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終わりのない介護で一線を越えないためには…「老老介護の先行き不安」から起きた殺人事件から考察する

介護をする女性
責任感が強かったため、限界がきてしまった(写真/PIXTA)
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古今東西、家族関係の悩みはなくならず、とりわけ嫁姑問題は時代が変わってなお永遠だ。実際の事件を紐解くと、深い憎しみが、一線を越えてしまうことも──。そうならないためにはどうしたらいいのか。実際に起きた事件から考察する。

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2019年7月7日、愛知県蒲郡市の路上で、ひとりの女が倒れているところを発見された。女の名は高橋里美(仮名・70才)。

同日の朝、里美の自宅の別棟で96才の女性の遺体が発見され、閑静な住宅街がサイレンに包まれた。

「遺体は里美の義母で、第一発見者は息子、つまり里美の夫でした。死因は首を両手とヒモで絞められたことによる窒息。里美が倒れていたのは睡眠薬をのんだことが理由で、取り調べで義母を殺害したことを認めたため、数日後に逮捕となりました」(全国紙社会部記者・以下同)

事件の1か月ほど前には、夫と2人で義母を介助しながら散歩する姿を近所の人に目撃されるなど、「自宅で介護をしていて偉い」と周囲から評判の嫁だった。

そんな理想的とも思える家庭で起きた殺人事件。里美から語られた殺害理由は「老老介護の先行き不安」だった──。

夫と義母の3人暮らしだった里美はかねて介護を担っていたが、殺害の数か月前に義母が転倒したのをきっかけに歩行困難になると、排泄の介助など負担が増加。

楽しみだった孫との時間などを減らして介護するも、あまりの負担で不眠症に。周囲に「私が死んだらどうなるのか…」と漏らすほど追い込まれていた。

彼女は周囲に介護の助けを求めていたものの、手が差し伸べられることはなかった。

「事件後、夫は“里美は母親に頼りにされていた。自分でやろうという考えはなかった”と話し、義理の妹からも介護の手助けを遠回しに断られていたことが明らかになりました」

そんな里美にさらなる不幸が重なった。

「ショートステイを利用する予定が、義母が運悪く帯状疱疹を発症したことで見合わせることになった。積み重なる介護と不眠によって不安を募らせ、衝動的に殺害に至ったとされます」

精神科医で作家の樺沢紫苑さんは「助けてもらえないと感じた孤立感や孤独感は強いストレスになる。そういった要因でうつ症状が悪化したことが、殺害に至った原因だろう」と分析する。

「介護は終わりの見えないマラソンのようなもの。それを全力疾走していれば限界がきて、うつ状態になります。うつ状態が悪化すると『心理的視野狭窄』といわれる判断力の低下が起きて、物事を“0か100”で考えるようになり、極端な判断をするようになる。

今回のケースでは介護地獄から逃れるには、“相手が死ぬか”“自分が死ぬか”の二択しか浮かばなかったと思われます。そして、引き金になったのが不眠症によるさらなる思考力の低下でしょう」(樺沢さん)

里美は裁判で「義母は年老いてからずっと“いい嫁”だと言ってくれた。世話は私がするものだと思っていた」と語った。

その言葉は本心からだっただろう。だからこそ、里美は追い詰められてしまったのだ。

※年齢は事件当時。

※女性セブン2025年10月9日号