健康・医療

老後最大のリスク「転倒・骨折・寝たきり」を避けるための筋トレ、ポイントは“大きな筋肉”を鍛えること 脳は常に新しいことを生活に取り入れて活性化 

寝たきりを避けるための取り組みがある(写真/PIXTA)
写真8枚

年齢を重ねれば当然、体力や認知機能などは衰えていくものだが、その老化の速度にはターニングポイントがあるという。それはずばり60才。元気で生きられるか、衰えていくばかりか──「老化の壁」を乗り越えるヒントを探る。【前後編の後編。前編から読む

「転倒は最も避けたい老化現象」

40代から下肢の筋肉量が1年に1%ずつ落ちていく──そんな研究成果を発表したのは、『筋トレスイッチ:するかしないかが人生の分かれ道』の著者で筑波大学教授の久野譜也さんだ。

「60代になると、20代と比較して下肢の筋肉量が40%近く減少します。するとサンダルやスリッパをはいたときに突っかかったり、段差につまずきやすくなったりして転倒リスクが増し、骨折から寝たきりに至りやすい。特に閉経後の女性は骨が非常にもろく、転倒骨折から要介護・要支援になる割合が男性よりも3倍以上高くなります。だからこそ、転ばないようにすることが非常に大切です」

熊本リハビリテーション病院サルコペニア・低栄養研究センター長の吉村芳弘さんも「転倒は最も避けたい老化現象」と語る。

「転倒は要介護に至る王道のルートです。実際に転んだ場合はもちろんですが、転ぶ不安感があるだけで外出が億劫になり、人とのつながりが減って認知機能の低下やうつを招く危険性が高まります」

老後最大のリスクである「転倒・骨折・寝たきり」を避けるために取り組みたいのが「筋トレ」である。

「筋肉はいくつになっても鍛えられるという特徴があり、科学的には90代でも筋肉量を増やせます。筋トレをして筋肉量を増やすことが転倒を防ぎ、ひいては要介護を予防することにつながります」(久野さん・以下同)

いすを使ったスクワット
写真8枚

筋トレのポイントは「大きな筋肉」を鍛えること。

「大きな筋肉は日常動作で重要な役割を果たす半面、衰えるのが早い。なので、大きな筋肉ベスト3である太もも前側の大腿四頭筋、お尻の大殿筋、太もも裏側のハムストリングを重点的に鍛えましょう。最も簡単で効果的なのはやはりスクワットです」

一方、ウォーキングやランニングといった有酸素運動は転倒予防にはつながらないという。

「筋肉量の低下を抑制したり、減った筋肉を増やすことには有酸素運動の効果はゼロで、いくら歩いても走っても転倒予防に有効ではありません。

いすを使わないスクワット
写真8枚

ただし、有酸素運動は寝たきりにつながる動脈硬化を抑える効果が高く、筋トレとセットで行うと寝たきり予防につながります」

函館稜北病院総合診療科の舛森悠さんがおすすめするのは太極拳だ。公園などで楽しんでいる人も多い。

「ゆっくりとした円運動が体の深層部にあるインナーマッスルと平衡感覚を司る脳の前庭系を同時に鍛えます。複数の研究を統合した分析によると、週3回の太極拳を12週間続けると転倒リスクが約2割減少してバランス能力が大幅に向上しました。

さらに変形性膝関節症の痛みを和らげて、抑うつ気分を改善する効果も示されました」(舛森さん)

太極拳でインナーマッスルと脳の前庭系を鍛えたい(写真/PIXTA)
写真8枚

いのくちファミリークリニック院長の遠藤英俊さんが実践するのは水泳だ。

「体形維持と血圧コントロールを目的に水泳を行っています。60代で定年になると運動不足になりがちなので、水泳に限らずスポーツジムに通うことがおすすめです。最近は高齢者に散歩用の犬を貸し出すNPOもあるそうなので、犬好きなら利用してみては」

残念ながら運動の効果は貯金することができず、3か月かけて筋肉や体力を鍛えても、3か月休むと元に戻ってしまうので、継続が何より重要になる。

そのために求められるのが「仲間をつくる」ことだ。

「たとえばウォーキングをする場合でもひとりで黙々と歩いていると、天気が少し悪くなったらやめてしまいがちです。

でも誰かと一緒に歩くとがんばろうと励まし合って長く続けられます。近所の友人や地域のサークルなど、一緒に運動できる仲間をつくることが長続きのコツです」(吉村さん)

新しいことにチャレンジし脳を活性化

年齢を重ねると、「知能」も衰えていく。管理栄養士・日本抗加齢医学会指導士の森由香子さんが指摘する。

「加齢の影響で記憶力を司る脳の海馬が萎縮すると短期記憶が低下して人の名前が覚えられなくなったり、注意力が低下したり散漫になったりします。また高血圧症、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病が脳の血管の動脈硬化を進めて、脳血管性認知症を発症するリスクもあります」

