
戦後80年となった今年、1945年に比べると私たちの寿命は驚くほど長くなった。100才まで生きることはそう難しいことではなくなっている。ただし、100才まで生きることが本当に幸せなことなのか。自分の足で歩いて、元気な100才を迎えるには「寝たきり」の境界線をどう越えるかにかかっている。【全3回の第1回】
人生100年時代のいま、改めてピンピンコロリが注目されている。日本人の最新の平均寿命(厚労省、2024年)は男性81.09才、女性87.13才。女性は40年連続で世界1位を記録し、男性はスウェーデンやスイスなどに次ぐ6位だった。
一方、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」を示す「健康寿命」(厚労省、2022年)は男性72.57才、女性75.45才。平均寿命と健康寿命には男性9年、女性は12年ほどの差がある。
ピンピンコロリを達成するには、この差を縮めることが何より大切だが、それを阻むのが「寝たきり」だ。寝たきりになると活動範囲が狭くなり生活の質(QOL)が下がり、それまでの日常が一変する。健康長寿を遠ざける寝たきりになる人と、ならない人の間には、どんな境界線があるのか──。
「骨折」「脳卒中」「認知症」など寝たきりのきっかけを加速させるのがフレイル
まず知っておきたいのは日本が世界屈指の「寝たきり大国」であることだ。厚労省の介護保険事業状況報告(2020年)によると、施設に入所する寝たきりの老人は300万人以上に達すると推計される。自宅や病院などを含めるとその数はさらに増え、日本の寝たきり老人は“世界一の数”と結論づけられた。日本が寝たきり大国である理由について、医師で作家の鎌田實さんは、「キーワードはフレイルです」と指摘する。
「フレイルは、筋肉の衰えにより心身の働きが弱くなった『虚弱』の状態です。高齢化に伴うさまざまな病気にフレイルが加わると病気の悪化や心身の虚弱化がさらに進行し、身の回りのことが自分でできなくなり寝たきりになりやすい。海外に比べて日本の寝たきり人口が多いのは、フレイルの多さがいちばんの原因です」
なぜ日本人には寝たきりの要因となるフレイルが多いのか。
「主たる理由が食事で、日本人は筋肉の材料になるたんぱく質の摂取量が少ない。さらに中年期以降の運動習慣が少ないこともあげられます。特に女性は運動習慣がない人が多いので筋肉量が少なく、フレイルそのもので介護保険の世話になったり、フレイルと脳卒中や認知症などが合わさって立ち直れなくなるケースが目立ちます」(鎌田さん)
フレイルが寝たきりのリスクを加速度的に高めることは間違いないが、寝たきりになる最初のきっかけは人それぞれでもある。国際医療福祉大学医学部教授(リハビリテーション医学)の角田亘さんは、大きく分けて「骨折」「筋力の衰え」「脳卒中」「認知症」という4つのきっかけがあると分析する。

「まず骨折は大腿骨の骨折と腰椎圧迫骨折が多く、歩けなくなって寝たきりになるパターンです。その背景には、骨粗しょう症で骨が脆くなったり、フレイルの進行で筋肉量が減っていたりするケースがあります」
『親を寝たきり・要介護にしないたった6つのこと』の著者で、二本松眼科病院副院長、医学博士でもある平松類さんは、骨折のなかでも「大腿骨頸部骨折に注意」と呼びかける。
「大腿骨頸部は大腿骨の付け根です。ここが折れると松葉杖での歩行も困難になり、人工関節に置き換えるなどの手術が必要です。さらに1か月〜数か月に及ぶリハビリが欠かせず、満足に歩けないうちにほかの筋肉がどんどん衰えてしまい、頑張って大腿骨頸部を治しても歩行困難のため寝たきりになる。こうしたケースが多くみられます」
2番目の「筋力の衰え」は加齢によって起きる足腰の筋力低下や筋萎縮がメイン。筋力が衰えると先述したフレイルや、転倒による骨折にもつながりやすい。残る寝たきりのきっかけは「脳卒中」と「認知症」。
「脳血管が詰まる脳梗塞や脳血管が破れる脳出血など、脳血管に障害が起こる病気の総称が脳卒中です。脳卒中になると手足を動かすことができなくなる片麻痺が生じて、寝たきりにならざるを得ないケースがあります。認知症では身体活動量が減っていくため、足腰が弱って寝たきりになりやすい」(角田さん)
4つの寝たきりのきっかけに平松さんは、「衰弱」を付け加える。
「年齢を重ねると特に病気やけががなくても、どうしても自然と心身の機能が衰えていきます。そもそも日本人に寝たきりが多いのは、平均寿命が延びて高齢者が増加したことも大きな要因です。ただし日頃から生活習慣に気をつけて健康のベースとなる機能を維持しておけば、年齢を重ねても寝たきりになることを回避し、平均寿命と健康寿命の差を縮めることができるのです」(平松さん)
(第2回へ続く)
※女性セブン2025年9月11日号