーン・ゲイブルズ(アンが暮らすことになる家の屋号)へ向かう道中、りんごの花の並木道に感動して両手を握り合わせますが、この大切なしぐさの初登場シーンがアニメの第1話にはなく、小説の愛読者はがっかりしました」

ほかにも物語の根幹にかかわる色の“改変”があるという。

「アニメでは、ダイアナが緑色の服を着ていますが、緑の服はアンの人生の記念碑的な服です。少女時代から地味な服を着ていたアンの初めてのイブニングドレスは、赤毛によく合う緑。家族の喪があけて初めて着る色物の服は緑。アンが求婚されて婚約するときの服も緑。小説ではその場面が感動的に描かれます。今回のアニメでは、このくだりまで映像化されますので、アンの人生の大切な服が何色になるのか、案じています。

ちなみに原作では、ダイアナが緑色の洋服を着る場面は一度もありません。

そもそも『赤毛のアン』はキリスト教小説で、アンという名前は、聖母マリアの母アンナの英語名です。アンナ(アン)は西洋の宗教画では、緑色のマントで描く習わしがあり、だから小説のアンは緑の服を着るのです」

『アン・シャーリー』でのアンの四角いトランク(公式インスタグラムより)
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日本で『赤毛のアン』は児童書のイメージがあるが、世界的には大人の文学として評価されているという。松本訳は、作中の英文学と聖書からの引用を世界で初めて解説した注釈付きで、松本氏はカナダのモンゴメリ学会で学術発表をしている。

松本氏はアンの「瞳の色」にも懸念を寄せる。村岡訳には《大きな目は、そのときの気分と光線のぐあいによって、緑色に見えたり灰色に見えたりした》とあるが、アニメでは、その目から緑色が消えている。

「『赤毛のアン・シリーズ』では、シェイクスピアの《緑色の目は嫉妬深い》というフレーズがあり、アンの目が緑色に光る描写もあります。アンの緑の目は、人物像を表すポイントの1つなのです」

ほかにも、アニメの冒頭でアンは革製と思われるトランクを持っているが、モンゴメリの原作では《みすぼらしく古風な絨毯地のカバン》、村岡訳は《みすぼらしい古ぼけた手さげかばん》で、孤児のアンが高価な革のトランクを持っているのは不自然だという原作愛読者からの指摘もあった。

1985年の映画『赤毛のアン』でアンが持ったかばんの現物。トロント公共図書館(松本氏撮影)
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原作ファン以外の視聴者には、松本氏の指摘は響かないかもしれない。松本氏はこう続ける。

「アニメが、原作の村岡訳と完全に一致しなくてもいいと思っていますし、省略やアレンジは当然です。今回の新作アニメは、映像美も音楽もすばらしいです。世界に配信されると、英語で小説を読んだ海外の人々も期待してご覧になります。だからこそ、小説の定番と西洋文化の基本を正しく表現していただけたらと思います。私は新作アニメの応援団です。傑作になることを期待して、僭越ながら研究者として感想を述べさせていただきました」

放送開始以降、原作との違いを指摘する声がネット上で上がっていることについてNHKに見解を聞いた。

「アニメ『アン・シャーリー』の製作委員会は、原作『赤毛のアン』の関係者などの監修を受けたうえで制作を行っていると承知していますが、本作品についてのさまざまなご意見は製作委員会と共有しています」(広報局)

全24話で放送予定の『アン・シャーリー』はまだ始まったばかり。原作ファンの声は届くのか。

※女性セブン2025年5月1日号