健康・医療

《「寝たきり老後」を封じるための備え》“老化の曲がり角”の44才から「貯筋」をすることが肝心 「口腔機能」を維持することも重要

寝たきりにならないために心がけることとは(写真/PIXTA)
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日本人の寿命は年々伸び、100才まで生きることはそう難しいことではなくなっている。ただし、100才まで生きることが本当に幸せなことなのか。自分の足で歩いて、元気な100才を迎えるには「寝たきり」の境界線をどう越えるかにかかっている。寝たきりにならないために、どんなことを心がければ良いのか。【全3回の第2回】

寝たきり予防は44才の“老化の曲がり角”から「貯筋」をしておくことが肝心

寝たきりを封じるために心がけたいのが、病気のリスクを減らして、骨を強化して骨折を防ぐことだ。だがその備えを「高齢者」になってから始めるのは、手遅れかもしれない。国際医療福祉大学医学部教授(リハビリテーション医学)の角田亘さんはこう説明する。

「筋肉が衰えたり骨が脆くなったりするのは、早い人だと50才前後から始まります。脳卒中や認知症の原因となる動脈硬化も同様で、50代になったら運動や食事の面で寝たきり対策を始めるべきです」(角田さん)

医師で作家の鎌田實さんは「老化の最初の兆しが現れるのは44才です」と指摘する。

「米スタンフォード大学は2024年に発表した研究報告で、老化がぐんと進むのは44才と60才と結論づけました。特に女性はこの年代になるとホルモンバランスが大きく変化し、皮膚のたるみやしわが現れ、筋肉と脂質とアルコール代謝が低下し、いわゆる“老化の曲がり角”が始まります。寝たきり予防を見据えた健康づくりは、この曲がり角である44才前後から意識してほしい」

具体的に気をつけるべき生活習慣は運動と食事だ。40代以降に運動習慣があるかどうかは寝たきりへの分かれ道となる。二本松眼科病院副院長、医学博士でもある平松類さんは、貯金ならぬ「貯筋」が肝心だと語る。

寝たきりを予防する「つま先立ち」
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「高齢になると減ってしまう筋肉をできるだけためておく“貯筋”が肝心です。そのためには40〜50代のうちから運動習慣を持ち、エスカレーターに乗らずに階段を使う、一駅分は歩くといった運動習慣を身につけておきましょう」

40才を超えるとサルコペニアといわれる、加齢などによって筋肉量が減少する傾向にあり、筋肉量は毎年1%ずつ減るといわれる。それを補う運動をする際は「下半身」と「関節」に気をつけたい。

「寝たきりになるかどうかは結局下半身で決まり、大胸筋がムキムキでもあまり意味がありません。要は筋肉量が多く、骨折すると寝たきりに直結する下半身を重点的に鍛えることが大切なのです。

ただし、関節が弱い人が下半身をトレーニングすると負担が大きくなり調子が悪くなる人がいるので、もともと関節が弱い人は水中ウオーキングなど負荷が少ない運動習慣を心がけてほしい。少しでも違和感が生じたら、早めに整形外科を受診してください」(平松さん)

ウオーキングなどの有酸素運動やスクワットなどの筋力トレーニングを習慣にすることが理想だが、「運動は嫌い」という人は、さしあたり「頭と体を動かす」ことを意識したい。

「自分の意思で目標や趣味を見つけて、頭と体を動かし続けることは骨折だけでなく、脳卒中や認知症の予防にもつながります。60才頃は定年退職や子育ての終わりなどで活動性が一気に下がりがちなので、よりアクティブに活動を続けることを心がけてほしい」(角田さん・以下同)

食事面ではおなじみの栄養素が重要になる。特に、たんぱく質の摂取量が寝たきりに克つ体をつくれるかどうかを決める。

たんぱく質をしっかり摂れる食事が理想(写真/PIXTA)
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「筋力低下を防ぐには、肉や魚介、大豆などたんぱく質を多く含む食品を食べること。さらにまぐろの赤身やかつおといった分岐鎖アミノ酸を含む食品を食べると筋肉がつくられやすい。また、骨を強化するには乳製品や小魚などに多く含まれるカルシウム、鮭やいわし、きのこ類などに多く含まれるビタミンDが欠かせません」

寝たきりを招く脳卒中を防ぐには、「塩分」の摂取量にも気を配りたい。

「日本の食生活は伝統的に塩分が多いことも、動脈硬化が進んで脳卒中から寝たきりに至る要因です。しかも高齢になると塩味に対する味覚が落ち、塩分過多になりやすいので要警戒です。

また、食べすぎでメタボになると動脈硬化が進んで脳卒中を起こしやすくなるので気をつけたい半面、食が細くなってやせてしまうと筋力低下でフレイルになるリスクが高まる。筋力を上げる食品をなるべく摂取し、運動習慣を組み合わせて“貯筋”に励むことが大切です」(平松さん)