また60才前後になると、認知症の前段階であり、認知機能が低下するが日常生活に大きな支障はない「軽度認知機能障害(MCI)」を発症するリスクも生じる。

もの忘れが続くと心理的にも不安になるが、過度に心配する必要はない。

「脳は何才からでも活性化できる臓器です」

そう語るのは吉村さんだ。

「60才以上の知的活動のポイントは新しい情報を常に脳に取り込んで、考えることをさぼらないこと。たまには別の道を散歩したり、いままでやってなかった趣味にチャレンジしたりするなど、常に新しいことを生活に取り入れれば脳を活性化できます」(吉村さん)

友人と趣味を楽しんだり、おしゃれをして出かけると老化を遅らせる(写真/PIXTA)
写真8枚

森さんは社会的な交流の大切さを説く。

「友人との食事会や地域の趣味のサークルなどに参加して人と会って話をすると、会話内容の短期記憶や話したいことの論理構築、相手の表情や声色から感情を予測する推察力など、脳機能を多面的に訓練することができます。脳は使うほどに活性化するので、どんどん使いましょう」

前述したように仲間と交流しながら運動をすれば、体力と知能を同時に鍛えられて相乗効果が生まれる。

吉村さんは脳を刺激するために、手・口・目を動かすこともすすめる。

「手先や口は大脳の司令塔の敏感なセンサーであり、これらを活性化しておくと脳が刺激されて活力が高まります。料理をしたり、楽器を演奏したり、おしゃべりすることでいいので、脳の司令塔が司る器官をしっかり使うことが脳の老化の壁を突破する秘訣です」

普段から字を書いたり、手を動かして数独などの脳トレを習慣にすることも効果的だ。

以上のように積極的に脳を使ったら、忘れずに充分な休息をとりたい。

「脳は眠っている間に脳内を掃除して不要なゴミを除去します。なので、質が高い睡眠をしっかりとることが極めて大切。寝る前はスマホを避けて穏やかな音楽を聴くなどして、朝はしっかりと日光を浴びて体内時計をリセットしてほしい」(吉村さん)

病気、食事、運動、知能……60才からは、ほかにどんな障壁があるのか。舛森さんは「口腔環境」と「聴覚」の壁を指摘する。

「認知機能と口腔環境、聴覚は密接につながっています。しっかり噛むことは脳への刺激になり、誤嚥性肺炎のリスクを半減させるとされるので、半年に1回の歯科検診とプロによるクリーニングが求められます。また難聴になると認知症のリスクが約1.9倍になるので、聞こえないのを年齢のせいにして放置せず、不安があれば早めに専門医に相談して補聴器の利用を前向きに検討して。人との会話を楽しむことは最高の脳トレです」(舛森さん)

年をとると鏡で自分の衰えた姿を見ることが嫌になりがち。だが吉村さんは年齢を重ねるほど「見た目」を気にしてほしいと話す。

「見た目の老化はある程度避けられませんが、ため息をついて諦めるのではなく、上手に見た目とつきあうことが大切です。例えば鏡を見て新しいしわを見つけたら、新しいスキンケア商品を試してみるきっかけと思えば前向きになれます。たまには派手な服を着ておしゃれを楽しんだり、姿勢が猫背だったら背筋を伸ばすことを意識するなど、社会的に孤立せず前を向いて生きられるよう“若作り”を心がけてほしい」

遠藤さんも「最も突破すべきは意識の壁です」と語る。

「いちばん避けるべきは自分で“年齢の壁”を設定してしまうことです。目標を見つけて、やりたいことをやろうと行動していると、老いが遅れて元気でいられます。それが老化を遅らせるうえで大事な根底だと思います」

高齢者専門の精神科医として6000人以上を診察してきた和田秀樹さんも「60才からできることをやることが大事」とアドバイスする。

「60才は“高齢者の新人”のようなものです。まだ若くて体力も柔軟性もある60代のうちから、老化に対抗していくことが健康長寿につながります。体の老化に加えて恐ろしいのが『心の老化』なので、体が動くうちにいろいろなことにチャレンジしてほしい。

ただし、70才や80才にも壁はあるので、60才の壁を乗り越えようと無理しすぎないようにしましょう」

60才は心と体、環境が激変するターニングポイントであり、第二の人生がスタートする絶好機でもある。

老化の壁を嘆くのではなく、この壁を乗り越えれば健康な老後が待っているという希望を抱いて、前を向いて歩いていこう。

「筋活」効果自己チェック表
写真8枚
年齢別高血圧患者数
写真8枚
年齢別全がん罹患者数
写真8枚

(前編から読む)

※女性セブン2025年8月14日号

関連キーワード