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“がんサバイバー”で“がん専門医”でもある医師が「がんで死にたい」と強く思うようになった理由「ゆっくり進行するがんなら、死後の整理をする時間がある」

放射線科医の中川恵一さん
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 今年で放射線科医になって41年の中川恵一さんは、7年前に膀胱がんが判明して内視鏡で切除した。当時の心境をこう振り返る。

「正直、まさか自分ががんになるとは思わず、ショックを受けました。医師として長くやってきても、自分自身ががんになるということを本能的に考えていなかった。改めて、命には限りがあることを思い知りました」(中川さん・以下同)

 以前から「突然死は避けたい」と思っていたものの、その後、がん医療にかかわる親しい医師が心臓の病気で立て続けに亡くなり、「がんで死にたい」と強く思うようになった。

「ある日突然亡くなると、本人にはやり残したことがあるでしょうし、周囲も大変です。一方で多くのがんは相当の転移があり、ステージ4でも残り半年というケースは少ない。がんの特徴は症状を制御できることで、3年や5年、あるいはもっと長い期間共存できます。

 作家の養老孟司さんも言っていますが、自分の死は自分自身には経験できず、周囲の人にとってしか意味を持ちません。がんならば、死ぬまでの間に周囲との別れを充分に惜しみ、遺産を整理するなど自分が亡くなった後のことを周囲に託せます。自分がどう死ぬかを考えられることが、がんの大きなアドバンテージです」

 がんサバイバーで、がん専門医でもある中川さんに「かかりたいがん」はあるだろうか。

死への恐怖は取り除ける(写真/PIXTA)
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「できれば進行が早いすい臓がんを避け、ゆっくり進行するがんが望ましい。私にとって食事は大事なので、自分で飲み込めなくなる喉や食道のがんも嫌です」

 ただし、がんは死の準備ができるとはいえ、実際に死が迫ると恐怖を感じることが少なくない。それでも中川さんは「死への恐怖は取り除けます」と語る。

「多くの人は、痛みに苦しんで死ぬのではないかと恐れていると思います。でもがんの場合、緩和ケアでしっかり痛みをコントロールすれば、苦痛を感じずに死ぬことができる。私自身もがんで死ぬとすれば、緩和ケアはしっかりと行ってもらうつもりです」

 がんで穏やかな最期を迎えるためには緩和ケアが欠かせないが、医療現場の意識が足りない面もある。そう説く中川さんが緩和ケアを望む患者に助言する。

「日本はがん患者が増えているのに国内の医療用麻薬の使用量が年々減り、ドイツの20分の1です。私が膀胱がんを切除した際も、術後の痛み止めが処方されなかった。緩和ケアを受ける際は、患者側から『痛い』『苦しい』と医師に訴えることも必要でしょう。命の限りがある程度見えているからこそ、知識をつけて医師と対峙することがよりよい最期につながります」

【プロフィール】
中川恵一(なかがわ・けいいち)/ 放射線科医。東京大学医学部を卒業。スイスのパウル・シェラー研究所にて客員研究員、東京大学医学部附属病院放射線科にて准教授・緩和ケア診療部長を務める。現在は総合放射線腫瘍学講座の特任教授。

女性セブン2025109日号 

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