
自分の歯でおいしく食べることは幸せな人生の基本。歯や口腔内の状態が悪いと内臓への負担から腸内環境の悪化を招き、血液に侵入した歯周病菌は認知症リスクを高めるという。また、審美的な影響はメンタルにも及ぶ。大切な歯を失わないためにいまからできることは何か。歯科医師が「100年自分の歯で食べられる方法」を伝授する。
自分の足でしっかり歩く、認知機能の低下を食い止める、腸内環境を整えるなど健康寿命を延ばし、いつまでも元気でいるために心がけるべきことのひとつに「歯の健康」がある。80才でも自分の歯を20本以上保つという「8020」運動に代表されるように、年齢を重ねても自分の歯を使って食べることは、健康寿命を延ばし、ひいては生活の質の向上に直結するのはいまや健康常識となった。
人生100年時代の到来で、食事の回数は一生に約10万回とも推計され、自分の口で食事を摂れれば幸福度を高め、最期まで幸せに生きられるともいえる。歯の健康を害してしまうと、食べ物が咀嚼できなくなるだけでなく、全身の健康に影響することがいくつもの研究で明らかになっている。
岐阜県在住のYさん(55才)が話す。
「認知症の母を施設に預けていますが、職員から口腔内環境の悪さを指摘されました。自営業で多忙な母は歯科医院に通う時間がなかなかとれず、“虫歯があっても死にはしない”と歯の不具合を放置した結果、すでに8本の歯を失いました。さらに虫歯を放置したことで歯周病も悪化。歯を失い始めた頃から体調を崩すことが増え、笑顔が減り、見た目も老けたように思います。口腔内環境と認知症は相関性があると聞いて、もっと早いタイミングで私が注意できなかったことを悔やんでいます」(Yさん)

言葉を発音しづらく引きこもりに
歯を健康な状態で保つことは言わずもがなだが、虫歯になったとしても抜けばいい、というのは早計だ。65才以上を対象とした追跡調査では、80才で自分の歯が20本以上残っている人は、19本以下の人に比べて転倒や要介護のリスクが低く、健康で長生きすることが明らかになっている。銀座池渕歯科院長の池渕剛さんは「抜けたままにしておくことには、デメリットしかありません」と話す。
「歯が抜けた部分は歯茎や骨がやせてくるため、両側の歯が倒れてきます。すると歯並びや噛み合わせが悪くなる。見た目の問題だけでなく、言葉を発音しづらくなったり、肉などの弾力があるものを食べるのが難しくなって食生活が偏ることも考えられます。
さらに、食べ物を噛み砕いて飲み込めなくなると、胃に負担がかかります。胃もたれなど消化不良の原因になり、腸内環境まで悪化させてしまうのです」(池渕さん)
歯を失うことによって、コミュニケーションに与える影響も無視できない。白楽デンタルオフィス院長の黒澤一紀さんが解説する。
「歯を失うと、どうしても口元が気になってしまいます。それまで活発だったかたが人前で笑えなくなり、外食の機会が減り、引きこもりがちになることも。結果、認知症を誘発する高齢うつのような状態になることも少なくありません。
また、歯を失うとあごがやせてしまい、顔全体のしわが増え、頬がこけてきます。老けて見えることを気にされるかたが多く、精神面に与える影響は大きいといえるでしょう」(黒澤さん)
泡立ちのいい歯磨き粉は避ける
歯を失わず、健康な状態で保ち、「100年食べられる歯」をつくることは心身の健康につながる。しかし、加齢とともに歯を含む口腔内環境の老化は避けられない。
「口の健康を維持するためには唾液の働きは無視できません。消化を助けたり、汚れを洗い流したり、虫歯の原因となる酸化を予防するなど、その役割は多岐にわたります。しかし、更年期には唾液の量が減少してしまうため歯のトラブルが起こりやすくなってしまう。
加えて骨密度の低下、ホルモンバランスの変化などが起こります。若い頃は全身の免疫力が高いのですが、年齢を重ねるごとに低下していくため、さまざまな口腔内トラブルのリスクが高まるのです」(池渕さん)
加齢に抗い、歯を1本でも多く残して「100年歯」をつくるためにすべきことは何か。まず身に付けたい習慣は正しい歯磨きのやり方だ。飯塚歯科院長の飯塚宏明さんがこうアドバイスする。
