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【自分の財産をみすみす盗られたいの?】杉良太郎「721億円という過去最悪の被害額」を嘆く“終わらない”特殊詐欺との闘い

観客に訴えかける杉
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“大トリ”としてステージに登壇した歌手で俳優の杉良太郎は、背筋をしゃんと伸ばしたスーツ姿で、時折ユーモアを交えながらも、深刻な現状を切実に語った。

「特殊詐欺って生やさしいもんじゃない! そのだましのテクニックは役者以上なんだから。誰も書けないような(うまい)脚本を作ってダマしてくるんですよ。それなのに、みんな『私は大丈夫、大丈夫』って、呑気なことを言うんです。本当に自分の財産をみすみす盗られたいの? 私は警察庁特別防犯対策監として、そうならないためにこの寄席を開いて、さっき皆さんにお渡しした国際電話利用休止の申込書に『サインをして』と言いに来たんです」

桜の花びらもすっかり散り終えた4月中旬。杉は、東京・日本製鉄紀尾井小ホールで「第四回 杉友(さんゆう)寄席」を開催した。2023年から「落語を通して社会をよくしよう」という理念のもと、約41年ぶりに復活させた、杉が席亭を務める落語会だ。第1回は「特殊詐欺対策」、第2回は「健康づくり」、第3回は「防災」と、それぞれのテーマを掲げて催してきた。そして、今回は原点に立ち返りつつ、相も変わらず被害が増え続ける「特殊詐欺被害」に対する新たな有効策を啓発しようと、「国際電話利用休止の申し込み」を勧める目的で催した。

アイ・アム・ソーリー

まずは、妻で演歌歌手の伍代夏子が、落語家の吉原朝馬、特別ゲストのAKB48の伊藤百花と三人で、警察庁特別防犯支援官として登壇した。一見、場違いなゲストに思われた21才のアイドル伊藤も、「私は落語家のワークショップで習って、自分でやったこともあるんです」と落語好きをアピール。朝馬から「そういうあざといヨイショは効かないよ。じゃあ、試しにお題を1つ。『世の中が物価高で、国民が音(値)を上げていますが、国はどうしますか?』」と問われると、

「石破茂内閣総理大臣が国民に謝りました。アイ・アム・ソーリー(総理)」

と見事に切り替えし、観客席から「お見事」と拍手が巻き起こった。

伊藤と同じ警察庁の礼服姿で現れた伍代は、「SOS47の伍代夏子です」とキュートに自己紹介。警察庁と対策監を務める杉が主導する特殊詐欺防止活動「(S)ストップ(O)オレオレ(S)詐欺47(全47都道府県)」の略称を携えて、観客たちに優しく諭した。

「かなり前からオレオレ詐欺なんて誰にでも知られているのに、2024年の特殊詐欺の被害額は、過去最悪の721億円以上。1日あたり約2億円もだまし取られているんですよ。そして、その多くは犯人からの電話でだまされているんです。しかも、その電話の6割は海外からの国際電話なんです。

これまで、ご高齢者には『おひとりでいるときにかかってくる電話には出ないことが一番』とお伝えしてきましたが、日本人って居留守をすることに申し訳なさを感じて、つい電話に出ちゃうんです。ならばいっそ、最初から国際電話だけかかってこないように、止めてしまえばいいんです」

「オレオレ詐欺には気を付けて」との、ステレオタイプの注意喚起だと思っていた観客たちは、伍代からの提案にどよめいた。

「海外から電話がかかってくる用事がない方々は、今日ここで止めてしまいましょう。そうしたらかなりの数の特殊詐欺を未然に防げます。お渡しした利用休止申込書にお名前と住所と電話番号を記入、サインして提出するだけです」(伍代)

そう丁寧に説明されると、観客たちはペンをスラスラと走らせた。約250人の観客の大半が、この日で国際電話の停止を実行したという。

左から伊藤、伍代、吉原
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私は実力行使をしております

寄席では、二ツ目の桃月庵こはく、9月に真打昇進が内定している金原亭馬久、芸歴43年の橘家圓太郎、女性音曲師の柳家小春、そして、警察庁特別防犯支援官でもある吉原朝馬がトリで高座に上がった。最後の締めのあいさつは、冒頭のように席亭の杉が務めた。

杉の啓発活動は、この日の寄席だけにとどまらない。翌日は、さらなる“草の根活動”に精を出すと明かした。

「いつも対策や啓発をしているんですが『皆さん特殊詐欺に気を付けてくださいね』という、そんな言葉だけじゃ、最近はもう誰も聞いてくれないんです。だから、私は実力行使をしております。明日は、神奈川県横須賀南警察署管内の住宅を戸別訪問いたします」

大ベテランの杉が、自ら高齢者たちの自宅をアポなしの戸別訪問で回り、特殊詐欺対策を呼び掛ける。そんな驚きの事実を聞かされた観客たちは、思わず「えぇ~っ!」と、声を上げた。

「戸別訪問ってのは、並大抵のものじゃないんですよ。私がピンポンを押して、突然に現れるもんだから、『本物が我が家に来るわけない』って感じで、誰も信じてくれやしない」

そんな反応に説明を尽くして本物だと理解してもらえても、今度は「サインを50枚ぐらい頼まれちゃう。それに、特殊詐欺に気を付けてって呼び掛けると、逆に私こそが詐欺師じゃないかって怪しまれちゃうこともある。大変な活動ですよ」と、杉は冗談とも本音ともいえない口調で、とうとうと語った。

誰かがやらなきゃ

ただ、65年前。まだ歌手デビュー前の修業時代の15才のときに、盲目の歌謡学院の先生に刑務所への慰問に誘われてから、65年間も福祉活動に従事してきた。そんな杉にとっては、4年連続で特殊詐欺被害件数が増え続けて、一向に終わりが見えない深刻な社会問題を放っておくことはできない。

「私だって、好き好んで人に変な目で見られながら戸別訪問なんてしたくはないですよ。でも、誰かがやらなきゃ。今は厚労省と警察庁の対策・啓発活動をしているけど、ほかにも法務省の活動とか、まだまだ伝えなきゃいけないことがたくさんある。だから、この啓発を促す寄席も、また次の第五回もやります」(杉)

こぶしを力強く握って、そう意気込んだ。

翌日の戸別訪問では、強い風が吹く中、民家34軒と集会場を回り、36件の申込みがあった。

今年の杉は、2月に公開したアニメ映画『親鸞 人生の目的』の主人公・親鸞役で、人生初の声優も経験した。

人はなぜ生きるのか──そんな人間の根源的な問いの答えを追い求めた親鸞上人を演じた杉は、傘寿にたどり着いた今も、同様の大きなテーマを携えて、日本国民のためにと、今後も汗を流し続ける。

圧巻の話術で落語家以上に会場を盛り上げた杉
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21才ながら落語にも詳しいAKB48の伊藤
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会場では多くの観客が申込書を書いた
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落語を通じて特殊詐欺の防止も訴える杉友寄席は「第五回」へと続く
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