
「特殊詐欺と聞くと、息子になりすます“オレオレ詐欺”を思い浮かべて、皆さん『自分は引っかからないから大丈夫』と言うんです。でも、“オレだよ、オレ”と電話がかかってくる単純な手口は相当昔のもの。お年寄りが主に騙されるという認識も古い。
現代の特殊詐欺は、流出した個人情報を巧みに扱って、逃げ場のないところまで攻めてくる。年齢にかかわらず、全国民がターゲットになっているんです」
厳しい表情で警鐘を鳴らすのは、警察庁特別防犯対策監を務める杉良太郎。2018年に国家公安委員会委員長より委嘱され、これまで全国155か所の警察本部、署を訪問し、職員との意見交換や地域の戸別訪問等を続けている。また、警察庁にプロジェクトチーム「ストップ・オレオレ詐欺47~家族の絆作戦~」(SOS47)を立ち上げ、そのリーダーも務める。チームの1人で特別防犯支援官を務める妻の伍代夏子らと共に“特殊詐欺撲滅”を掲げて地道な対策、広報啓発活動を重ねてきた。今夏にはピアニストの芥川怜子、吟詠家で尺八演奏家の前田健志がプロジェクトチームへ加わり、7月24日に東京都内で特別防犯支援官任命式が行われた。
警察庁によると、昨年令和6年中の特殊詐欺の被害は約2万1000件。その被害額は約718億円にのぼり、前年より6割も増加している。杉は「肌感覚としては、今年の上半期はさらに状況が悪化している」と予測。その背景には常に形を変え、複雑化、巧妙化する詐欺の手口がある。
「SNS型投資ロマンス詐欺」の被害が依然として深刻な状況に加え、昨年後半くらいから主流になっているのが、「逮捕状詐欺」。警察官を騙り「あなたの口座が犯罪に利用されている」「あなたに逮捕状が出ています」などと脅し、預金をだまし取る最新の詐欺だ。国際電話を経由して接触し、SNSを通じて“逮捕状”を送りつけてくるケースが多い。『SOS47』新メンバーの芥川も今年5月にその被害に遭い、数百万円を失ってしまったという。任命式の後に杉との対談で、自らの経験を明かした。
始まりは、スマホにかかってきた1本の電話だった。“三重県警捜査2課”の刑事を名乗る男から、マネーロンダリングに加担した疑いがあると告げられた。
「身に覚えのないことですし、最初は疑いの気持ちもありました。でも、住所や氏名、本籍地など、公表していない情報を次々と並べられて、“ここまで知っているのは本当に警察なのかな”と思ってしまったんです。昨年に実際起きた、巨額マネーロンダリング事件を持ち出されたことにも惑わされて……。一度電話を切って母に相談したんですが、母も“怪しいけれど、そこまで個人情報を把握しているなら本物かもしれない”と」(芥川)

犯人側は、芥川の親族が元検察官であることまで把握していた。そのうえで「ご親族に迷惑をかけたくないのなら、今すぐ、身の潔白を証明しましょう」などと焚き付けられ、芥川は「その言葉を言われた瞬間に“一刻も早く対応しなくては”と、正義感で突き進んでしまった」と振り返る。
電話の相手が入れ替わることにも惑わされた。登場人物は計4人。3番手の“大阪府警捜査2課のコンドウ”を名乗る女から預金額を聞き出され、SNS経由で逮捕状などが送られてきた。LINEで逮捕状が届いても違和感がなかったのは、その前段階で届いた「守秘義務命令書」が非常に綿密な内容ですでに“洗脳”されていたからだと分析する。ちなみに「守秘義務命令書」なる書類は、存在しない。警察がLINEで事情聴取をしたり、逮捕状を見せたりすることも、実際には絶対に行われない。
さらに“検事のカミヤ”と名乗る男から、「あなたの口座で犯罪が行われていることが確認されている。このことを口外すれば4~5年の懲役刑にあたる重罪だ」と暗に警察に相談することを禁じた。カミヤは犯罪の関与を金融庁で調査するため、芥川の預金を1つの口座にまとめて全額送ることを要求。身の潔白が証明されれば全額返金されるという言葉に安心もして、カミヤに指示されるがまま、振込に応じてしまったという。
お金の話が出た時に疑わなかったかと杉から問われると、「お金の話になったのは最後のほうで、その時にはすでに操られていて……」と、芥川は唇をかんだ。
「詐欺団は催眠術にかけるような巧みな語り口調で、相手に反論させないような訓練をされている。役者は芝居をしようとするから見透かされてしまうけれど、詐欺団は“ナマ”のしゃべりだから、芝居じみたわざとらしさが感じられないんですよ」
杉の言葉に芥川も、「捜査に協力的だとコロッと態度を軟化させるなど、温度感が変わるのが伝わってくる。それこそ演技じゃないというか、親身になってくれているように錯覚してしまうんです」と、頷いた。
「詐欺団は“どうして、そんなことまで知っているの?”と驚く情報まで握っている。お母さんも疑わなかったというところが、個人情報の力なのでしょう。それを盾に“あなたの人生のストーリーを知っています”と言われたら、信じてしまいますよ。悪意を見極める判断力が鈍ってしまう。だからこそ、知らない人から電話がかかってきてお金の話が出たら即『詐欺だ』と判断することが大事なんです。
まず、知らない番号には出ない。詐欺だとわかったら、すぐ電話を切る。ウチの固定電話にもかかってきますが、『もうかけてこないで』と言って切っています。詐欺団も次から次へ電話しなきゃいけないので忙しいから、かけ直してくることは滅多にないですよ。特殊詐欺は7割以上が国際電話からですから、国際電話がかかってこないように手続きをすることです。留守電や防犯機能付きの電話機も有効です。国民ひとりひとりが“明日は我が身”と自覚をもって、しっかり対策をしてほしいと願います」(杉)

芥川の財産は入金直後にネットバンキングからすべて海外へ送金されて、消えた。容疑者は未だ捕まっておらず、海外に逃亡中とみられる。折しも前日には、海外を拠点とした指示役“ルフィ”ら特殊詐欺グループによる広域強盗事件で、幹部の男に対して、東京地裁で懲役20年(求刑・懲役23年)の判決が言い渡された。
杉は「だまされて財産を失えば、生きていく夢も希望もすべて断ち切られる。だまされた自分を赦せず、責め続ける。特殊詐欺によって、どれだけの人が人生を台無しにされたか。犯罪者は無期懲役でもいいくらい、非常に重い刑罰が科せられるべきだと考えている」と訴えた。
特殊詐欺は決して、赦されない――。杉が漏らした“本音”に、卑劣な詐欺犯罪を必ず根絶するという、揺るぎない信念と闘志が灯っていた。