「歯磨きは1日3回、食後に行うことは小さなお子さんでも実践する基本ですが、3回とも同じように磨くだけでは意味がありません。そのうち1回は、ほかの2回よりも時間をかけてケアしましょう。歯ブラシだけでは落としきれない歯と歯のすき間に入った歯垢や細菌はデンタルフロスや歯間ブラシを活用して除去します。特に年を重ねると歯と歯の間にすき間ができたり、歯茎がやせて汚れが残りやすくなるので、若い頃以上に丁寧なケアが必要です」
歯ブラシの選び方も重要になる。
「毛先が硬い歯ブラシで力を入れて磨くかたがいますが、歯の表面のエナメル質を削ってしまうリスクがあり逆効果です。また、歯と歯茎の境目はエナメル質の厚みがゼロになるデリケートな部分で、少しの刺激で傷つきやすい。歯ブラシは毛先がやわらかめのものを選びましょう。
歯磨き粉は使わなくてもかまいませんが、使用するならフッ素入りのものを選んで。歯の表面にフッ化カルシウムが生成され、歯の再石灰化を促し、虫歯を予防する効果があるので高濃度のものだとなおいいです。歯のホワイトニング効果をうたった研磨剤入りのものもありますが、こちらはNG。歯の表面のエナメル質を削ってしまうので、使用しない方がいいです」(飯塚さん)
歯磨き粉の多くには、泡立ち効果のある発泡剤が含まれているが、できればこの発泡剤が入っているものも避けた方が賢明だ。発泡剤が入っていると、少しのブラッシングで清涼感を感じ満足してしまうため、磨き残しにつながってしまうこともある。
毎日のケアに加えて、かかりつけの歯科クリニックを持って定期的な検診を受けることがシニアにとっては大切な習慣だ。
「特に症状が深刻でないかたでも、歯科検診は最低でも半年に1回、レントゲンを使った歯の内部のチェックは1年に1回は受けてほしいですね。半年に1回は、歯石除去などの歯のクリーニングをしておきましょう。たまに歯石を自分で取る人がいますが、歯を傷める恐れがあるため、クリーニングは必ず歯科医院で行ってください」(池渕さん)
飯塚さんは、すでに歯周病をわずらっている場合は、3か月に1回の定期検診をすすめる。
「3か月に1回の定期検診が、歯周病の進行を止めるという論文があります。これは、3か月の段階では、炎症はまだ歯肉にとどまっているためです。この段階で歯石を取り除き、治療を施せば、これ以上の炎症を防げる。ところが、メンテナンスを半年行わずにいると、炎症が骨まで達してしまい、手遅れになる可能性もあります」
定期検診は新たな虫歯の発見だけでなく、これまで治療した歯のメンテナンスの意味も。黒澤さんが言う。
「歯科治療は一度受けると終わりではなく、定期的なメンテナンスが必須です。年齢を重ねると、インプラントや入れ歯、銀歯など治療後の歯に不具合が生じるかたは少なくありません。“痛みがないから”などと放置すると菌が蔓延し、気づかないうちに歯周病が悪化したり、新たな虫歯ができることがあります」
口の中を酸性のままにしない
歯の健康を守るためには、ケアやメンテナンスだけでなく、日々口に入れるものに気を配る必要がある。
お菓子やジュースなどを砂糖が多いからと気をつける人は多いが、炭水化物にも糖質は含まれている。ご飯やパンなどの食べすぎや、食べた後に歯磨きをしないままでいると糖を分解する過程で口の中が酸化し、虫歯の原因となる細菌がつきやすくなるから気をつけよう。また歯と歯茎を健康に保つためには歯の骨を強くすることが重要。ナッツなどしっかり噛める食品を食べるとあごが鍛えられるだけでなく唾液の分泌量も増えて口腔内環境を整える。
歯の健康のために効果的な食べ物も研究や調査から明らかになっている。WHO(世界保健機関)は2005年に「歯と口腔の疾患および健康に関する食事」を発表し、たんぱく質やポリフェノール、ハードタイプのチーズなどを積極的に摂ることを推奨した。たんぱく質に歯周病悪化を予防する必須アミノ酸が豊富に含まれることや、筋肉を構成することが理由とされる。また、ポリフェノールの抗酸化作用には、歯周病の炎症を抑える効果が期待されている。チーズは、カリウムやリンなどの含有量が多く歯の再石灰化を促すことや、口腔内をアルカリ性に変えて酸化を中和して虫歯を予防する役割を果たすという。
