
年齢を重ねれば当然、体力や認知機能などは衰えていくものだが、その老化の速度にはターニングポイントがあるという。それはずばり60才。元気で生きられるか、衰えていくばかりか──「老化の壁」を乗り越えるヒントを探る。【前後編の後編。前編から読む】
「転倒は最も避けたい老化現象」
40代から下肢の筋肉量が1年に1%ずつ落ちていく──そんな研究成果を発表したのは、『筋トレスイッチ:するかしないかが人生の分かれ道』の著者で筑波大学教授の久野譜也さんだ。
「60代になると、20代と比較して下肢の筋肉量が40%近く減少します。するとサンダルやスリッパをはいたときに突っかかったり、段差につまずきやすくなったりして転倒リスクが増し、骨折から寝たきりに至りやすい。特に閉経後の女性は骨が非常にもろく、転倒骨折から要介護・要支援になる割合が男性よりも3倍以上高くなります。だからこそ、転ばないようにすることが非常に大切です」
熊本リハビリテーション病院サルコペニア・低栄養研究センター長の吉村芳弘さんも「転倒は最も避けたい老化現象」と語る。
「転倒は要介護に至る王道のルートです。実際に転んだ場合はもちろんですが、転ぶ不安感があるだけで外出が億劫になり、人とのつながりが減って認知機能の低下やうつを招く危険性が高まります」
老後最大のリスクである「転倒・骨折・寝たきり」を避けるために取り組みたいのが「筋トレ」である。
「筋肉はいくつになっても鍛えられるという特徴があり、科学的には90代でも筋肉量を増やせます。筋トレをして筋肉量を増やすことが転倒を防ぎ、ひいては要介護を予防することにつながります」(久野さん・以下同)

筋トレのポイントは「大きな筋肉」を鍛えること。
「大きな筋肉は日常動作で重要な役割を果たす半面、衰えるのが早い。なので、大きな筋肉ベスト3である太もも前側の大腿四頭筋、お尻の大殿筋、太もも裏側のハムストリングを重点的に鍛えましょう。最も簡単で効果的なのはやはりスクワットです」
一方、ウォーキングやランニングといった有酸素運動は転倒予防にはつながらないという。
「筋肉量の低下を抑制したり、減った筋肉を増やすことには有酸素運動の効果はゼロで、いくら歩いても走っても転倒予防に有効ではありません。

ただし、有酸素運動は寝たきりにつながる動脈硬化を抑える効果が高く、筋トレとセットで行うと寝たきり予防につながります」
函館稜北病院総合診療科の舛森悠さんがおすすめするのは太極拳だ。公園などで楽しんでいる人も多い。
「ゆっくりとした円運動が体の深層部にあるインナーマッスルと平衡感覚を司る脳の前庭系を同時に鍛えます。複数の研究を統合した分析によると、週3回の太極拳を12週間続けると転倒リスクが約2割減少してバランス能力が大幅に向上しました。
さらに変形性膝関節症の痛みを和らげて、抑うつ気分を改善する効果も示されました」(舛森さん)

いのくちファミリークリニック院長の遠藤英俊さんが実践するのは水泳だ。
「体形維持と血圧コントロールを目的に水泳を行っています。60代で定年になると運動不足になりがちなので、水泳に限らずスポーツジムに通うことがおすすめです。最近は高齢者に散歩用の犬を貸し出すNPOもあるそうなので、犬好きなら利用してみては」
残念ながら運動の効果は貯金することができず、3か月かけて筋肉や体力を鍛えても、3か月休むと元に戻ってしまうので、継続が何より重要になる。
そのために求められるのが「仲間をつくる」ことだ。
「たとえばウォーキングをする場合でもひとりで黙々と歩いていると、天気が少し悪くなったらやめてしまいがちです。
でも誰かと一緒に歩くとがんばろうと励まし合って長く続けられます。近所の友人や地域のサークルなど、一緒に運動できる仲間をつくることが長続きのコツです」(吉村さん)