なぜ口腔環境が寝たきりに直結するのか

近年、寝たきりとの関連が注目されているのが「口腔機能」だ。「人間がヨボヨボになる最初の一歩は、“口”の衰えから始まります」と語るのは、幸町歯科口腔外科医院院長の宮本日出さん。

「話す、食べる、飲み込むといった口腔機能が低下した人は、低下していない人と比べて2年後の寝たきりリスクが4.1倍、4年後の死亡リスクが2.1倍という調査結果がありました。つまり、口腔機能の衰えを放置すると寝たきりになりやすく、健康寿命が縮まって命を危険にさらすのです」(宮本さん・以下同)

なぜ口腔環境が寝たきりに直結するのか。それは口の状態がさまざまな面で全身の健康を左右するからだ。

「まず飲み込む力が低下すると物が食べにくくなり、栄養が足りなくなって誤嚥性肺炎のリスクが増します。また、虫歯や歯周病で歯がグラグラしたり抜けたりすると、噛む力が弱くなって脳の血流が下がり、脳の機能が低下します。

加えて歯が少なくなると体のバランスが崩れて転倒しやすくなる。ある調査では、歯が20本以下の人は20本以上の人と比べて転倒リスクが2.5倍高まりました。さらに歯周病は認知症や動脈硬化をはじめとした100種類以上の病気の発症や進行に影響を与えると証明されています」

これほどまでに健康に影響を与えるゆえ、口の機能を維持することが健康長寿には欠かせない。口の健康を保てるかどうかは、寝たきりになるかどうかに直結するともいえる。だが問題は、口の果たす役割があまり知られていないことだ。

「日本老年歯科学会のデータでは40代の3人に1人、50代の2人に1人の口腔機能が低下していますが、気づかずにそっとやって来る“悪魔の病気”のようなもので、多くの患者には自覚がなく、漫然と放置しています。健康長寿のためには口腔機能の重要な役割を知り、必要に応じて積極的に治療することが不可欠。そのうえで日頃から口腔ケアに取り組むことが重要です」

上を向いてのうがいはあごをしっかり上に向けて(写真/PIXTA)
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寝たきりを防ぐ毎日の口腔トレーニングとして、宮本さんは「全力5秒うがい」を推奨する。

「30ml程度の水を口に含み、全力でブクブクうがいを5秒、続いて上を向いてガラガラうがいを5秒行います。これを1セットで3回行うと、口の中を除菌しながら嚥下能力を鍛えられて、誤嚥性肺炎のリスクが下がります。NHKの番組の調査では普通のうがいの除菌率が63%に対して、全力うがいの除菌率は97%でした」

あ、い、う、べと口を大きく動かす「あいうべ体操」も、全身の機能向上に好影響を与えることが期待される。「タッタタラリラ♪」でおなじみのアニメ『ちびまる子ちゃん』の主題歌「おどるポンポコリン」を口ずさむことも効果があるという。

「『パ・タ・カ・ラ』と発音すると口と舌の周りの筋肉が鍛えられますが、ちびまる子ちゃんの主題歌にはこの口の形になる発音が139以上含まれており、理想的なトレーニングができます。日曜の夕方、曲に合わせて歌うとよい口腔ケアになります」

全身の機能向上に好影響を与える「あいうべ体操」
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さまざまな予防法に加えて専門家が口を揃えるのは、何かが起こった後の「リハビリ」が、その後の運命を決めるということだ。

「骨折後や脳卒中などの発症後、早い段階から適切なリハビリを行えば後遺症を防げます。ただし何らかの理由でリハビリをサボるとそのままズルズルと機能が落ち、寝たきりになる可能性が高い」(角田さん)

リハビリが「寝たきりとの境界線」になるゆえ、時には周囲が心を鬼にすることが必要になる。

「若い頃は骨折や病気をした際は安静第一ですが、年齢を重ねると休むことがデメリットとなり、リハビリでは痛くても動かすことが求められます。そこで医療者が『頑張って』と背中を押しても、家族が『あまり無理しなくてもいいんじゃない』と“甘やかす”と、結果的に動けなくなることが多い。寝たきりを防ぐには、大変でもリハビリを頑張って続けることが強く求められます」(平松さん)

運動をして栄養を摂り、ケアやリハビリに励むことは健康長寿に欠かすことができない。さらに加えて、鎌田さんが「寝たきりとの境界線」とするのは「よく笑うかどうか」だ。

「認知症の入り口には、何事についても無関心で無気力、無感動になる『アパシー』という状態があります。対して、よく笑い、よくしゃべってよく感動する人は、寝たきりになりにくい。ぼくは50年間医者をやってきた経験から、そう確信しています」(鎌田さん)

体調が悪く、動きたくてもなかなか動けないことは本人にとってつらいことだろう。それでも前向きに生きることが寝たきりを遠ざけることも知っておきたい。

老化は44才と60才で一気に進む
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(第3回へ続く)

※女性セブン2025年9月11日号

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