生活習慣の改善にも取り組みたい。口腔内環境を悪化させる最大の要因は間食にあると、池渕さんが言う。
「間食しながらだらだら過ごすと、口腔内が長時間、酸性のままになってしまいます。また、糖分の過剰摂取は糖尿病を悪化させ、歯周病の原因になるので要注意です。
寝る直前の食事やお酒も控えてください。飲食後に口腔内が酸性のまま寝ると、就寝中に虫歯や歯周病が進行してしまいます」
しっかり噛んで食べることは唾液の分泌を促進するため、虫歯予防にもなる。
「唾液には酸性になった口内を中性に保ち、虫歯や歯周病を防ぐ働きがあります。年齢を重ねると唾液の分泌量が減るので、しっかり噛んで、あごを動かすようにしてほしいですね。普段から口の中で“ベロ回し”をするだけでも唾液の量が増えるので効果的です」(飯塚さん・以下同)
日頃からストレスの解消に努め、しっかりと睡眠をとることも大切だ。
「ストレスに囲まれた生活や睡眠不足が原因で歯ぎしりをすると、歯に大きな負担がかかります。長時間のスマホ操作にも要注意。前かがみの姿勢が続くと上下の歯が当たってしまい、表面が削れたり、割れてしまうこともあります」
池渕さんも続ける。
「歯に強い力が加わって亀裂が入ってしまうことは、歯にとって一大事です。表面のみならず、内側から割れ始めることも多い。気づかないまま放置して、ある日突然、歯が欠ける原因になります。歯ぎしりや食いしばりなど歯に負荷をかける習慣は改善しましょう」

インプラントの後もメンテナンスは必須
食事やケアに気をつけていても、虫歯になってしまうことはあるし、老化に抗うにも限界はある。定期的な検診で異常が見つかったら治療が必要だ。しかし、その治療も一つ間違えればかえって歯の寿命を縮めてしまうことになりかねない。
やむを得ず歯を失うことになった場合、インプラント、入れ歯など選択肢が増える中、選ぶべきはどれか。入れ歯はブリッジやインプラントと比べ、見た目や衛生面、咀嚼の違和感が指摘されるものの、周囲に残った歯を削ったり抜いたりする必要がないため、歯への負担は少ない。これに比べるとブリッジは、安定感はあるものの、装着するには両隣の歯を削る必要がある。
「費用面で心配がないかたはインプラントにした方がいいですし、歯の白さや見た目、噛む力の強さにこだわる場合は自由診療が確実です。ただ、迷っているかたには、公的医療保険が適用される治療をおすすめしています。銀歯は金属アレルギーのかたは使えませんが、プラスチックとセラミックを混ぜた素材を使う、CAD/CAM冠という被せ物もあります。見た目も悪くありませんし、強度も充分です」(黒澤さん)
飯塚さんが言い添える。
「ただし、自由診療でインプラントにしたからといって安心はできません。インプラントは虫歯にこそなりませんが、その周りが歯周病になる恐れもあり、インプラントこそメンテナンスが必要です。
私がおすすめする被せ物は、銀歯よりも金歯。金属アレルギーをほぼ起こさない優秀な素材で、現在は目立たない色の金歯もある。やわらかい素材なので歯になじみやすいのもメリットです」
池渕さんが言う。
「歯根が割れたり、その周りが化膿すると細菌の温床になります。化膿したところを通して全身に細菌が行き渡ってしまうため、抜歯になることが多い。ただ、歯は一生の財産ですから、いきなり抜歯を行う歯科医師は考えものです。抜歯をすすめられた場合は、その理由を丁寧に説明してくれる歯科医師を選ぶことをおすすめします」

ホワイトニングや歯列矯正など審美歯科の専門クリニックも増えており、「矯正した方が噛み合わせがよくなり、歯が長持ちする」とすすめる歯科医師もいるが安易に選択してはいけない。
「年齢を重ねて歯の骨が完成してから無理に行うと、口内に負担が大きい。マウスピース矯正は年配の女性が多く受けていますが、トラブルが多いためおすすめできません」(飯塚さん)
おいしく食べることは人生の最大の喜びだ。健康な歯を維持し、歯を見せて笑う人生を送りたい。
※女性セブン2025年10月30日号